【古城にて】5
―――夢を、見ていた。
白い病室。麗華が"ブリュンヒルデ"となって初めて目覚めた時の夢。
ベッドから起き上がったブリュンヒルデが最初に見たのは、無表情な親友の顔だった。
「……おはよう」
彼女はぎこちなく笑った。まだ、新しい体に慣れていないのだろう。生まれたばかりなのだから当然だった。自分も同様だが。
そう考え、こちらも笑顔で答える。
「おはようございます。私はブリュンヒルデ。―――あなたの名前を教えて?」
生まれたばかりの眼前の同胞。彼女の持つ、ドナ・ハーグの顔が強張った。
「……私は、デメテルだ。よろしく」
これが、神々の眷属ブリュンヒルデと、同じく神々の眷属デメテルとの出会いだった。
―――そのはずだった。
◇
青空の下だった。
幾つもの巨大な雲がまるで山脈のように群がる中、飛翔する編隊があった。
一機は輸送機。巨大な腹の中に各種貨物を積み込んだ鈍重な機体。
四機は戦闘機。常温核融合炉を主機関とし、重装甲と重武装を備え、宇宙往還機能を備えた強力な兵器である。対神格戦闘も想定したこの飛行機械はダメージコントロールと強靭さも相まって、巨神の攻撃にもある程度耐えられるように設計されていた。発展の過程で経て来た淘汰はそれを要求したのである。
とはいえ。
それは、音速の二十四倍で飛来する、六百トンの槍の直撃にも耐える。という意味ではない。
そう。たった今、槍が突き立った機体のように。
「―――!?」
味方の消滅を、デメテルは貨物室で知った。データリンクが途絶したのである。手すりを掴み、立ち上がる。窓の外に目をやった時点で衝撃波が襲来、機体を揺らした。もちろんそれを予期していた彼女は、壁に叩きつけられるような目には遭わなかった。ただ、床に固定された貨物へ一瞥したのみ。
「―――行くぞ」
「あいよ」
同様に身構えていたオニャンコポンは同意。ふたりは機外への扉へ駆けつけた。
◇
槍の持ち主は、積乱雲より飛び出した。主感覚器を光学へと切り替え。急速に広がる視界に入ったのは、散華していく残骸とそして残る四機の獲物たち。うち三機の気圏戦闘機は出力を高めると主砲を旋回。強烈な荷電粒子ビームを投射した。小癪な。と思う暇もなく体が反応。盾が一撃を受け止め、二発目は身を捻って回避。三発目が直撃する寸前、掴み出した槍に触れて捻じ曲がる。
槍を構成する流体が生じた、強烈な磁場の威力だった。
彼女は五十メートルの巨体で躍動感たっぷりに槍を振りかぶった。身長の四倍ものそれに膨大な熱量が流れ込んでいく。臨界に達する。その瞬間に投じた。
電磁流体制御によって衝撃波を抑制しながら飛翔する槍の速度は音速の二十四倍。環境にも配慮したクリーンな攻撃は、哀れなる二機目の戦闘機のエンジンを損傷せしめた。
煙を吹いて墜落していくそいつにわき目も振らず、次の獲物を選ぶ。新たな槍を掴み出す。あれにしよう。輸送機。流体の霧が立ち込めているが構わない。第三射。
強力な一撃は、虚空より出現した長柄武器に激突。火花を散らしながら飛び去っていく。
彼女は、敵が実体化する過程を注視した。
ライムグリーンの霧が集まる。密度が増す。光を乱反射する。武器を持つ腕が構築されて行き、胸部。腹部。頭部。たちまちのうちに全身が構築され、そして仮面が顔を覆い尽くして女神像が完成していた。
更にはその隣に黄色い男神像。杵で武装し、不可思議な仮面をつけた巨体が出現する。
人間の脳を乗っ取り、その思考力を用いなければ何もできない殺人マシーンども。しかし恐れるに足りない。どれほど強化されようとも肉体は人間に過ぎぬ。ヒトは巨神の制御に最適化された生命ではないのだから。
さあ。鏖としてくれよう。その事実をもって、犠牲者たちへの手向けとしようではないか。
◇
「ゲッ—――"ドラクル"じゃねえか!最悪だ!!」
オニャンコポンは悲鳴を上げた。積乱雲から飛び出してきた敵は蝙蝠に似た頭部と巨大な翼を備え、長槍と盾で武装し、甲冑で身を守った暗灰色の巨神だった。人類製第三世代型神格"ドラクル"。第三世代型の傑作ともいわれる強力な神格である。残る気圏戦闘機と眷属二名が総がかりでも勝てるかどうか危うい。
もちろんそんなオニャンコポンの懸念などお構いなしに、敵は盾を掲げた。かと思えばそこから四本の筒を射出したのである。
四一式神対神ミサイル。戦訓が積みあがった現在ですら防御の困難な神格用ミサイルのベストセラーは、空中で軌道を変えると増速。音速の三十倍で眷属たちへ殺到した。
「畜生め!」
オニャンコポン操る黄の巨体は杵を振り上げた。分子運動制御を大気に対して開始。熱運動を一点へと束ね、収縮を開始させる。膨大な質量が殺到。円筒を包み込むように結晶化し、そして巨大な球体と化した。
それがたちどころに四つ起き、そしてそれぞれが明後日の方向へと飛んでいく。
安堵している暇はなかった。何故ならば今の攻撃はフェイントだったからである。ほとんど瞬間移動のように眼前へと出現したドラクルが突き出してくる槍は、不思議なほどにゆっくりに見えた。
このアフリカ系の眷属が死ななかったのは、真横から伸ばされた助け舟故だった。振り下ろされた長柄武器が槍と激突して軌道を逸らせたのである。デメテルの援護だった。
攻撃を妨害されたドラクルは、気分を損ねることもなく脈打った。まるで液体であるかのように、その全身が震えたのである。それは槍へと集中、接触したままの戟とそれを支える両腕に、致命的ともいえる威力を発揮した。
「―――!」
粉々に砕け散る、ライムグリーンの両腕。強烈な超音波によって、いともたやすく破壊されたのだ。
ドラクルが恐れられる最大の理由。近接戦闘に持ち込まれた時点で詰みとなる、強力な権能だった。
勢いに任せて振り切られる槍を辛うじて回避するデメテル。彼女は両腕を復元しようとして。
—――太陽が、陰った。
それを認識した瞬間には既に手遅れだった。真上から投射される、銀色の槍。
強烈な攻撃の目標はデメテルではない。彼女の任務。守るべき輸送機そのものを、貫いたのである。
「あ———」
爆発。
幾つにも分断された輸送機の残骸は、部品をまき散らしながら落下していく。運ばれていた麗華とともに。
デメテルが茫然自失したのも無理のないことだっただろう。もちろん、そんな好機を見逃す敵ではなかった。振り切った槍は勢いのままに振りかぶられ、そして投射される。
強烈な一撃は、デメテルの———その、宝石の女神像の胸を貫いた。
ひび割れは一瞬で拡大し、そして。
ライムグリーンの巨神は、粉々に砕け散った。
「―――デメテル!?」
回避軌道を取るオニャンコポンは悲鳴を上げるが、しかし上空からの第二射に対して手一杯。
砕けた巨神の亡骸は、まるで雨のように遥か下界へと降り注ぐ。かと思えば、たちまちのうちに大気へと溶けて消えて行った。




