宝石少女はおねだりが上手
「何度も来るんじゃねーですよカマ野郎。おかげでウチの知名度が変に上がったじゃねーですか畜生め」
抑揚のない甘いソプラノは、騒がしかったビショップギルドに一瞬で静寂をもたらした。
線の細い少女は、ヒーラーギルドとは名ばかりの猛者が集まるこのギルドの中ではじめから異彩を放っていたが、その小ぶりな唇から辛辣な言葉が飛び出た事で、「儚げ」「人形の様な」という、大多数が抱くであろう第一印象はふっとんだと言って良い。
しかも、その視線の先で瞳を瞬かせている人物がヒラリーとくれば、何言ってんのこの子と声を大にしてつっこみたい衝動に駆られるが、誰しも自分の命は可愛い物である。
青い顔で視線を逸らす者、所詮他人事だと成り行きを見守る者……三者三様の反応を見せる室内は、異様な緊張感に包まれていた。
とりあえず、あの娘何者だ。
妙な威圧感を振りまきながらふんぞり返って居る少女に視線が集まる中、少女――セラの視線を一身に受けたヒラリーは呆れた顔で肩を竦めて見せた。
「あのねぇセラちゃん。どこで習って来たのそんな言葉」
「?このまえ、マスターが貴方の事をそう言っていたので」
「……まさか、『カマ野郎』が名前だと思ってるわけじゃないわよね?」
「もちろん。嫌味な愛称だと理解した上で使ってますけど」
乱闘に発展しやしないかと張りつめた空気の中、当の本人達はいたって平然と会話を進めるものだから周りは気が気じゃない。
「生意気ねぇ。というか、カマ野郎じゃないって言ったでしょ。ココロも女の子なのがオカマさん。アタシは心は男なの」
「そんな事はどうだって良いんです。金欠だからと言ってギルドに顔だすの止めてくれっつってんですよ。最近地味に『ヒラリーの通う洋食店』なんて噂が広まって、ますます冒険者らしい仕事がなくなってんですからね」
最近では昼時になるとギルドメンバーが給仕の真似事をやらされる始末なのだと表情に出すことなく憤慨するセラに、一気に周囲の視線が憐憫の色を宿した。
依頼はもっぱら食材探しなんだぞどうしてくれる畜生と恨みつらみを零され、さすがのヒラリーも切なくなる。
「それは……ごめん」
「ごめんで済むなら世の中さぞ平和でしょうよ。ああ、腹いせになけなしの幸運を吸い取ってやりたい」
隠す素振りもなく舌打ちをかましてカウンターに腰かけたセラの纏うオーラが、誠意を見せろと言っている。
誠意=何か奢れだという事は安易に想像できた。
それとなく近寄ってきたマスターに、ヒラリーは軽く肩を竦めて見せた。
「マスター。お嬢さんにうんと甘いのお願い」
「ああ。わかった」
おそらく、この程度で機嫌が直るとは思わないけれど。
ちらりとセラに視線を落とせば、マスターに出された甘い果実酒に何の感情も読み取れない顔で口を付けるところだった。
こくこくと絶えず喉に流し込んでいる所を見ると、お詫びの酒はお気に召したらしい。
ちまちまと無言で酒を煽っていたセラだったが、半分ほど飲み乾した所で不意にヒラリーへと視線を向けた。
そして一言。
「あのね。カマ野郎」
がくりと身体の力が抜けた気がした。
多少なりとも機嫌が直ったと思ったのは自分の勘違いだったのかとヒラリーは思わず眉根にしわを寄せる。
「だからねセラちゃん……」
「じゃあお嬢さん」
「…………ヒラリーよ」
こいつもしかして名前知らないんじゃあ……そんなヒラリーの予測は当たったらしい。
こくりと一つ頷いたセラの口から自分の源氏名が零れ落ちたのを聞き、ヒラリーは思わず苦笑を零した。
ほんと、可愛くないんだから
知らないと言うのが癪だったのだろう。
心なし満足げなセラの顔に微笑ましいものを感じていると、その表情がすっと違う物へと変わったのが分かった。
例えるなら、そう。
恋人に高級品を強請る女の顔……いや、大人に玩具を買わせる子供の顔と言ったらいいだろうか。
どちらにせよ、断り辛いという点において性質の悪い物盗りだと思う。
「あのね、ヒラリー。セラ、お願いがあるんですけど」
イイコにするからと言わんばかりの甘ったるい声に、悪魔を見た。
「いいわよ。何?」
罪悪感を植え付けられた手前、嫌とは言えない雰囲気が出来上がっている。
引きつった笑みを浮かべながら、聞くだけは聞いてやるという風なヒラリーにセラは子供の様な微笑を返した。
「セラ、『女王の蜂蜜』が欲しいの。お手伝い……してくれますよね?」
それは最早、お願いと言う名の命令だと誰しもが思った。
というよりも、初めの殴り込み自体がこれの為の前置きだったのではとさえ思う。
少女怖い
お詫びと称して未攻略の推定SS級ダンジョンボスをボコれとおねだりしてみせる強かっぷりに、ギルドの心は一つになったのだった。
セラは名前覚えるの苦手。
役職を覚えるのも苦手。そもそも人にあんまり関心が無い。