宝石少女、女装の竜人を追いかける
歓楽街の外れ。
喧騒のやまない酒場に交じり建つ冒険者ギルド『夢見鳥亭』がセラの常宿だった。
下手をすれば酒場としての知名度が上回っているのではないかと思われそうなそのギルドが、年前までは中心街に居を構える国家公認ギルドの成れの果てだと誰が思うだろうか。
少なくとも、セラは未だにガセネタだと疑っている。……が、それはまあそれとして。
「……飽きた」
ぐでっとカウンターに突っ伏すセラにとっては、国家公認ギルドという忙しそうなネームバリューなどどうでも良い事だった。
むしろ、程良いさびれ具合が気に入っている……と口にすると何かとうるさいので口には出さないけれど、元来怠け者気質なセラにとってこの宿は居心地のいい場所なのだ。
しかし。
「…………飽きた」
真昼間から酒を煽るのも、近場で猫を拾うのも。
ついでに言えばダンジョンに潜るのは面倒くさいから却下。
となると、やることが無い。
べしべしと行儀悪く机を叩き続けるセラに、雑務書類と格闘していたギルド長の孫、略してギルから呆れた視線が飛んできた。
「お前……おっさん等の誘い断っといて何を……」
彼のギルド長(代理)らしいお小言通り、蜂蜜を餌に誘われた薬草探しを体よくお断りしたばかりである。
しかし、セラにも言い分があった。
「だって、ダンジョンは手続きがメンドくせーでしょう」
そう。面倒くさいのだ。
ダンジョンへ潜る際、身分証明のためギルドカードを提示しなければならない規則があった。
普通なら一分たらずで終わる作業も、セラがやるとなると少しばかり面倒事に早変わりする。
持ち前の幸運も相まって、現在上から数えた方が早いランクに居るセラだが、華奢で見るからにか弱そうな外見のおかげで十中八九カード偽造を疑われるのだ。
駆け出しであるセラ自身はもちろん、所属ギルドも知名度が低いとはいえ、ギルドの登録照会に始まり過去の依頼達成遍歴までさかのぼられるのはさすがにどうにかしてほしいと切実に思う。
目の座り加減で事情を悟ったらしいギルは、微妙な面持ちでセラに向き直った。
「最近のお前がダンジョン行かねぇのってそのせいか」
「です。あと、薬草探しとかいい加減飽きた」
ぷっと唇を尖らせる様はたしかに高ランクの冒険者には見えない。
セラのランクを疑う受付の気持ちも分かるし、外見と言う変えようのない理由で痛くもない腹を探られるのが面倒くさいというセラの気持ちも痛い程分かる。
しかし、だからと言っていつまでも依頼も受けずにぐーたらされてはギルドの沽券に係わる…………以前に、ふてくされた顔でカウンターに居座られてはただ単に鬱陶しい。
「街の中でできて、なおかつお手軽・高額報酬な依頼降って来たら良いのに……」
欲張りなセラの呟きに、どうしたもんかとギルがため息を吐いたのが数日前。
今日も今日とて相変わらずだらだらしているセラへ、是非とご指名がかかった。
「セラ。お前、町の中で出来る高額報酬の依頼欲しいっつってただろ」
「…………言いましたけど。マスター、残念ながらお手軽が抜けてます」
「細かい事気にすんなって。お前に客」
馬鹿いうなお手軽は最重要事項だと膨れるセラが紹介されたのは、見るからに戦闘系専門のギルドに所属しているであろう出で立ちの男達。
見るからに戦えなさそうな外見をした自分に、まさかパーティーの依頼が来るとは思えない。
となると――
「セラに何を探してほしいんですか?お兄さん方」
首をかしげて見せれば、話が早くて助かると男は笑った。
「探してほしい奴が居る。特徴は――」
+++
数時間後。
セラは青年の肩越しに街を捜索していた。
頼まれた依頼はこうだ。
『ある人物を自分の前に連れてきてほしい』
何処にでもある人探しの依頼。
ただし、そのターゲットとなる人物がかなり厄介な人間なのを除けば、の話なのだけど。
動き回る物は探すのが格段に面倒だし、その人物が故意に逃げ回っているとなれば時間がかかるのは当たり前だ。
セラの体力が切れる……いや、怠け癖が発動するくらいには。
疲れた負ぶれと駄々をこねるセラのお守りを任された青年――リースは、自分の中で積みあがっていた噂の探し物名人像が崩れていく音を聞きながらも、健気にセラのおねだりに従っていた。
ギルドの先輩に丁重に扱うよう念を押されて来たからというのもあるが、セラ曰く『くっ付いて居た方が幸運が伝染する』らしい。
その証拠に、ターゲットとなった人物とは依頼早々に遭遇していた。
話もまとまり、さて共同戦開始だと握手を交わした瞬間、ギルドの扉を潜って現れたのがお目当ての人物、ヒラリーその人だったのだ。
「ああ、あいつだ」
「まじか」
その受け答えだけで、ヒラリーには自分の置かれた状況が分かったらしい。
脱兎のごとく逃げ出した彼女――後に女装した男だと知るのだが、それはそれ。とりあえず、竜人族という生まれながらにハイスペックなひとに追いつける者が居るはずもなく、こうして追いかけっこが始まったわけなのだけれど。
その後も度々ターゲットとは遭遇しているのだが、如何せん相手はあのヒラリーだ。
本人とは一度一緒に依頼をこなした仲だが、やたらめったら強いという事以外、詳しい事をセラは知らない。
頼んでも居ないのに熱く語ってくれたリース曰く、ヒラリーもといアレックスなる人物は、いつも白いドレスに身を包む女装の麗人で、ずば抜けた戦闘力を誇るSS級の猛者。
ちなみに言えばセラはS級である。
それでも所属ギルドでは一等位が高いのだが、ヒラリーはそのさらに上、最上の級を持つのだというのだから、手こずるはずだった。
探す間の手慰みにと聞いたターゲットの情報に納得するも、大勢で取り囲んだにも関わらずことごとく逃げられ、業を煮やしたセラからお前らそこを動くなと待機命令を受けたのはつい先ほどの事。
「あの人はいつまでかくれんぼするつもりなんでしょうね」
「さあ……しかし、もうすぐ捕まってくれると良いんですけどね」
従順そうだからという理由で足に使われる羽目になった上、線の細い少女をおぶるというこの羞恥プレイ。
これが長時間続くとしたら、いじめ以外の何物でもないとリースは思う。
「大丈夫。多分きっと、粗方逃げ場は潰しました。……そんな気がします」
ぽんぽんと大男の頭を撫でつけつつ、セラは事もなげに言ってのけた。
周りの視線など気にしてない様子である。
「そうですか……」
「そうです。……あ。そこ、右」
指示された方を向けば、そこには丁度裏路地から顔を出したヒラリーの顔が。
「ゲッ!」
「お嬢さんみーっけ。さっさと観念してくださいよ。可哀想に、このままじゃリースがロリコン呼ばわりされるじゃないですか」
苛めだった!!
瞬時にリースの頭を占めたのはその一言だった。
一定のトーンで繰り出された台詞は、好奇の視線に晒されたリースの葛藤をしっかりと認識したうえでこの仕打ちを強いていた事を明確に示している。
「せ、セラさん。気づいたならさっさと降りてくださいよ!」
「えー。だって歩くの面倒くさいし……」
「ねえ、アタシ逃げてもいいのかしら」
明らかに戦意喪失したらしいヒラリーの呆れが混じる問いかけに、リースがすごい形相で首を振ったのは言うまでもない話で。
「ヒラリーさんお願いですから話だけでも聞いてください!!」
必死の形相で詰め寄られヒラリーが思わず頷いたのもまた、言うまでもないお話。