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少女は異界へ堕ちる―――昏き海の底で  作者: クファンジャル CF
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【天幕の下で】3

 どこまでも続く闇だった。

 光の届かない海底付近。そこを行くのは二柱の神像である。麗華とデメテルだった。

「―――これどうなってるんですか。普通に先まで見通せるんですけど」

感覚器センサーの情報を脳が受け止めているだけだ。五感とは異なるがそのうち慣れる」

「はあ……」

 繋ぎ合った手を通して言葉をやり取りするふたり。彼女らには見えていた。音響。長波。振動。中性微子ニュートリノ。その他もろもろを受け止めることで、深海でも不自由なく活動できたのである。

「アクティブセンサーを働かせないよう気を付けてくれ。敵に気取られる」

「は、はい」

 流線形というにはあまりにでっぱりの多すぎる神像たちだったがしかし、水の抵抗はさほどなかった。電磁流体制御によって周囲の海水の流れすらも制御できていたからである。そして、分子運動制御。このメカニズムは巨神の熱エネルギーを直接変換して運動エネルギーへと変えていた。

「……そんなこと、できるんですか?」

「現に我々が行っているのはそれだ。この流体というのは不思議な物質でね。本来無数に存在している可能性の中から、一方向に熱運動が揃っている可能性だけを選び出して運動エネルギーに変換してくれるのさ。我々の望むままにね」

「とんでもないテクノロジーじゃないですか」

「そうだな。たぶん、タイムマシンの方が作るのは簡単だろうな」

 あっさり言われて、麗華は頭を抱えた。ハイテクにも程がある。

「タイムマシンまであるんですか……?」

「似たようなものはこの世界にはある。時間を過去に遡るために使うもんじゃあないがね。例えば超光速機関。光速を超えるのは因果律を超越するのと同じことだ。

世界間を渡る門もこの技術のスピンオフになる」

「はあ……」

 麗華は理解するのをあきらめた。今の混乱した頭では何を言われても入ってこない。それにもっと重要な事がある。

「それで、これからどうします?」

「陣地に戻る。そこで治療を受ければ、君も記憶を取り戻すだろう。この世界で何が起きているか。自分が何者か。そういったことも思い出せるはずだ」

「そう願いたいです……」

 本心で答える麗華。状況に流されてデメテルについてきたが、いくら何でもこのままではまずい。何がなにやら分からなさすぎる。とは言え他に頼る相手も思いつかなかった。あんな竜———というか怪獣、としか言いようのないものが闊歩している世界である。自分ひとりではたちまちのうちに野垂れ死にしてしまうに違いなかった。

「それにしても———現在地は分かるんですか?」

「ああ。推測航法だがね。海底の地形のデータは持ってる。それと照合しながら進んでいる」

 そんな会話もやがて途絶える。無言のまま、両名は進んだ。


  ◇


 その存在は、番犬にも似ていた。

 ひたすらに待ち続け、敵味方を識別し、侵入者に対しては吠え掛かる。

 それは機械だった。

 何系統ものセンサーを備え、高度な知能を持ち、出番が来ればスイッチが入る。

 ただそれだけのもの。

 深海で群れを成すその名を、知性化機雷と言った。


  ◇


 デメテルが再び口を開いたのは、十数時間も経ってからのことだった。

「そろそろ陸が近い。だが気を付けてくれ。そこも敵の勢力が優勢な圏内だ。飛べばたちまちやられてしまうだろう。上陸したら速やかに、生身で森へ入る」

「分かりました」

 油断はなかった———と言えば嘘になるだろう。敵の勢力圏下というストレスの下、十数時間も航行を続けていたのだから。それにようやく区切りがつくとなって、多少気が緩んでも仕方はあるまい。

 とはいえ、それが命取りとなった。

「―――?」

 ごく至近に出現した物体。高度に欺瞞されていたがゆえにそう見えたのだ、と判断するには、麗華は知識がなさすぎた。

 衝撃。

 炸裂した物体(・・)。知性化機雷の自爆を受け、麗華(・・)は跳ね飛ばされた。背骨をぶん殴られたような破壊力を受け、赤き女神像は海底に叩きつけられていたのだ。駆逐艦ならば撃沈されているであろう破壊力。

 慌てて停止したデメテルの頭部が、ボクサーに殴り飛ばされたかのように仰け反った。

 さらにその先で第二の衝撃。第三。立て続けに起きる水中爆発が、女神たちを弄ぶ。響き渡る轟音は、遠くまでよく届いた。

 永劫とも思えるほどの時間が流れ、連続爆発が終わりを告げた時。

 女神たちはまだ、生きていた。

「……知性化機雷だ。すまん、気付かなかった。無事か?」

「は、はい、なんとか……!けどこれ……!」

 全身を覆うのは鈍痛。ふたりの巨神は相当なダメージを負っていた。全身にはひび割れが入り、ところどころ脱落している。

「気付かれた。急―――」

 デメテルの言葉は中断された。二人のパッシブソナーが幾つもの水音を捉えていたからである。水面から響いたそれは直後、大きく変化しそしてこちらへと沈降してくる!

「……こっちだ!」

 デメテルが飛び出そうとしたその瞬間。


―――SHAGOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAA!!


 魂消るような咆哮と共に、奴らは急降下してきた。

 まるでスローモーションのようにも見える、しかし実際は百十ノットの快速で、彼らは女神たちへと襲い掛かった。

 身を捻るとの、幾つもの影が真横を通過していくのは同時。

 麗華は右肩に、強い衝撃を感じた。

「あ―――っ」

 反撃のため、武器を構えようとしたとき。

 赤き女神像は、己の右腕が消えている事に気付いた。

 醜い断裂。怪物に食いちぎられたのである。

「……嫌っ!?いやああああああああああああああああ!?」

 激痛。恐怖。疑念。

―――どうして?なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!?

 目覚めた時の混乱が再び湧き上がってくる。

 そんな彼女へ、呼びかける声があった。

「落ち着け!それは君のほんとうの右腕じゃあない!君の肉体が受けた傷じゃないんだ!集中して復元しろ!!」

 回線ごしの声は、力強く、自信にあふれていた。

 励まされた少女は、ほんの少しだけ正気に戻る。

 そうだ。巨神は意志に反応する流体の塊だと、デメテルも言っていたではないか。ならば、砕けただけのこの状況。散らばった流体に、集まるよう命じれば……!

 生存本能に突き動かされた少女の意志。それに反応して、散らばった流体が自ら動き、集まり、彼女の腕を復元していく。

―――これなら……!

 安心している暇はなかった。

 背後から衝撃。先の一撃ほどの威力はない。いや、デメテルに突き飛ばされたのだ。

 直後、巨大な咢が閉じられた。

 先ほどまで己の頭部があった場所を通り過ぎる者の姿が、今度ははっきりと捉えられる。

 全体の印象は蛇。いや、ワニに似ているだろうか。ごつごつした表皮。暗灰色で、しかし透き通った素材で出来た爬虫類にも似た生物。前脚が小さいのに対して後脚は随分と太く逞しい。全身をくねらせて泳いでいくその全長は、尾も含めれば女神像の倍以上はあった。

 島でみた、竜の全貌だった。

 冗談ではない。こんな怪物に喰われれば、五十メートルの巨体と言えどひとたまりもあるまい。

 数も多かった。何頭も周囲を泳ぎ回っている。

―――どうすればいい?どうやればここを逃れられるの!?

 戟で応戦するデメテルが叫んだ。

「―――アスペクトだ!渦を呼べ!!」

 渦。その言葉に、麗華は覚えがあった。そうだ、あの最初の夜。嵐の夜で、わたしは渦を呼び、白銀の怪物を倒したじゃないか。

 あの時の事を思い出す。ほとんど無我夢中で呼び覚ました力は―――

 少女の巨神。その構成原子が励起した。

 差し出された手の向こう側。こちらへと再度突き進んで来る敵へ向け、力が解放された。

 物質を物質たらしめる均衡が破れ、崩壊していく。

 目標をわずかに逸れて焦点を結んだエネルギーは、海水の分子構造を破壊。それは連鎖反応を経て、渦巻きながらたちまちのうちに巨大化していく。

 それは、二千メートルの深海から海面まで立ち上る巨大な渦。タンカーであってもねじ曲がり、たちまち破壊されてしまうだろう。

 奔流にはあらゆるものが巻き込まれ、飲み込まれていった。怪物どもも例外ではない。

 悲鳴を上げながら逃れようとする怪物たち。もはや彼らに、こちらを追撃する余裕はあるまい。

「今のうちに逃げるぞ!」

「はい…!」

 二柱の女神像は、速やかにその場を泳ぎ去った。

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