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宝石少女と新米の話


それは、持ち主に幸福を招く石だった。

災いを退け、所有者の望むものが手中に納まるように。

飼うには普通より幾分か食費がかさむが、そんなもの数多のメリットの前には些細な投資だ。

深く赤い色をした、幸福の宝石『カーバンクル』

身に付ければ人はたちまち幸福になるだろう。その石が、その命をもぎ取るその時までは。



***



「レベル上げをしたいなら、セラと組むのはお勧めしませんよ」


それでもいいなら、と依頼の誘いを了承された時、シンシアはそれが何を意味するのかよくわからなかった。

それが何となく分かった気がしたのはギルド登録のカードを見た時。

初心者の自分とは比べ物にならないレベルに、目の前の少女をまじまじと凝視してしまったのはしょうがない事だと思う。

少女の華奢な外見から、自分と同じ程度の……もっと言ってしまえば、シンシアと同じお使いや収集の類を専門とする冒険者なのだと勝手に思い込んでしまっていたのに。

なぜ自分の誘いを受けたのかと思わず問いかけたシンシアに、少女――セラの返答はいたってシンプルな物だった。


「何でって……純粋に誘われたのは久々だったので」


セラの知名度もまだまだですね。

気にした風もなく足を進めるセラに、シンシアも慌てて続く。


ダンジョンに入るのは初めてだった。

しかし、初心者向けのダンジョンの上にモンスターもそれほど強暴でないと聞く。

何より、シンシア達の目的はダンジョン内で取れる薬草だ。

無理に戦闘する必要もない。


一応戦闘の心得だってあるのだし大丈夫。


そう自分に言い聞かせ、シンシアは迷いなくダンジョンを進むセラの背中を追いかけた。

そして、その気合は見事肩すかしにあったのである。



結論から言えば、依頼はものの数分で片付いた。

急な戦闘で思わず尻もちをついた時、偶然その薬草が目に入ってきたのだ。

ラッキーな事も有ると首をかしげながら町に戻ったシンシアだが、その疑問は先輩冒険者の話ですんなりと解決した。

シンシアの誘ったセラという冒険者は、この界隈で有名な幸運を運ぶ娘なのだという。


「カーバンクルって知ってるか?たまに闇市で出される希少な宝石なんだが、何とそいつ、生きた宝石らしいんだ。死体や生物の額にくっついて自分の意のままに操る代わりに、この上もない幸運をもたらしてくれると言われてる。……あの姉ちゃんはそいつを体に飼ってるからあれだけ運が良いんじゃねえかって噂だぜ」


あくまで噂だがな、と肩を竦める先輩の話を聞きながら、なんだか遠い世界の話だと思った事をシンシアは良く覚えている。

それから何度か、先輩に連れられてダンジョンへと潜ったが、どのダンジョンも初めてのダンジョンのように簡単にはいかなかった。

やっぱり、あれはセラの幸運によるものだったのだろう。

セラとシンシアがパーティーを組んだのはあの一度っきりで、同じギルドに居るにも関わらず特に言葉を交わす事も無かった。

シンシアにしてみれば、指導してくれている先輩よりも古株だというセラに馴れ馴れしく声をかけるのもはばかられたし、彼女も自分になど興味はないだろうと卑屈な気持ちもあった。

セラも何事もなかったかのようにして過ごしているし、もう二度と関わる事も無いんだろうな、とシンシアは思う。


いつしかそんな体験をした事も積み重なる冒険の記憶に埋もれ、記憶の奥底に追いやられていった。

しかし、パーティーのメンバーが自分以外全滅して、どうしていいかわからなくなった時、ふと思い出したのだ。


幸福を呼ぶ少女なら。

あの人なら、私の不幸もどうにかしてくれるんじゃないか。


そんな淡い期待が、シンシアにはあった。

しかし、結末はなんとも残酷なのだけれど。


「可愛そうに。セラの所へ来てもどうにもならないのに」


一緒に受けた依頼の間、彼女は少しも表情を替えなかった。

それが、今シンシアを前にして微かに悲痛な色を宿している。

赤い瞳がシンシアを見つめる。

赤い、瞳。


それは、いつか聞いたカーバンクルの色なんじゃないかとふと思った。


――あの宝石があれば、私は不幸じゃなくなるかしら。


邪な考えが頭をよぎる。


――でもまって。あれは宝石じゃない。彼女の瞳よ。


幸福を呼ぶ宝石ではないのだと頭では分かっている。でも、もしかしたら。いや、駄目。そんな事出来ない。

二つの意見が頭の中でごちゃごちゃに混ざり合う。

まるで、頭の中にもう一人誰かが居るようだと思った。

そうだ。そんな話を、まえに、どこかで――


「シンシア」


そうだ。セラと初めて依頼を受けたその後、先輩に聞いたのだった。

セラの噂話と一緒に聞いた、人の魂を食らう、カーバンクルの怪談の話。


『そして、寄生された奴はふと気づくんだ。頭の中にな、自分とは違うもう一人の意思が居る事に』


靄がかった記憶の中で、今はもういない先輩冒険者が笑う。


――ああ、そうだ。それで、まだ続きがあった。だめ。先輩。居なくならないで。


手を伸ばす先に、シンシアの望んだ人はいない。

黒く塗りつぶされた記憶の中で、長い間閉じ込められていた声が響いた。


『そこまで来たらもう手遅れ。乗っ取られる一歩手前なんだとよ』


怖いねぇ


わらった先輩の顔を最後に、シンシアの意識はぶつりと途切れた。

彼女は数年前に逝ったパーティーの後を追ったのだ。


残された躯の額には、血のように赤い宝石が不気味な存在感を放って鎮座していた。

カーバンクルに乗っ取られた抜け殻は、これからただ機械的に栄養を求めさ迷い歩く事になる。

ゆらりゆらりと夢遊病に侵されたかの様なそぶりで歩き出すそれに、セラは小さく息を吐いた。


「あ、一応聞くけど。その子の身体、返してくれません?」


セラの声にシンシアの抜け殻が虚ろな顔をこちらへ向けた。

小ぶりな外見からして、話が通じるほど知性があるとは思えない。


思った通り、言葉にならない奇声を発しながら襲い掛かってくる抜け殻に、セラは静かにとどめを刺した。



シンシアはなぜ自分の所に来たのか。

彼女の心が最後に行きついた先がセラなのだとしたら、それは、不謹慎だとは思っても、何だかとてもむずむずする。そして、同時に――

動かなくなったシンシアの亡骸と粉々に砕かれた赤い宝石を見下ろして、不可解な胸の痛みにセラは顔をしかめるのだ。



ああ、感情とはなんて不可解なんだろう。





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