宝石少女と噂話
からんころん。
ベルの軽やかな音が来客を告げた。
音の強さからして、きっと男だろう。
――それも、腕っぷしを自慢したがるような、大男。
ばたんと大げさに閉まるドアの音を聞きながら、セラは確信に満ちた面持ちで顔を上げた。
目の前には自信に満ち溢れた顔で自分を見下ろす男の姿。
今日は追いかけっこの依頼だろうか。それとも、同業者のお誘いだろうか。
どちらにせよ面倒くさいことに変わりはないけれど、と、セラは小さく息を吐いた。
「お嬢ちゃん。俺と組もうぜ」
ばしんと音を立てて依頼書がテーブルに叩きつけられる。
セラが眉を潜めたのにも気づかず、男は言葉を続けた。
語られる内容はこうだ。
『二人でお宝を見つけ出そう。もちろんお宝は山分けだ』
どれもこれも使い古されたような言葉たちに、セラは今度こそわかりやすく溜め息をついて見せた。
駄目だこの男、礼儀がなってない。それも、話の端々に自意識過剰っぷりがにじみ出ている。
「もうしわけないですけど」
儚げな外見とは裏腹に、尚も語られる空論を遮る声には不思議と威圧感があった。
思わず口を閉ざす男を見上げながら、セラはゆっくりと肩を竦めて見せる。
「セラは、知らない野郎についていくほど尻の軽い女じゃねーんです」
他当たってください。
にべも無く紡がれる言葉は、当然男の癇に障ったらしい。
「っのアマ!」
お約束の台詞を吐きながら振りかぶった男の拳がセラの顔に迫る最中、当の本人はどこ吹く風。
そんなもの些細な事という風に薄らと笑った様だった。
鋭く落ちてきた男の拳は、目測を誤ったのかドゴォっと派手な音をさせてテーブルに打ち付けられる。
まさか。この至近距離で目測が狂うなど、ありえない。
男は苦痛とも驚愕とも取れる顔で己の拳を凝視する。
自分はたしかに、目の前の華奢な少女にそれを振り下ろしたはずだった。
それがなぜ。いや、やはり彼女は――
「っきゃぁ!!」
結論に達しかけた男の思考を遮ったのは、弱弱しげな……しかし周囲に良く通る悲鳴だった。
見れば、今まで無表情を貫いていた少女がふるふると身体を震わせて怯えた表情を浮かべている。
「っな、てめぇ……!」
「もう、やめてください。私……わたしっ」
はらはらと涙を流しながら首を振る少女。そして、そんなか弱げな少女をにらみつける男。
先ほどの辛辣な物言いを聞いていないであろう周りの客から見れば、どちらが悪者かなど火を見るよりも明らかだ。
騒ぎを聞きつけた客たちのざわめきに、分が悪いと判断した男は舌打ちを零しながら身をひるがえした。
「てめえ、覚えてろよ!!」
お約束な捨て台詞と共にドアへと消えた男は、いつか意趣返しに来るのだろうか。
それまで覚えていられるといいけれど……
恐らくそんな度胸ないのだろうとぼんやり思いながら、セラは何事もなかったかのように椅子に掛けなおした。
『とんでもなく強運の娘がいる』
最近この界隈でひろまる噂話の一つに、そんなものがあった。
その噂の娘が自分である事はセラも重々承知であったし、多少のつてがあれば自分を探し当てる事はさして苦でないだろう。
「最近、多いね。セラ」
「そう。人をアイテム扱いする人ばかりで、いい加減うぜーです」
「はいはい。お疲れ様」
馴染みの同業者に笑い交じりに労われ、セラは本当にお疲れ様だよ、とお気に入りの蜂蜜酒に口をつけながら毒づいた。
「宝石だって、つける人くらい自分で選びてーんですよ」
酒で濡れた唇を舐めつつ一人ごちた言葉は、昼時の喧騒に紛れて消えて行った。