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青い春  作者: 花菱巴
3/7

小松シリーズ第一号 その3

【3】



「入ろう」

 路地を奥に入ると、レンガ造りの門構えが見えた。扉の上部がガラスになっていて、中を覗くと温かそうな内装や湯気をたてているポットが見えた。これは案外、穴場を見つけたかもしれない。中に入って最初に目に入ったのは大きなソファーのセットで、喫茶店にソファーとはこれ如何にと考えていると、小松が奥のソファーにどっかりと座った。



「おっ、コーヒーの種類たくさんあるね。それでも俺はカフェモカァー」

 ミュージカル歌手の様におおらかに歌い上げた。小松はどうも機嫌がいいらしい、そりゃああんなに交差点で好きなことを叫びまくったのだから、さぞかし気分もいいだろう。


「歌うな、恥ずかしい」

 と言っても、恥ずかしいと思うほどの客がいなかった。カウンターの中にいる初老の男性もこちらを見ず細々と作業している。僕は手前のソファーに腰掛けた。


「じゃあ、決めたら店員さんに注文しといて、俺は」

「はいはいカフェモカだろ」

「よく分かってんじゃん、もしかして超能力者?」

 小松はバカげたことを言って、店の隅に貼っているビラを見に行った。


その小松と入れ違いに初老の店員がこちらにきた。

「ご注文はお決まりですか?」

「カフェモカとブレンドでお願いします」

「はい、かしこまりました。お客様、もしかしてあの方とご兄弟ですか?」

「はっ? え、似てますか?」

 突然のことだったので、すぐに対応出来なかった。我ながら変な返し方をしてしまった。

「えぇ、とっても。相性の良さも感じます。ただ今日はお二人に女難の相が出ております。ご注意ください」

「相性? え? 女難?」

「当店では占いもやっておりまして今回はサービスさせていただきました。ごゆっくりお過ごしください」


 僕と小松が兄弟かと思った時点で女難の相については信用出来ない。ただこういう占い系のものによく感じる胡散臭さは感じなかった。僕が小松を視界に入れた瞬間、小松は振り返り笑顔で手招きした。

「なぁ、変なのあるよ。こっち来なよ」


 私はせっかく板についてきたソファーから腰を浮かせ、のろりと小松の元へと向かった。小松は真っ白い壁に貼られた一枚のA4サイズの紙を指さしていた。

それは、<お手伝いさん募集>と書かれた紙で家事が仕事内容で土日祝は休みで時給は千百円、住所と電話番号と雇い主の名前が書いてあって、特におかしいところは、いやあった。

「これってさ、男女雇用機会均等法の影響で女性募集とは書けないけど、察してくれということだよね。わざわざ家族構成を書くなんて、他のバイト募集には無い内容だよね。変なの」


 紙には<夫婦二人と女子高校生一人、女子大生一人の家族です>と書かれていた。この家に男性のお手伝いさんは必要とはしていないだろう。でもそう書けないから、個人情報の最たる項目である家族構成をメタメッセージとして、簡単に言うと暗黙の了解として書かねばならなかったのだ。


「お客様、カフェモカとブレンド出来ましたよ」

 小松はさっきまで話していたことがふわぁと抜けたようで、多分すごく嬉しそうな顔でソファーに舞い戻って行ったのだろうと彼の後ろ姿を見て僕は思った。


「すげー美味しい。ちょうどいい甘さだよ。コンビニで買うやつは甘すぎるのもあって、こういう苦味が残っているのは中々ないよ。早くブレンドも飲んでみなって」

 ソファーに腰掛けお茶菓子に夢中な小松を差し置いて、ブレンドに口をつけた。うむ、美味しい。酸味もほとんどなく、水臭くもないコーヒーだ。少し甘味料とは違うみも感じる。これは当たりかもしれない。


「なっ、当たりだろ?」

 得意気に小松は訊いて来た。ここは君の店じゃないだろとは思ったが、口には出さなかった。普段は何でもごくごく飲む小松がこんなにゆっくり飲料を飲むのかと僕は感心していたからだ。店にいたのは多分、一時間ほどで一時間経ったくらいには二人のカップは空になっていた。



「このコーヒーは当たりだ」

「カフェモカも当たりだよ」

「もうそろそろ行くか」

「もう少し居ようよ」

「ダメだ。今日の目的はなんだ?」


 小松はうーんと唸って考え出した。小松は本当に大きな声で唸るのだ。これをやられたばかり一時繁華街で見世物になったことがあって、唸らせる場所を無意識に選ぶようになった。

「美味しいコーヒーを飲んで、本屋で文庫本と単行本漁って、たこ焼き買って家に帰る」

「うん、それが目的なら本屋に行って終わりだな。たこ焼きは必要ない……、じゃなくて!」

「ノってきたときに俺はしめたって思ったのに」

「今日は女の子とお酒を飲むんだろ」

 小松は気分を急に害されたようでひどい顔をした。

「思い出したくないことを思い出させるなんて、ひどいプレイだな」

「プレイって言うな。大体、小松が女を集めるからいけないんだ」

「人を誘蛾灯みたいに言うな。でもお前だって恩恵には預かっているだろ?」

「うんまぁ、たまにな。今日、嫌な理由はあるのか?」

「俺は満足したんだ。このまま四畳半に帰って休みたい」

「それでも行かないわけにはいかないだろ? ほら会計済ます」

「わーん、嫌だよ。マスター行きたくないよ」


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