宝石少女は物で釣られる
「『女王の蜂蜜』?」
ヒラリーへの献上物がドレスなら、セラを釣る定番品は甘味である。
とりわけ蜂蜜への食いつきには目を見張るものがある……という事実に、ウリンは最近やっとたどり着いたところだ。
今もウリンの話に別段興味無さ気な相槌を打っていたセラだが、『蜂蜜』という単語が耳に入った瞬間、瞳に夢見る少女のような煌めきが宿った。
「そうだ。最近新しく出来たダンジョンの話は知ってるか?そこのボスは蜂型のモンスターなんだが、それの守っている蜂蜜が絶品らしい」
「えー。その話信憑性なくねーですか?まだあそこ、攻略されてねーでしょうよ」
ダンジョン。
それはこの世界に数多存在する魔素によって作り出される魔を帯びた空間である。
強さに比例しSSからEまでにランク付けされるそれらを攻略し、生息する魔物やトラップ、アイテム等を鑑み、ランク付けするのもまた、ギルドと呼ばれる組織に組みする者の仕事であった。
元となる魔素の影響を受け独自の生態系を築くそれらを一番に攻略するのが、各ギルドの誉であるのだが、いかんせん、前人未到のダンジョンは情報が少ない。
事、ランクの高いダンジョンであれば攻略者がなかなかでなくとも不思議ではなかった。
そして、ウリンの提示したダンジョンもそのたぐいである。
――あれは間違いなくS級以上の代物だろうな。
関係ないとばかりに言ってのけた噂話の提供者は、今日も今日とてカウンターの奥で書類と格闘している。
セラの胡乱な視線を無視してのけたギルに背を向けつつ、セラは首を傾げた。
もちろん、話を持ってくるからにはそれなりの確証があるのだろう。
もしくは、実物が……?期待度が高まるが、残念なことにウリンから差し出されたのは店でなじみの蜂蜜酒だった。そう、俗にいうセラのいつものやつである。
「いや、蜂蜜自体は働き蜂がたまに落とすらしい。実際途中まで潜ったやつに見せてもらったが、見た目だけとってもそん所そこらの蜂蜜とは格が違う」
ならなぜ実物を持ってこないんだ。
そんな非難がありありと分かる顔で、セラは手元の蜂蜜酒をぺろりと舐める。
大体、幾らでも奢ってやると言われた時から怪しいとは思っていたのだ。
それでも大人しく話を聞いていたのは、ウリンが話の分かる人物だからに他ならない。
セラが何かを要求する前に、大抵何かを手土産に持参してくれる。中々に出来た男であると、セラは密かに一目置いていた。
……持ってくる依頼は、あまり歓迎したいものではないが。
「それを、報酬にくれるんですか?」
まさか、攻略できたのだろうか。
……いや、ウチの情報通の耳に届いてないのであればそれは無いだろう。
首をかしげるセラの前で、首が否を示した。
「このダンジョンにはウチも手を焼いていてな。君に、詳細なダンジョンマップを作ってほしい」
要は攻略してこいと言う事だろう。
内の読めぬ笑みを湛える男の瞳は、セラの向うに居る『誰か』を期待している。
「……そうですねぇ。依頼料は、法外になりますよ」
うっそりと食えない笑みを貼り付けすとんと床へ降り立つセラに、ウリンは鷹揚に肩を竦めた。
「好きなだけたかると良い。なんせ、依頼主は総本部だからな」
総本部とは言わずもがな、ギルドの大元締めである。報酬は約束されている。
その言葉を背に、セラはゆっくりとドアに手をかけた。
目指す先は、言わずもがな。
不運で規格外な竜人の住処である。