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10話。ナフの村、山林。ゴブリン討伐(前編)


 徒手での攻防の末、ルーナの動きが止まった一瞬を捕まえられたので俺の面子も守られた。

 細い腰を抱きかかえる形になって、なにかまたろくでもない反応をされるかと身構えたが、身を捩りながらも僅かに唇を噤んで悔しそうにしていた。

 そんな態度に若干肩透かしを覚えてしまった辺り、この娘に毒されている気がしてならなかったが。


 勝負は一応俺の勝ちで終わり、瞳だけは未だに憮然としているルーナと共に井戸端で水を飲んだり、手拭いで汗を拭いたりとしている最中。

 井戸周りの石畳に出来た水溜まりに太陽の光が反射していて綺麗だ。


「最後、手を抜いたのか?」


 主を立てる為に身を引いたのかと思うくらいあからさまな隙だった。


「いえ、このスカートがいつもと違って、捲れるのが気になってしまいまして……失敗しました」

「うん?」


 言っている言葉の意味が分からず――いや、意味は分かるのだが、お前が今更なにを言っているんだ?

 と疑問の視線を向ければ、答えてくれた。


「いつも客席や男性の闘士からは、下が見えないように動くように言われていました」

「……うん?」


 言葉の内容は分かるが、やはり意味が理解不能だった。

 確かに村人からは未だに奇異の視線は向けられている。

 周囲の視線を気にしていたと言っている。


 そんな余裕があったのかと戦慄を覚えるし、静かな舞踊にも似た、独特の無駄の無い無駄な動きの理由はその為かと納得も出来るが。

 それは分かったが、羞恥心は皆無だったのでは?

 疑問を覚えていると、ルーナは思い出したように言う。


「そうでした。ご主人様になら見せてもいいんでしたね。それに下にも、履いているんでした」

「いや、見せんでいい」


 古風で清楚な服のスカートをたくし上げて確認しようとするのを、掌を向けて辞めさせる。

 下着は付けているのを意識しなくなった程度には慣れてくれたらしい。


「いや、一体どう言うことだ?」

「見えると男性は喜ぶそうなので、ご主人様だけに見せるよう教わっていたのですが?」

「喜ばない」

「そうですか……」


 唐突に見せられた所でこちらが困惑してこっ恥ずかしくなるだけだ。

 ルーナが口元を手拭いで拭きながら、やはり玉に不都合が……とごにょごにょ呟いているのは無視する。

 ともかく。


 そう言うことか、その辺もきっちりと徹底管理して来たと、誰にも見せず主にだけは見せて良いと。

 それも付加価値になる、売りになると教えて来たと。

 だから俺の前では羞恥心が皆無なのか、そう言うことか。アホか。


「ルーナ自身は、肌を見られて恥ずかしかったりしないのか?」

「そんな感情は奴隷に不要ですので、よくわかりません。ただ、ご主人様にこの身も心も全てを捧げている奴隷として、他の人間には興味もありませんので、見られたところでなんとも思いません。ご主人様が見せろと仰られるならいつでもどこでも――」

「――見せんでいい。俺にもだ。可能な限り誰にも見せるな」


 言葉を遮って告げる。


「……奴隷の肌なんて汚らわしいですよね、わかりました」

「いや、そんなことないけど……そーじゃなくて……」

「では、何故ご主人様にも見せてはいけないのですか?」


 見せたいのか?

 問いかけて、はい、と答えられたら流石にげんこつの一つでも落として教え込むべきか悩むことになりそうなので問わないことにした。


「常識として、肌はなるべく誰にも見せないんだよ。女の子は特にな。道行く人が皆裸だったら獣の群れだ。だから戒律でも国法でも人間は身分に合った服を着るように定められている」


 こんな話は学舎の初等部以前の常識問題なのだろうが。


「動物のように裸でいたり、誰も彼もが珍妙な格好をしていれば、風紀や秩序も乱れて意味の無い争いの元なって治安も悪くなる。そしたら結局は自分達が困ることになるだろう。だから身形はちゃんとする決まりなんだよ」


 職人同士、同じ服を着ているだけで集団の結束は強まるし、逆に好き勝手な格好をしていれば個々の好みで無意味な対立や揉め事を生むことになる。

 それに、身形で身分や職業が一目で分かる格好をしていないと端的に言って不便だ。


「命令ですか?」

「常識だ」


 着替えの際に説明してやろうと、旅の道中で温めていた言葉をやっと言えた。


「わたしは家畜以下の奴隷です」

「だから、聖教会の世話になってる俺としては、人をそんな風に扱いたくないと……」


 また堂々巡りになる話か。

 人が人として生きる教えを説いているのだが、奴隷として育った少女には理解し難いらしい。


「奴隷としてじゃなくて、人として自分の意思で考えてくれ。獣じゃないんだ、無暗に肌は見せる物じゃない。身形はきちんと整えるべきだって理屈、理解出来るだろ?」

「むずかしいです……」


 わからないのか……。

 お決まりのやり取りに頭を抱える。


「うーん……」


 俺の教え方も悪いのか、やはりルーナが重症なのか、一朝一夕でどうにかなる物ではないらしい。

 とりあえず下着もつけているし、方向性はおかしいが見せない意識はあるようなので、一先ずは良しとするしかないのだろうか。


(……なんで俺、こんなことで頭悩ませてるんだろう)


 ふと虚しくなって空を見上げてしまった。

 山間の村から見上げる空は、いつもより近く澄んでいて、目に優しかった。

 溜め息を失笑に変え、気を取り直して別の話題を振ることにする。


「と言うことは、服の裾を気にせず動けばもっと動けるってことか?」

「そうですね、もう少し動きの幅が増やせると思います」

「……なんでそんなに強いんだよ?」


 思い切って聞いてみた。


「闘技場で勝ち続けることでわたしの価値は上がって行きましたので。その方が主になる方は喜ぶと教わりました」


 金貨で千枚の価格がついていたが、あれは伊達ではなかったらしい。

 つけられていた値段で見方を変えるような卑しい感性は持ち合わせていないと思いたいが、ルーナの技術には一目置かざる得ない。

 こちらが評価を見直すこととなった。


「いや、そこまで強くなれる理由が分からないと言うか……」

「女剣奴が強ければ強い程、負けた時の盛り上がりは盛況となり、高値のついている女剣奴を大観衆の前で手中に収めることは、男としては至上の愉悦だと教わって来ましたので、がんばりました」


 がんばったのか。

 ルーナは無表情のまま誇らし気に瞳を輝かせながら言っている。

 戦いの腕前を見直した所で、結局そこまでする動機は意味不明でさっぱり理解不能だった。


「この力も、身体も心も、今は全てご主人様の物です。どうぞご自由にお使いくださいね」


 ね。と言われても。

 余りにも真っ直ぐな言い様にたじろいでしまう。

 勝負の二合目で、攻防の切れ目をうやむやにした後ろめたさもあるし、ゴブリンくらいなら余裕で対応出来る腕もあるのは確かだ。


「じゃあ……まあ、一緒にゴブリン討伐行こうか、丁度一人いると助かるなと思ってたこともあるし」

「はい、命に代えてもご主人様をお守りします」

「……」


 輝く瞳で物騒なことを言っている。


(まあ、大丈夫か)


 あの腕ならゴブリンなんかに遅れは取らないだろう。

 よっぽど自信があっての提案だったわけだ。

 闘技場で連勝を続ける、文字通り値千金だった剣奴の実力を俺の方が見くびっていたらしい。


「はぁ……」


 溜め息が出る。

 一応勝負には勝ったのに敗北感しか残らないな。


 ふと顔を上げると、ルーナと同じかやや年下だろうか、村の女の子がこちらを見ていた。

 乾いた笑いを向けてみたが、怯えながら親元へとすぐに駆けて行ってしまった。

 母親は女の子を抱き留めて愛想笑いを俺達に向けているが、その瞳の奥には強い警戒心が潜んでいて、眩しいくらいに勇ましい。


 あまり見ていて余計な不安を与えても上手くないだろう。

 母子から視線を外して――ルーナが真っ直ぐ、強い視線で俺を見ていた。


「……なに?」

「ご主人様、なにがあったんです?」

「なにがって……? なにが?」


 唐突に意気込んで投げかけられる質問の意味が分からない。


「いつも陰気なお顔で、唸り声を堪えている様相のご主人様が、今はとても穏やかな表情です。はじめて見ました。なにが要因なのでしょう。どうすればそんな表情になって頂けるのか、後学の為に知りたいです」

「? 普通にあの親子が微笑ま……しく……て…………」


 誰が陰気な顔だ、なんて言葉選びの酷い箇所よりも気になったことがある。

 あ。


(知らないのか)


 そこからなのか。

 そこから……なのか。

 そこから知らないのか。

 だから知らないのか。


(なるほど……通りで話が通じないわけだ)


 ――これしか生き方を知らないんです。

 出会った頃に言っていた。

 この言葉の意味を、俺が本当の意味で理解していなかった。


 その壮絶さを、根の深さを、重さを、俺の想像が及んでいなかった。

 だからこの少女の奇行がまったく理解出来なかった。


(そっか、知らないのか……)


 物心ついた頃から独房で、檻で育てられ、誰からも触れられることなく育った少女。

 あるのは奴隷としての歪んだ教えと、剣奴としての技術のみ。


(冗談でもなんでもなく、本当に、それだけなのか)


 胸の内にせり上がった嗚咽に似たなにかを堪える為、口を押さえようと上がっていた手は一度止まり、自然に動いてルーナの頬へと向かった。

 ルーナは無表情のまま、視線で俺の指先を追う。


 濡れて頬に張りついていた髪を優しく払って、そのままルーナの頬を指先で撫でれば、一瞬だけ痛がるように目を眇めたが抵抗はしない。

 なんとか平然を装うが、優しく触れられて辛そうにしている。


 そのままさらりと頬を撫でれば、首を竦めて更に震えながら耐える。

 だから、優しく触れられるのもここまで、苦しさを覚える程に苦手なのか。


「ご主人様?」


 俺はゆっくりと手を離し、無表情へと戻るルーナを柔らかな眼差しで見る。

 こんな少女に、悲哀の眼差しを向けるなと言う方が無理な話だろう。

 人の世を外から眺めて斜に構え、他人の機微に疎い俺が気づいていなかっただけで、しっかりととんでもなく憐れな奴隷の少女だった。


「ゴブリンの討伐から戻ったらさ、少し話しようか」

「はい」


 ルーナはゾッとするほど美しく、純真無垢な瞳で無防備に頷く。

 俺は力無く微笑むことしか出来なかった。



================



 狩人の道を通って山森の中を進む。

 広葉樹の森は低草が所々茂り、雪解け後の落ち葉が土へと還ろうとしている。油断すれば足を滑らせそうだなと気を配りながら歩く。


 歩き慣れてくれば、見事な調和で生息している草木の合間から木漏れ日が揺れる神秘的な光景を楽しむ余裕も出て来るのだが、気になるのは後ろからついて来る奴隷の事だった。


 森の中、物凄く浮いているルーナの格好。

 古風で清楚な服は脱ぎ去り、奴隷服も着ていない。

 女剣闘士の格好をしている。なるほど、もちろんそんな着方も出来るよな。

 と言うかそれが本来の着方だもんな。


 奴隷の首輪が目立っているので、上級女剣奴の格好だとも言えるのかも知れない。

 森の中でそんな格好をするのはどうかと思うが、戦いに赴くと言うことでこの格好が良いらしい。

 自覚は無いようだが、服の所為で俺に負けたのがそれなりに悔しかったようで、もう好きにしてくれと言うしかった。


 改めて良く見ると、上も下も薄っすい羊皮紙のような黒革がぴたりと体の線に沿って貼りつき、若くて瑞々しい鎖骨から肩にかけての線や、細い太腿が扇情的に剥き出しにされている衣装は改めて良く見る物ではないなと思う。

 村を出るまでは外套で隠していたが、今はもう脱いでいて、。その肩に俺の荷物と自分の頭陀袋をかけて、黙々とついて来る。


 広い闘技場で目立つための格好なのに、こんな場所でしかも荷物持ちをしているのは凄まじい程の違和感しかない。

 ついでに肌や太腿を露出して森を歩いているが、虫とか藪とか大丈夫なんだろうか。


(まぁ、纏鎧魔法があるか)


 こんなことなら長靴下か旅用の革靴でも買っておくべきだったかとも思うが、今考えても詮無い事だ。

 気にせず進んで行く。

 少し開けた箇所から、目印に教えられていた崖を目指し、ちょっとした藪の中を進めば獣道に出る。

 更にその道を進み、切り立った崖の岩肌が確認出来る距離で足を止めた。


 胸甲に緩みは無いか、革手袋に傷みは無いか、腰に下げた長剣の具合と腰の後に差した短剣に不備は無いか、自分の身体はきちんと動くか。

 最後の確認をする。よし、問題無い。

 そしてルーナへ声をかける。


「それじゃ、ルーナはここで待機しててくれ」

「え?」

「荷物番を頼む」


 冷たく凍りついたように微動だにしない瞳は、騙された、と言いたい感情をなんとか覆い隠そうとしているように見えた。

 張り切って剣闘士の格好までしているのが若干申し訳ない。


「そんな目で見るなよ……荷物置いておくとはぐれゴブリンによく持って行かれるんだ。それで困っていた」


 当然荷物は極力減らして貴重品は持ち込まないようにしているが、どうしたって不測の事態を考慮して用意する物はあるし、鞄自体を持って行かれるのが地味に嫌な気分になる。


「と言うことで、荷物を任せるぞ。これはちゃんとした仕事だからな?」

「はい……」


 ここが精一杯だ。

 いくら腕が立とうと女子供をゴブリンの巣までは連れては行けない。

 魔物の生態はどいつもこいつも醜悪で見せられるような物じゃない。


 それに、これは俺の仕事だ。

 ルーナは釈然としない瞳でじっと俺を見上げている。


「……ゴブリンと戦ったって言うけど、殺めたことはないんだろ?」

「そうですね。わたしは善役で売り込む予定でしたので、人も魔物も獣も、命を奪うのは禁止されていました」


 声は平然を装えているが、瞳には不貞腐れている雰囲気が漂い、僅かだが唇は拗ねるように噤まれている。

 そんな様子なのに、思わず頭を撫でたくなってしまう程愛らしい見た目なのだ、善役で売り込む方が良いと言う判断は妥当だと言えるだろう。


「ですが、ご主人様の命令なら、ご主人様のためなら、どんな相手でも迷わず消します」

「……消さなくていい。善役、結構なことだ。そのまま手を汚さないでいてくれ。俺もそっちの方がいい。無益な殺生は教義にも反するからな」

「むずかしいです……」


 ルーナは唸る。

 闘技場で育てられた少女には難しい話か。

 剣奴として育てられ、その手が血塗られていないと言うことがどれだけ幸運なことか……いや、その分、血の滲むような訓練があったのだろうが。


 その小さな手が綺麗なのは尊いことだとは思うが、実戦を知らない者の動きは違う。

 どれだけ覚悟を決めていても、実践の戦いと闘技場の闘いはまた別物だ。


「俺の為に殺したりなんてするな。だけど、自分の身を守る為には躊躇するなよ、その為なら迷わず殺していい」


 ルーナの腕ならゴブリンに劣るようなことはないだろうが、既に魔物の領域に入っている。何が起こるか分からないので一応注意しておく。


「……むずかしいです」


 ルーナはいまいちピンとこない様子で悩ましげな声を上げている。

 難しいのだろう。


「俺の物であるおまえを勝手に傷つけるな。手も綺麗な方がいい。もちろん余裕があるなら捕える方がいいけど、優先順位として、俺の物が傷つけられるくらいなら、相手を殺していい」

「はい」


 ハッとしたように顔を上げ、しっかりと頷いてくれた。

 やっぱりこういう言い回しなら納得してくれるのか。疲れる。


「それじゃ、任せたからな」

「はい、いってらっしゃいませ。ご主人様」

「……ああ」


 見送られるなんて初めてのことで、なんだか違和感を覚えつつ、手を軽く上げてから森の奥へと歩みを進めて行った。



=================



 崖下にある洞窟の前に、集落の成り損ないのような、あばら家と呼んでいいのか、適当な草木や半端な木材を重ねて作った雨避け小屋が点在している広場がある。

 至る所に壊れた農具や日用品、紙屑や割れた酒瓶、ボロ布等が散乱し、腐敗した獣やゴブリンの死骸と共に、汚く散らかされた食べ物の残りが、排泄物に混ざって転がっていて不衛生極まりない。


(それでも……まだ出来てそんなに経ってない感じか)


 酷い所はもっと劣悪なことになる。

 夏場はすぐに疫病の温床となり、場所によっては酷い水質汚染を引き起こす、典型的なゴブリンの巣だ。

 こんな不潔な場所に女子供は来たがらないだろうし、出来るなら連れて来たくもない。


 普通の森ではまず見かけることの無い彩をした苔を避け、生ゴミの悪臭が漂う広場の中心へ、堂々と歩み出て声を張る。


「この群に人話が通じる奴はいるか!」


 数匹、小さな生き物が洞窟や雨避け小屋から顔を覗かせている。


「我が名は巡礼騎士アルゼス・セルシウス! お前達に問う!」


 更に声を張ればさっと引っ込んでしまう。


「何故お前達は人を襲う!」


 構わず声を張り続ければ、森の木々に反響して声は響く。

 一拍して、洞窟の奥から先程よりも二回り大きな影が出て来た。


「……なんダァ、オマエ?」


 猿とトカゲを混ぜたような生き物、ゴブリン。

 緑色の肌に尖った耳と鼻、異様に大きな手に尖った爪。

 不揃いな牙の並ぶ大きな口にぎょろりとした大きな目。

 所々に皮膚病を患っているのがここからでも確認できる。


 この群れの長だ。

 腹の突き出た身体が他の個体より大きいし、特徴的なトサカのような毛が頭から生えている。

 広場より一段高い位置にある洞窟からこちらを見下ろしている。


「聖教会に所属する巡礼騎士だ。人里を荒らす魔物を討伐しに来た。申し開きがあるなら聞こう」


 ゴブリンの長は大きな鼻を引くつかせ、尖った牙を剥いて笑う。


「ケケケ、なんダ、お仲間さんじゃないのカ? 魔法、使えるんだろウ?」


 魔物とは混沌の時代はただの魔法使いの一派であったのだが、魔力に溺れ、魔法の力に呑まれてしまい、今では人とは別の種族になり果ててしまっている。

 遥か昔は嗅覚に特化する魔法を持っていた一族であり、魔物として魔法と一体化した今では、並の動物よりも複雑な臭いを嗅ぎ取る鋭敏な感覚を持っていたり、逆にこんな悪臭漂う環境に適応したりも出来る。


「そんな話をしに来たんじゃない。お前達が人を襲う理由を聞いている」

「理由なんテ、ある訳ないだろウ。そこに果実があれバ、自由に収穫するだけダ」


 村の近隣に住み着き、物を盗み、田畑を荒らし、ときには家畜や子供、老人さえも襲って食い散らかし、面倒が起これば住んでいる土地を放棄し逃げ出せばいいと考えている。

 規律も秩序も無く刹那的に生きる、怠惰で浅慮な生態。それがゴブリンだ。

 人間界に寄生する害虫だと口汚い人は言うが、俺もそう思う。


「人の世に仇成すような生き方を、人は自由なんて呼ばない」

「ケケケ、ややこしい事を言わズ、オマエも力を持っているんダ、解き放って人間なんて辞めてしまえばイイ、凄まじい魔力の臭いだゾ」

「……」


 禁呪持ちがその魔力に呑まれて暴走してしまえば、魔物へ――魔人へと身を落とすことになる。

 そうしろと言っている。

 溜め息がどうしても失笑のようになってしまう。

 俺は力があるからと言って、こんな風にはなりたくない。


「人間は都合の良い嘘ばかり吐いて同族すらも欺ク。オマエも己の心を自由に解き放テ、きっとオークやオーガをも越えるような魔物になれるだろウ」

「……まぁ、確かに。お前達は分かり易くていいよな。人の世は面倒事が多いのは確かだよ……」


 もう話は聞いていない。

 転がっている子ゴブリンの死骸に視線を落としながら、思うのはルーナのことだった。

 こんな物と比べてどうこう言いたくもないが、こんなのよりは奴隷扱いの方がまだマシなのだろうか。


(……いや、そんなことは無いか)


 心の中で首を振る。そう変わらない。

 力の強いゴブリンが自然と影響力を強めるだけで、身分の概念もなく政治や統治の概念すらない、他の者がどうなろうと知ったことでもない、野生の獣よりも脆弱なのがゴブリンの群れだ。

 弱者はそのまま群れから虐げられて死ぬか、奴隷として不遇の境遇で飼い殺されるか、どちらがマシかなんて不毛な話でしかない。


 なにを育くむこともなく、盗める物を盗み、食い散らかすだけのゴブリンと、詭弁で弄し人を家畜以下の奴隷として搾取し続ける人間。

 どちらが良いなんて話じゃない。

 どちらも自由なんて言葉とは程遠い生き方だ。


「オマエも心の赴くまマ、自由に生きればイイ」


 人間と魔物では、自由に対しての考えが大きく違う。と、俺は思っている。

 人間と魔物は違う。


(だからこそ、人間として、奴隷なんて認められない)


 ゴブリンはまだなにか言っているが、俺はもう聞いていない。

 神を持たない魔物の言う自由なんて、見たままだ。

 こいつらに理性や意思なんてない。あるのは怠惰な欲望だけ。

 こんな物、自由とは呼べない。


「俺の心にあるのは、人の世を乱す輩は許せないと言う意思だ。人の世に関わらず、森の奥で大人しく暮らすと言うなら見逃そう」

「分かっタ、二度と人里は襲わなイ。許してくレ」


 ケケケケケ、と醜悪に笑う。当然そうなるよな。分かり易くて本当に助かる。

 失笑交じりの溜め息も漏れると言う物だ。


「信じてくれヨー」


 やはり言葉は通じるが、話は通じない。

 魔物相手に口論なんてしても無駄なのは分かりきっている。

 騎士として一方的な蹂躙を避けたかっただけで、一々失望なんてしても仕方がない。


「話は終わりだ。巡礼騎士として、人の世に仇名す魔物を討伐する!」


 宣言に対し、巣から大小のゴブリンが現れ、森の奥からもゴブリンが顔を覗かせる。

 俺は長剣を抜いて一歩進む。


「オ? アレはなんダ?」


 ゴブリンの長は不思議そうな間抜け面で、俺の背後を指さした。

 古典的過ぎる手法だ。馬鹿にしてるのか。俺がそんな物に引っ掛かるような間抜けにでも見えたか。

 怒りに任せて二歩目を踏み出し、狂化魔法の扉を思い浮かべた所で足を止めてしまった。


 頭の中にあった禁呪の扉は霧散して、別の思考一色に染まる。

 心当たりがあった。いや、そんな、いやいや、まさか。


「ご主人様」

「……」


 そのまさかで、振り返れば、いた。

 ルーナがいる。





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