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エチオピア王家

 彼女の身体につけられていたいましめを解きながら、俺は彼女に問いかける。

「ねえ、君。本当に、なんで贄なんかになっていたわけ?」

「それは……」

 彼女は、哀し気に目を伏せながら、ポツリポツリと語り始めた。

 彼女の母であるエチオピア王妃であるカシオペアは、自らの美貌が自慢であった。

 それで、いうにことをかいて、海の女神たちたるネレイデスよりも、自分と自分の娘のほうが美しいと自慢したらしい。

 当然、その言葉は女神たちの怒りを買い、ポセイドンにより、報復を受けた。それを鎮めるのに、王女たる彼女を贄に差し出すように、言われたらしい。

「はーっ。その文脈なら、君の母親が贄になるべきジャン」

 俺はふっとため息をつく。彼女はびっくりしたように俺を見た。そういう発想がなかったようだ。

 なんておひとよしなのだろう。このお姫さまは。

「ま。ポセイドンさまも男性神だから、若い君が良かったわけだ。しかしネレイデスも短気だね」

 俺の言葉に、彼女は青くなる。慌てて口を閉じるように目配せをしたが、俺は気にしない。

 当然、海の底で、神たちが聞いていることも、わかっていた。

「ひとの美しさなんて、簡単に移ろうものだ。そこへいけば、ネレイデスは神。にっこり笑っていれば、どちらが永遠に美しいかなんて、誰の目にも明らかだろう?」

 俺は水面にむかって話す。

「化け物が死んだ今、君の王家は、ポセイドンの神殿を修復し、供物をささげれば、心広き神である海神ポセイドンさまは、きっと許してくれると俺は思うけど?」

 波は穏やかに揺れている。神に否やはないようだ。

 アンドロメダは、ほっとしたようにすわりこんだ。

「じゃあ、ご褒美をもらおうかな」

 俺が彼女の肩を抱き寄せようとすると、海岸の方が急に騒がしい。怪物が倒されたことを聞きつけたようだ。

「……あなたって、すごいと思います。お礼はきちんとさせてもらいますから」

「ご褒美は、アンドロメダ、君がいいんだけど」

 俺は、彼女のアゴに手を当てる。一瞬、頬を赤く染めた彼女は、海岸からやってくる船に気が付き、あわてて顔をそむけた。

「ごめんなさい……私、婚約者がいますから」

「ふーん。そいつに惚れてるの?」

「私は、王女ですから」

 彼女はそう呟いて、俺から身を離していく。

「あっそ。じゃあ、俺、もう行こうかな」

 俺は肩をすくめて、岩場に置いていたキビシスに手をのばした。

「待って」アンドロメダはすがるような目で俺を見た。

「お願い。お礼をしたいの」

 冷たい彼女の手が俺の手に重なる。俺は、その手を振りほどくことが出来なかった。


 正直、アンドロメダが俺を拒絶するのであれば、長居する理由は何もないのであるが。

 俺を拒絶しながらも、どこかすがりつくような目をするアンドロメダが気になって、王宮についていった。

 俺はエチオペア王であるケフェウスと、その王妃カシオペアに拝謁することになった。

 アンドロメダの隣には、着飾ったやさ男が立っている。ピーネウスという彼女の婚約者らしい。

「ペルセウスとやら。そなたが怪物を退治して、我が娘を救うてくれたこと、心から礼を言う」

 ケフェウスが玉座の上から、頭を下げる。

「褒美に、何なりと欲しいものを言うてみよ」

 ケフェウスの言葉に俺はまっすぐに王を見た。

「何でもいいと言うなら、俺は、アンドロメダ姫が欲しい」

「なっ」

 俺の言葉に、そこにいた人間が絶句する。

「あ、あなたのような、どこの馬の骨ともしれぬ人間が、玉座を欲するとは、欲が過ぎます」

 王妃が顔をしかめてそう言った。

「お母さま!」

 アンドロメダが抗議の声を上げる。

「いいえ。蛮勇にうかれているような男にはこれくらい、言わないと。下賤の身であることはわきまえてもらわねば」

 カシオペアは、高慢な口調で俺を冷やかに見る。

 俺は、思わず肩をすくめた。

「俺は、別に玉座何ぞ、欲してはいない」

 はあっと息を吐く。

「ほしいものを何でもいえといったのは、そっちだ」

 俺はひざを折るのをやめて、立ち上がる。

「自分の虚栄心で、娘を殺しかけた王妃さんに、蛮勇などと言われるのは心外だね」

「なっ」

 カシオペアはムッとしたように俺を睨みつけ、周りの家臣団も剣の柄を握りしめる。

「……すまぬ。妻が失礼なことを言った。しかし、アンドロメダには既に婚約者がいてね」

 ケフェウス王が、優男の方を見る。俺と目が合ったアンドロメダの目が哀しげに伏せられた。

「彼女が贄にされている間、何の行動もしなかった男の方が、優先順位が高いとはね」

 俺が、聞こえるように呟くと、男の顔が不機嫌に歪む。

「下賤の身で、王族に対し、無礼であろう」

「王族ねえ」

 俺は首を振った。だんだん面倒になってきた。喧嘩なんぞ売っても疲れるだけだ。

「褒美というなら、まず飯を食わせてくれ。あとベッドで寝たい。疲れているんだ」

「ああ、すまなかった。すぐに用意させよう」

 ケフェウス王が慌ててそう言って。俺は退出を許された。


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