19話。ニルスの町。ヘルニナーミ・ヒトイッツ。
朝の鐘がなるよりも早く起き、宿屋に届いていた洗濯物と砥ぎに出していた刀剣類を受け取り、万全の旅装で宿を後にした。
少し肌寒い、まだ薄暗い朝靄の立ち込める町を歩く。
「もう嫌事言いたくないんだけど、なんだって?」
「あれが男性の玉なんですね。閨を共にするとああなるんですね。大きかったです。あれはつまり、ご主人様はぬいぐるみに発奮されるお方だったのですか?」
無表情ながらも、心底不思議そうな口調のルーナ。
なんのことを言っているのかようやく理解した。早朝なので周囲に人気がなかったのは救いだった。
本当に最後までろくでもない話題だなこいつ。
疲れた視線で見遣るが、ルーナの瞳は輝いている。
一緒に寝たのは関係……あるのか? 知らないが、単なる朝の生理現象だろう。
いつものようにルーナは先に目覚めて旅支度を整えてくれていた。
ズボン越しとは言え男性の生理現象を目にして、性知識も斜めに練り上がっているルーナはなにを勘違いしたのか、いや本当になにを勘違いしているのか謎なのだが、勘違いしたままおかしなことを捲し立ている。
「なにを言ってるのかわからんが……ぬいぐるみに発奮はしないな」
「夜伽をすれば男性の玉がどうにかなると予想していたのですが……ぬいぐるみとして使われながらも、あれで夜伽が出来ていたのではないのですか?」
夜伽をすれば玉がどうにかなる。
朝靄が立ち込める清潔な空気の中、とんでもなく酷い言葉だな。
「夜伽じゃない。ただ一緒に寝ただけだ」
「そうなのですか……ご主人様と閨を共にして酷い目に合される、と言う所まではなんとなくわかっているのですが……わたしの頭が悪いせいで、ご主人様に奴隷として使って頂けなかったのですか? それともやはりご主人様の玉に不具合が?」
とても元気そうに捲し立てていて、非常に疲れる。
勘違いしたままあれこれ他言されるのは非常に上手くないと言うだけで、深い意味も他意もないが、一応、こう言わざる得ない。
「とにかく、一緒のベッドで寝たことは絶対に誰にも言うな。命令だ」
「はい。ご安心ください、ご主人様が奴隷をぬいぐるみとして使うことで満足する特殊なお方なのは秘密にします。絶対に他言しません」
命令と言う言葉に、ぱっと瞳を輝かせた。
一緒に寝たのは軽率だっただろうか。
(まあ……神様だけには分かって貰えればいいや)
自分の良心に胸を張れればそれでいい。とでも強がっておこう。
それよりも、気になる言葉があった。
「満足って……なにが?」
「とても穏やかなお顔でした」
「顔?」
「はい。いつもは辛気臭くて苦しそうな寝顔をされていましたが、今朝はとても穏やかでした」
いつも寝る前と早起きして寝顔を観察されていたのか。なんとなく頬を掻く。
ルーナは物静かに呟き、一人で納得したように頷いている。
つまり、このわけのわからない話をまとめると、ルーナをぬいぐるみ扱いした朝、俺が穏やかな表情で満足そうにしていたので、夜伽が出来ていたのだと思った、と。
そう言う勘違いか。
「最後まで奴隷としてお役に立てなかったのは残念ですが、ぬいぐるみとしてでも使って頂き、ご主人様に喜んで頂けたのでしたら……よかったです」
そして、自分の奴隷としての矜持よりも、俺が穏やかになっていたならそれでいい、と。
可愛いことを言っているのか。
俺はもう一度頬を掻く。
(と言うか、笑ってる?)
朝靄の向こう、口元がいつもよりも緩んでいる気がする。
やや眉を潜め、残念そうにだが微笑んでいるようにも見える上機嫌さだ。
(……もう少し、なんかこう……他にもやりようがあったのかな……)
物わかりの悪い子供相手に、真正面から体当たりするようなやり方ではなく、余裕を持ってルーナを奴隷として扱いつつも、上手にあやして真っ当な道に誘導するような……そんな器用な真似が、俺に出来ればよかったのかも知れない。
なにもかも後の祭りか。
若干の後悔と大きな寂寥感を胸に、別れの馬車に乗るため停留所を目指した。
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「ご主人様、封魔の赤石についてはよろしいのでしょうか?」
馬車に奴隷と同乗したがらない者も多いので、先に乗っていれば奴隷連れでもいざこざも起こり難いだろうと考慮し、町外れにある乗合馬車の営業所まで足を運んだのだが、向かいに奴隷用品を扱う雑貨屋があるのを目敏くルーナが見つけた。
「あ……あー……ああ」
完っ全に忘れていた。
俺にとってかなり重要な懸案のはずなのだが、それ以上にそれどころじゃない旅路だったらしい。
ルーナのことで頭がいっぱいだった。
「そうだな、行ってみるか」
肩を竦めて足を向ける。
最後に立ち寄るのが奴隷雑貨を扱う店と言うのも嫌過ぎるのだが、始発まで時間もまだあるだろうし、ルーナが教えてくれた情報だ。
俺の役に立つかどうか、ルーナも気になっていることだろう。
(もし有益な情報だったら、二人で笑って別れることが出来るな)
それどころか、現品を手に入れることが出来れば、今からでもまた違う選択も出来るようになるのか?
(……そんな都合のいい話があれば、だけどな)
この手の詐欺は一通り経験して来た。
期待はしないが、扉にかかる手に力はいつもより籠ってしまう。
こんな朝早くからやってるのだろうかと思いつつも、外見からあまり目立たない扉はすんなりと開いた。
横長に狭い店内は、白い布のかかったテーブルが二つ並び、棚にはよく分からない調度品が飾られていて、珈琲の濃い匂いが香っていた。
常連向けの軽食店と言った装いなのだろうか。表向きは。
「おや、朝早くから。いらっしゃい。それとも夜通し励んだ後ですかな?」
室内でも帽子をかぶった店主が珈琲を片手に、ろくでもないあいさつで迎えてくれた。
「なにかお探しで?」
炊事場に続くようにも見える、布の仕切りの向こうは見なくていいだろう。
この手の職種の連中はいつ寝てるのだろうかと疑問も湧くが、知りたいのはそんなことじゃない。
手短に済ませようと、単刀直入に問う。
「封魔の赤石の情報が知りたい」
不躾な物言いには慣れているのだろう。
気にも留めずに店主は珈琲を啜ってから口を開く。
「その情報を、どこで?」
「この子から聞いた。東方主都エウロパの奴隷商から故有って共に旅をしている」
「東方主都エウロパから。ほほう。ほほう」
店主は帳場代を指で軽快に鳴らす。もう一度同じ調子で鳴らす。なるほど。
一枚、帳場代に安価な銅貨を乗せる。ひょうきんな顔で首を傾げる店主。
年齢が見た目からはよくわからない。俺より若いくも見えるし、十以上離れているようにも見える。
「勿体つけるんなら、他で聞くだけだぞ?」
「わたしが締め上げましょうか?」
「大人しくしててくれ」
「はい」
ルーナをあしらい、今度は銀貨を二枚置く。
一枚は指で押さえたまま店主を見る。
腕を組む店主。
銀貨を全て下げようと手を伸ばした所に、声が挟まれた。
「禁呪ですよ」
「ふむ」
珈琲をゆっくりと飲み、間を開けているのは貨幣の追加を待っているのだろうかと邪推したが、顎でテーブルを示していた。
座るように促しているのか。
俺は無視して、荷物も降ろさず立ったまま話を続ける。
「よくある話だな」
「ええ。そしてこれこそ、聖教会が一番封じたがっている禁呪なのですよ」
よくある話だ。
頷き、続きを促す。
店主は肩を竦めて居住まいを正し、語り始めた。
「魔刻鉄の作り方はご存知で?」
ちらりとルーナの首輪を見たのは、高級奴隷の証だと一目で見抜いたからだろう。
「魔導士の血を鉄に混ぜて作るんだろ?」
店主がなにか言う前に補足する。
「それと似たような要領で、封印魔法を持った特別な魔導士の血で作ったって話の魔力封じの品をいくつか見たが、紛い物しかお目にかかったことはない。他にも魔封じの干し首なんてのも触ったことがあるな」
ただのゴブリンの干物だったが。
「よくある話ですな」
可笑しそうに頷いている。
「魔法は血に宿る物。魔物であろうと、魔獣であろうと、魔人……禁呪持ちの方とは言えそれは変わりません」
魔導学の知識だ。
「魔法は血に宿っている。それも間違いではないのですが、より正確に言えば、心臓を通った血液に魔力が宿る、ですな?」
細かなことを言えばそうらしい。
自分の心臓の動きなんて普段はそんなに意識しないし、そんな自覚をしているのは本職の魔導士くらいだろう。
精々魔法を発動させると心臓が逸ると感じるくらいだ。
「魔法の個人差は、個々の心臓の違いだと、厳密に言えば心臓こそが魔法を司っている。それが魔導学の通説の一つとなっております」
頭脳派と心臓派で派閥がある話か。
目の前の店主は心臓派の話しをしている。
ちなみに頭脳派は、心臓の通過はあくまで魔力を補充しているだけで、発動に意思が必要なことから、魔法の素養自体は頭脳にあると主張しているそうだが、魔法の廃れた現代、そんなことをはっきりさせようとしている者もいないだろう。
「それで?」
普段は滅多に出来ない魔導学術的な話に若干興味が湧く。
「蘇生魔法の実験場にまつわる、呪いの噂話は?」
「その手の話しなんて、いくらでもあるだろう?」
どう言う話の繋がりだ?
興味を持った矢先に、いきなり胡散臭くなったなと失笑を浮かべると。
「火のない所に煙は立たないとも言まして……」
店主は声を潜めた。
どうやら核心的な話はこれからのようだ。
混沌の時代から続いていた蘇生魔法の実験場。
今はもう遺跡として残るのみだが、混沌の時代には人々の信仰の中心でもあった。
凶悪な魔物に囲まれた過酷な環境の中、対抗手段として死の克服を目指し様々な研究が成されていた。
「それが千年前だ、二千年、いいや三千年前だ等々、記録はあやふやですが、表向きそうなっていおります」
遥か遠い昔の出来事だ。
一般人にはそんな認識で十分だろう。
「裏ではもう少し踏み込んだ部分まで教えて貰えましてな……私はお師匠に、最初こう聞かれましたよ」
蘇生の実験をするのに必要な物はなんでしょう?
店主の潜めた声が不気味に響いた。
「……なにって、それは」
それは。言葉に詰まる。
珈琲を啜る店主の顔は帽子に隠れて見えないが、言葉に詰まった俺の反応を見て口元は満足そうに笑っていた。
「死体ですね」
「正解ですな」
ルーナが答えてくれた。
混沌の時代、親しい人の復活を願う者はいくらでもいただろう。
「まあ、そうだろうな」
だからどうした。
「蘇生魔法の実験は、混沌の時代から弱き人々が団結し始めた古の時代経へ、人の世の平穏が確立されてからも続いていたことはご存知ですかな?」
蘇生魔法に期待を込めた埋葬の風習が現代でも残っているとは誰でも知っている。
貴族の間で根強く残る蘇生を前提とした埋葬の仕方や、奴隷にも慈悲として豪華な死装束が認められていたり。
頷く。なにか引っ掛かりを覚えた。
「古の時代、古代の邪教、なんて聖教会は決別した呼び方をしていますが、ほんの百年程前だそうですよ、蘇生魔法の研究が完全廃止に至ったのは」
混沌の時代に人々が結束し、人の世の黎明期である古の時代を経て、現代の秩序の時代、安定期へと至る。
人間の歴史を大雑把に言えばこんな流れだ。
「……それで?」
「混沌の時代が終わり、人の世が安定し始めた、聖教会の言う古の時代に、死体はどうやって用意していたのでしょう?」
「……それは」
それは。
店主の暗い声に、熱が籠る。
「混沌から人々は秩序を勝ち取りました。ですが屈強な魔物達と違い、身体も弱く寿命も短い人間は、死の克服を望むことを辞められなかった」
人は弱い。だからこそ尊くて得られた強さもあるだろう。
聖教会派の俺としてはそう思うが、もっともっとと高望みを辞められない連中がいるのも知っている。
「よく言うでしょう? 死体は探すより作る方が簡単だ。と」
よくは言わないが、言っていることはわかる。
「人の世が安定し始め、古の時代に野生の動物を家畜化する畜産業や酪農も起こり……もう少し踏み込んで言えば――」
店主はちらりとルーナを見る。
「――いい。言うな」
口を挟んで止める。
つまり。
奴隷の牧場。
そう言うことか。
奴隷は家畜以下の存在。
「今はもう滅多に見ませんが、当時は捉えた獣人が主だったそうですがね……当然その限りでは無かったでしょうな。記録を辿れば並行して人間の奴隷がいたことは確かです」
現代でも陰では行われているであろう、奴隷に子を産ませて売る、そんな悪行に吐き気を覚えていたのに、それ以上があったとは考えもつかなかった。
文字通りの家畜だったのか。
飼育し、増やし、食卓へと登る。
飼育し、増やし、生贄とされる。
その生だけでなく、死までも他者に利用されていた人間の奴隷。
ルーナが今誤魔化しながら着ている屍衣は、そんな流れから有るのかとぞっとする。
そんなこと普段は考えないし、流石にそこまでの発想はなかった。
ルーナと関わっていなければ、一生思いつきもしなかっただろう。思いつきたくもなかったが。
こんな雑貨屋がこんな場所に建っている、古くからの風習にも意味があったのか。
もちろん古の時代、未だに混沌の時代の流れを汲み、獣人の奴隷も多かった時代の行為を、現代の価値観で測るのは愚かなことだとはわかっているが、現代に生きている者としては、時代背景への考察と共に畏れとやるせなさを覚えてしまう。
「奴隷との交わりを禁じているのも、これが要因としてあるとお師匠は言っておりました」
筋は通るし辻褄も色々合っている。
「聖教会はこんな凶行が人の世が安定しはじめた時代に、裏で行われ続けていたこと自体を隠して禁じたいわけですな……まあ、散々研究を続けた結果、諦めたとも言のでしょうが」
奴隷制度を廃止したい聖教会としても、人の世としても、こんな醜聞は嬉々として喧伝されることではなく、裏でまことしやかに語られるくらいが丁度いいのかも知れない。
最後は薄く笑って、店主は珈琲を飲み干してから、話をまとめに入る。
「その実験中、副産物として見つかったのが――いくつも死体を作って作って作っていて見つかったのが、封魔の赤石と言う技法です」
技法。
魔刻鉄のような道具ではないのか?
「魔法を発動させながら死んだ魔導士の心臓を取り出し、まだ動き、魔力の光を灯している間に、内側を開き口に含みながら自分の魔法を発動させる。これだけで魔法が正常に発動しなくなる……らしいですな」
その光景を想像して、この上なく自然と眉が寄り顰め面になる。
ルーナから聞いた話しではつまり、暴れている魔法が使える奴隷の口に、生の心臓をねじ込むんでいたと言うことか。もちろん心臓を抜き取られた方も奴隷か。
そもそも、なんでそんなことがわかったんだ。確実に他人の心臓を食おうとした奴がいるだろ。
……そう言うことも、あったのだろう。
「一度魔法の発動手順を狂わせてしまえば、新たに魔法を取得し直すのにも苦労するでしょうし、禁呪ならそのまま狂わせておけばいい」
古の時代に行われていた非人道的な魔導実験の話しに、青ざめている俺を笑いながら店主は続ける。
「魔法封じの技術として少しは研究されていたようですが、そんな記録も今は闇の中でしょうなぁ」
魔法が廃れ行く現代、そんな研究が必要なのは禁呪持ちくらいで、他に労力を使うべき懸案はいくらでもある。
「当然、確証を持って言い切ることはできませんが、魔導士でもあったお師匠が実際に試したと言っておりましたよ」
店主はその言葉を信じているのだろうか。
「本当に?」
「ハハ、ただの見栄かも知れませんが、それで魔法を失ったと言っておりましたし、そんなことをやりそうな人だったのは確かですなぁ」
「……それは、まあ」
最悪だな。
言葉にしなくとも店主は察してくれたようで、楽しそうに頷いている。
「……ふぅむ」
すっかり聞き入ってしまっていたが、俺としては疑う余地もなければ、信じる根拠もない。
今の所はそんな段階の話しだ。
人の心臓を食むなんて、そんな狂った真似をしてしまえば、魔法を発動させようとするたびに思い出して集中力が乱れてしまうだけなのでは?
なんて予想もするが。
「もちろん、こんなこと私が教えたなんて他言無用でお願いしますよ?」
「ふーむ……」
眉唾だと一蹴にするには中々迫力のある話だった。
考えながら無言で銅貨を一枚追加してやれば、店主はひょうきんな表情で笑った。
その拍子に、帽子の下、額に大きな傷があるのが見えた。
触れるべきではないと判断し、思考を戻す。
「事故や病気、老衰で亡くなるような魔導士の心臓では無理なのか?」
「事故では有り得るかも知れませんが、死にながら魔法を発動し続けるなんて芸当、病人や年寄りには無理でしょうなぁ。息をするように魔法を使いこなす達人でもなければ無理でしょう」
確かに。
「……魔物の心臓では?」
「魔力の濃度が危険でしょうが、試してみては?」
魔物の心臓を生で食む。
悪魔的な光景を想像してげんなりする。
万一魔物の生血を飲んでしまえば、運が良ければ死に、運が悪ければ魔獣化する。
(……駄目だな、これは)
もしも店主の言っている技法が本物だったとしても、そんな外法に手を染めて得られる平穏なんて無い。
自分のために腕の立つ熟練魔導士を一人犠牲にするなんて論外だし、人の心臓を食えと言うのも普通に嫌過ぎる。
あまり期待していなかったとはいえ、多少はがっかりしながら息をつく。
残念だが、まったく無益な情報だった。
古の時代、その狂気に触れて、ぞっとしない話が聞けたこと自体が利益だったとでも思っておこう。
やれやれと息を吐く。
「ご主人様、お借りしますね」
「うん」
うん?
「なにを――」
腕の立つ熟練魔導士の心臓。
言葉と同時に悪寒が、全身に走る。
考えるより前に手を伸ばしていた。
ルーナは俺の腰から短剣を引き抜いている。
研ぎたての刃に向かって真っ直ぐに手を伸ばす。
刃を掴もうとした俺を、ルーナは軽く眉を上げて驚き――軽やかな手捌きで短剣を手の中で回して刃を躱した。
軽く放り、空中で回転する短剣を対の手の中で踊らせ逆手に握り。
そのまま。
微塵の躊躇もなく、自分の胸の真ん中に煌めく刃を突き立てた。
====================
「――ルッっっッ!」
俺の悲鳴染みた声は、喉の奥で詰まって激痛へと変わった。
何度も、何度も、何度も、ルーナは自分の心臓へ向けて短剣を突き刺さす。
辞めさせるべく手首を掴もうとするが、半身を逸らすだけで軽やかに避けられた。
「……ナ……」
なにしてんだ。
喋り方も瞼の閉じ方を忘れた俺の目が問い質していたのだろう、ルーナは瞳を輝かせながら、俺を見上げて答えた。
「纏鎧魔法を発動しながらと言うのは、とてもむずかしいですね。ご主人様のお手を煩わせることになってしまい恐縮なのですが、どうぞ後ろからその長剣で首でも胴でも撥ねてください。お願いします」
怒りはない。
禁呪が発動する気配はない。怒りは微塵もない。
逆に心は静かだ。
怒りじゃない、この感情は心底からの安堵。
全身から力が抜ける。
腰が抜けそうなくらい膝が笑っている。
こちらに背を向けるルーナ。
辞めさせようと、肩に手を伸ばせば、するりと避けて肩越しに俺を見る。
「ご主人様?」
なんでそんな疑問形で呼びかけられてるんだよ。
なにを疑問に思った?
言葉が出せない。
無理に喋ろうとすると、上手く唾が呑み込めず、乾いた喉に激痛が走る。
足が震える。
俺の様子を見上げながら、可愛く首を傾げるルーナ。
そこに。
朝の起床を告げる教会の鐘が空から鳴り響いた。
ルーナは正確にその方角を見上げて、呟く。
「目を閉じて、短剣を抱き締めながら落ちればいいんですね」
朝日に照らされる教会の前に、首が明後日の方向を向いた奴隷の死体が転がる。
いいわけないだろ!
喉が痛むのも構わない、怒鳴る。
怒鳴ったつもりだった。
動けない。
(……――)
笑顔だった。
ルーナの愛らしい笑顔に見惚れて、身動きが取れなくなってしまった。
「ご主人様、すぐにわたしの心臓を受け取ってくださいね」
狂っている。
短剣を両手で抱き、頬を高揚させながら、主の役に立てることを心底喜んでいる、嬉しそうな、楽しそうな、可憐な笑顔を残して店を出て行った。
視界からルーナが消えて、我に返る。
「裏口は?」
この手の店なら当然あるだろう。
店主は、弾かれるように指で示した。
「出て左に向かえば教会だ」
助言を背中に聞きながら、返答もせず仕切りの向こうへ駆け出す。
乱暴に捲った仕切りの向こうは、案の定目障りな奴隷用品が並んでいた。
全部蹴散らしてやりたいが、無駄なことをしている暇はない。
冷静に棚の間を抜けて裏口を目指す。
途中、視界に入った拘束用の鎖をかっぱらって外へ出る。
町外れにある教会の尖塔を目印に路地裏を駆ける。そんなに遠くない。
すぐに、町外れに形だけ置いている寂れた教会へと続く大きな道に出る。
両側は木の杭と縄で囲まれた空き地で、馬車が悠々と通れるほど広い道だ。
正面に小さな人影が見える。間に合った。
ゆっくりと朝靄が薄れ、朝日が周囲を明るく照らして行く。
ルーナだ。
ルーナは俺を見て、足を止める。
こちらから歩み寄り、距離を開けて対峙する。
「ルーナ」
「ご主人様」
ヘルニナーミ・ヒトイッツ。
元剣奴で、今は奴隷として俺につき従っている少女。
歳の頃は十よりは上だろうが、十五、六には届かないと言った容貌で、痩せていて背も低くく、正確な年齢は不詳。
幼さを過分に残す愛らしい顔立ちをしていて、普段から奴隷として無表情に努めているが、美しい瞳にははっきりと感情が映る。
今その瞳は、使命に燃えていた。
「なに考えてるんだ、辞めろ」
「わたしは奴隷です。奴隷としてこの命をご主人様に捧げて使って頂けるなんて、奴隷として最高の名誉になると思います」
物心つく頃から奴隷として、剣奴として育てられ、常識が根底からぶっ飛んでいる。
「奴隷に名誉なんて物はない。そんなことをしても名誉じゃない」
纏鎧魔法と、纏鎧魔法を利用した跳躍術を操り、防御と回避に長けた高い戦闘力を持っているが、なにもかもぶっ飛ばして俺の役に立つことをしか考えていない。
「情報の正誤だって怪しいただの噂なのに、もし効果が無かったらただの馬鹿以外何者でもないんだぞ。辞めてくれ」
「本当かどうか、わたしを使って確かめてみましょう。これは血の通わないぬいぐるみなどでは出来ないことです」
ああ、そう言えば馬鹿だったんだ。
これが最後の機会になることと、ぬいぐるみ扱いされたことで傷ついた奴隷の矜持とやらがルーナを駆り立てているのかも知れない。
真面目で一生懸命で、ちゃんと奴隷がしたいなんて狂ったことを言ってなければ、なにか一角のことを成せる才覚は十分あっただろうに。
歪みきって狂いっぱなしだ。
「とにかく辞めろ。命令だ」
「わたしは奴隷です。全身全霊、身も心もすべてを捧げて、ご主人様に尽くします」
ルーナの瞳は揺るがない。
既に決定されたことを完遂する、純粋なまでに覚悟を決めている目だ。
眩しいくらい強い意思がそこにある。真夏の狂った太陽のような眩しさだが。
「どうせご主人様に捨てられた後は命を絶つつもりでした。主のいない奴隷なんて生きている価値なんてありませんので。せっかくこんな機会が巡って来たんです。試さない手はありません」
言葉も出ない。そんなつもりだったのか。
本当に、俺のことしか考えてない。
俺のためになると思い込めば、命令だってまともに聞きやしない。
街中用に買い与えた古風で清楚な服が革鎧ごと短剣で引き裂かれ、悲惨な有様になっている。
(ろくでもない服だけど、高かったんだぞ、それ……)
なにもかもを投げ打ってでも俺の役に立ちたがる。
本物の奴隷だ。
「ご主人様、そこを通してください」
いいだろう。
最後だ、奴隷扱いしてやろう。
俺の奴隷として扱ってやろう。
「駄目だ。その首輪に鎖をひっかけてでも従わせる」
反抗的な奴隷にはそうする物なんだろう?
屈服させてやる。いい加減温厚な俺でも限界だ。
背負ったままだった荷物を降ろし、長剣も腰から外す。
代わりにかっぱらった銀の鎖腕に巻きつける。
(絶対に止める)
ルーナとはこれまで三度戦い、二勝、一敗か。
一度目は闘技場でルーナは睡眠薬を飲まされていた。
二度目は村で周囲の視線を気にした隙を突いての勝利だ。
三度目は、狂戦士の俺を避けつつ、禁呪を持った服薬奴隷を捌きながら、狂った服薬奴隷を上回る狂気を魅せることで、狂戦士の足を止めて見せた。
ルーナの健康状態は良さそうだ。
周囲に人気はないし、傷つくなと言う命令すらすっ飛ばして心臓を俺にくれようとしている今、人目を気にするとも思えない。
万全のルーナと戦うのはこれが初めてになる。
巡礼騎士と言えど、禁呪を町中で使うのは禁じられているし、国法も戒律も己の矜持すら無視して使った所で、回避に専念されてしまえば捕えるのは難しい。
正直、分は悪そうだ。
(意思の同調を使えばあるいは……いや駄目か)
最近知った狂戦士の凶暴性に俺の意思を同調させることで力が増す性質。
意識の同調を使えば、速度だけなら上回ることが出来るだろうが、今のルーナなら素手でも殺せるように、喜んで無防備な急所を全て晒け出してもおかしくない。
殺してどうする。
(それに……)
もしかしたら狂戦士はルーナを脅威と認識しない可能性もある。
その場合どんな行動を取るのか、まったく予想がつかない。
(いつぞやの村で手合せした時みたいに、ルーナを捕まえればいいだけだ)
結局、俺の意思で戦うしかない。
ルーナの手には俺の短剣が握られているが、俺に刃を向けることはないだろう。攻撃はしては来ない。
そこは安心材料か。
しかし、回避に関してはルーナが圧倒的。
いくら理性的な言葉を投げかけても、説得は不可能。
(……勝ち目はあるか?)
禁呪の誘惑にかられながらも、腰を軽く落としてルーナを待ち構える。
ルーナも爪先立ちになり、いつでも駆け出せる準備を整えた。
(教会の扉を塞ぐのは……辞めた方が無難か)
今のルーナは鐘塔に向かって一直線だが、行き場を塞がれてこれ以外の方法を思いつかれでもしたらどうなるかわからない。
(……集中しよう)
詰まる所、向かって来るルーナを走り抜けさせなければいいのだ。
ルーナとの距離は歩幅にして十歩程。
やや遠い。
俺から攻め込まず、この距離を保てば跳躍術で移動されても落ち着いて対応出来る。
待ちに徹すれば勝機はあるし、こんな町外れの教会でも、これから朝の礼拝に人がやってくるだろう、それまで足止めに徹してもいい。
「ご主人様」
俺が待ち構えているのを察したのだろう、ルーナの瞳が鋭く眇められた。
怖いくらい真剣な眼差しに気圧される。
「通ります」
ふらっ、と倒れ込みながら踏み出し――眼差しの鋭さをそのまま形にしたような、超前傾姿勢で地面の上を滑るように疾る。
低い。
俺の腰下――いや、膝下辺りに頭だ。
跳躍魔術を応用して、姿勢維持に纏鎧魔法を使っている。
手を伸ばす、届かない――足で道を阻もうと広げる。
ルーナは手で地面を蹴って加速――低空で身体を縦に一回転――方向転換。
砂煙をあげて道を滑る。
距離が開く。
躱されてしまった。
振り向きながら更に手を伸ばす。届かない。ルーナは駆け抜けて行く。
(届かない――)
届かない。
届かない届かない届かない――
吐き気がするほどの焦燥と悪寒。全身総毛立つ。
咄嗟に掴んだ鞄をルーナの行く先に向けて、全力でぶん投げる。
祈る。
全力で投げた鞄は、真っ直ぐ高速で飛んでいるはずなのに、永遠とも思える滞空時間。
重い鞄は真っ直ぐルーナを追い越して――斜めに飛んで行った。
足止めに失敗した。
一か八か、禁呪を使うか?
(そんな賭け、出来る訳がない――)
こんな力、なんの役にも立たない。
――どうする?
逡巡の間にもルーナは進んで行く。
ルーナは頭上を通過して行く荷物に気づいて――目を、見開いた。
短剣を捨て、四肢を使って急停止。旋回。
そのまま四足で跳ね、鞄に両手を伸ばす。
「――っく!」
両腕で鞄を支え、そのまま腹から地面に落下。
盛大に腹を地面に打ちつける。
(鞄を守ってくれた――?)
ランタンなんかの割れ物もある。
それを守ろうと?
なにを思っての行動かわからないが、俺の身体は自然に動いていた。
「あぐっ!」
うつ伏せで倒れ、腕が荷物の下敷きになっているルーナの背を膝で押さえ込み、首根っこを掴むようにして首輪に鎖を繋いだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
全ては一瞬の出来事だったが、緊張感から息が上がり冷や汗が全身から噴き出て手が震える。
「っ……けほっ、っっ」
「あっ!」
膝の下で苦しそうな咳がして慌てて飛び退くが、鎖を握ったままだったせいでルーナは地べたを引きずられてしまう。
「っッ!」
「ご――」
ごめん、と謝罪の言葉が思わず止まる。
地面を転がり膝を擦り剥きながら、一度挫けかけただけで、後は微塵も気にもかけず平然と立ち上がった。
ルーナは立ち上がり、俯いたまま服を払いもしない。
俯いたまま自分の首輪に繋がれた鎖を凝視していた。
鎖を触ろうとして、手が止まる。
奴隷が繋がれた鎖に触ればその手は鞭で打たれる。
そして、俺を見上げた。
(あ……)
瞳に絶望を浮かべて、俺を見た。
そこには鎖に繋がれた奴隷がいた。
「わたし……そんなに……要りませんか?」
両手を上げたまま、震える唇でそんなことを言う。
瞳に浮かんでいるのは、暗い絶望。
「そうですよね」
壊れた瞳で笑う。
その笑いは己を嘲笑っていた。
「わたしは、頭が悪くて、不器用で……こんな、目つきも悪くて……奴隷の仕事ですら、ちゃんと出来ません……最後まで、ご主人様の役に立てず……ただ、迷惑をかけて……」
「……」
ここに来て、ここに来て今更、今更ながら気づいた。
わかった。
ずっと視界に入っていたし、ルーナ自身も最初からずっと言っていたのに、気づいていなかったことがあった。
息を飲むほど美しい瞳に、愛らしく整った容姿に表情の変化に乏しくいつも平然としていて、高度な魔法を駆使しながらの戦闘技術、淡々と、透き通る鈴の音のような声で喋るせいで気づかなかった。
ルーナは自己評価が異様に低い。
ルーナは自分自身に酷く劣等感を抱いているらしい。
だから少しでも主の役に立とうと、不可解な必死さがあったのか。
確かに、奴隷とは心を折るためそんな風に躾けられる物だが、それを愚直に、真面目に聞き入れてしまっている。
卑屈な奴隷だった。
(……本当に、本物の奴隷なんだな)
違う。そうじゃないんだ。
奴隷以外の生き方を覚えるんだ。
浮かぶ言葉はあるが、口にする前に、胸が詰まる。
ルーナの眉が、唇が、瞳が、表情が、痛みに歪んだ。
「また、捨てられるんですね……」
ルーナの自己評価の低さの根底にある、捨てられた子供だと言う事実。
奴隷として育てるなら、行き場の無さを思い知らせる為にいかにも煽りそうな箇所だ。
捨てられない為に、一生懸命、頑張って奴隷を覚えたのか。
真面目で一生懸命に奴隷をしている、卑屈に媚びている本物の奴隷だった。
全てが繋がり、はっきりした。
そして。
(ルーナを……捨てる?)
違う。と言えるのか?
元々厄介払いのつもりで孤児院に入れる予定だった。
例え今はルーナの事を考えての選択だとしても、やることは変わらない。
「……申し訳ございません。奴隷が如きが、ご主人様に意見など……忘れて……ください」
ルーナは肩を落として項垂れ――地面に一滴、二滴、と。黒く濡れた。
捨てられまいと必死に奴隷をやろうとして、ちゃんと奴隷が出来なくて、泣いている。
そのまま彫像のように動かなくなってしまう。
俺も動けない。
(……俺は、なにをやってるんだ?)
なにをやって来た?
ルーナ自身、どれだけ歪んでいて、どれだけ間違っていようと、ルーナの全身全霊の想いを蹴り飛ばし、踏みつけて潰したのには変わりない。
いくら奴隷として狂った忠義を押し通をそうとしても、最終的には俺に従わせて来た。
奴隷としてしか寄るべき物を持たない少女を全否定して来た。
最後には、優しくして来た。
今まで、ずっとそうして来た。
奴隷らしく鎖で繋いでやれば、喜ぶとでも思ったのか?
「どうぞ、お仕置きを……お仕置きも、して頂けないんですよね……」
ルーナは俯いたまま震えながら言う。
どれだけ奴隷に感情なんて不要だと言い続けたって、どれだけ痛みは慣れていると言い張ったって、無くなるわけじゃない。
ずっと痛がっていた。
捨てられまいと必死だった。奴隷しか知らないルーナなりに頑張って来た。
邪険にされる度、ルーナは傷ついても、怖くても、平然と痛みに耐えて来た。
痛みに耐えるのは慣れているから、その美しい瞳に表すこともなく、心が痛むのをじっと耐え続けて来た。
(こんなもん、どうしろって言うんだ……)
痛みや苦痛は奴隷として耐えられるが、優しくされることで苦しむ奴隷の少女。
こんな酷い矛盾を抱えた少女へ、俺はなんと言えばいい?
切り裂かれた服は土で汚れていて、擦り剥いて血が滲む膝を気にもせず、鎖で繋がれ命を差し出すことを禁じられて絶望している奴隷を前に、優しい言葉以外、なにを言えばいい?
「ちょっと! なにしてるのよ!」
唐突に響いた金切り声は俺に向けられていて、反応したのは俺だけだった。
ルーナは俺の隙を見逃さずに、跳躍魔術で一気に駆け出す――手から流れる鎖を戦慄しながら慌てて引き止める。
「あぐっ――!」
鎖が伸び切り、奴隷の首輪に首を締めつけられてえづくき、ルーナの小さな身体は鎖に翻弄されて仰向けにすっころんだ。
「なっ、辞めなさいよ!」
声の主は善良そうな街娘だった。
子連れかとも思ったが、身形からして歳の離れた姉妹のようだ。
姉と手を繋いでいる、ルーナよりも小さな女の子には目の前でなにが起こっているのかなんて理解も出来ないだろうが、非常に教育上よろしくない光景だ。
どう見ても、教会に逃げ込もうとしている奴隷の少女を捕まえているようにしか見えない。
「こいつは俺の奴隷だ。余計な口出しは無用だ」
「ッ……最低」
状況説明が煩わし過ぎるので、ルーナの鎖を引っ張って立たせながらそんな風に言い切った。
ああ、最低だ。
当然の評価は甘んじて受けようと思った。
「見苦しい所を見せたのは謝罪する……こっちの事情も知らねぇのにいらん口出しすんな。さっさと失せろ」
俺は顔を伏せて吐き捨てる。
受けようと思っただけで、微塵も受け入れられていなかった。
余計なお世話だ。
お前の所為で一瞬ルーナを逃がしそうになっただろうが。
突発的な勢いで禁呪が発動しかけたぞ。一言言って溜飲を下げなければ気が済まなかったと言い訳させてくれ。
街娘は軽蔑の眼差しで俺を睨み、ルーナへは憐れな物を見るような視線を向けて、妹の目を隠しながら手を引き教会へと足早に去って行った。
偽善で救える物なんてないが、善意が全てを救うわけでもない。
俺達が出来ることなんて、このろくでもない世界の中では、とても些細で単純なことだけなのだ。
「……余計なことに気を取られずに、自分の手の届く大事な物をしっかり守ってろ」
俺は歯を食い縛りながら顔を上げ、姉妹の背中に小声で呟く。
独り善がりだろうと、どれだけお互いを苦しめ合う結果になろうとも、やることはもう決まっている。
誰がなんと言おうと、俺は俺が出来る範囲でルーナを大事にする。
ルーナが逃げ出さないように警戒しながら荷物を拾い集めて背う。
「……行くぞ、来い」
「……」
鎖を引いて歩き出せば、ルーナもたたらを踏んで歩き出す。
そのまま黙ってついて来る。
ふと、いつもと違う違和感を覚えていると。
「……は、ぃ」
遅れた小さな返事は、涙声だった。




