小松シリーズ第一号 その5
【5】
その時、初めて顔を上げてしっかり周囲を見渡した。自分たちを中心とした円が形成されていて、弧を形作っている人がみんな真剣に携帯のカメラをこっちに向けていた。二人の失態で、これはSNSでも大きなトピックになっているに違いない。僕たちはいそいそと店に移動した。
予約していた店は個室居酒屋で予約時間を大幅に遅れても笑顔で許してくれる店だった。ビールで乾杯なんて一世代前の風習だと言われることはあるが、小松がいる飲み会ではビールで乾杯がルールだった。このような面倒くさいルールは小松が説明することは無いので、いつも僕の役割だ。今回の女の子たちは良心的ですぐに納得してくれたが、前に飲んだ派手な子たちはビールルールに、「なんでビールなの? 古くない?」と言い放って、小松を激怒させた。あっ、その失敗があったから今回は清純系なのか。
ところが、清純系はおそろしく癖が悪かった。
「小松さんってかっこいいですけど、あなたは微妙ですね。ところでなんて名前でしたっけ?」
問題! 飲みだして何分で言われたでしょうか? はい、そこ! 六十分? ブッブー、正解は三十分でした。最初に自己紹介しただろ。それともアレか? 小学生みたく名札が必要か? このミキって女はたった今から心の中でエセ清純一号だ。しかし、それだけにとどまらなかった。
「私、あなたに関心無いから、あなた呼びでいいですか?」
エセ清純二号のマンリもこの様だった。帰りたい、この飲み会楽しくない。すぐに帰って、マイフェイバリットスペースで丸くなって眠りたい。
しかも小松は自分のルールに従ってくれれば、怒りを感じないので友人が失礼極まりないことをされていても気にしない。後で缶コーヒーが降ってくれば、いい方だ。今日は女難だな。
あれ? 喫茶店で女難の相って、二人って言っていたような気がする。なんてことを思い始めた時にそれは起こった。僕が色々考えているうちに趣味の話になっていたらしくって、ミキが楽器演奏といって小松が見に行きたいとか言ってて、マンリの話に移った時のことだった。
「マンリちゃんって、どんな趣味あるの?」
小松は初対面の女の子の個人情報を笑顔で訊くまでにエセ清純コンビと親交を深めていた。
「えー、私の趣味変だから、小松さんに嫌われるの嫌だぁ」
アヒル口でマンリはぶりっ子ぶった。
「なんでも受け止めるよ」
大学時代様々な年齢層を射止めた爽やかな笑顔で小松は囁いていた。
「んー、分かった。あのね、競馬とかパチンコが趣味なの」
マンリのこの発言が僕を過去に舞い戻らせた。あれはまだ学生だったころの話だ。モテない男だけの飲み会を何回か開いていて、モテる小松は参加しなくて良かったのに、飲み会が好きだからという理由で小松は顔を出していた。それがモテない男たちに余裕ぶりやがってと嫉妬の炎を燃やさせる原因になったが、それは別の話だ。それはバレンタインデーに反旗を翻す会というものを開催した時に出た会話だ。