死なない僕と優しい博士
「ねえねえ博士、僕はいつになったら死ぬの?」
「そうだなぁ、君は私よりずーっと長生きだから、私には分からないよ」
嫌われ者の妖怪の男の子。
街の人たちは彼を見ては怯え、石を投げます。
「晩御飯にしよう、今日は君の大好きなシチューだよ」
「ありがとう博士、僕はシチューも博士も大好きだよ」
そんな男の子を拾ったのは変わり者の博士でした。
博士は天才です。
どんな素敵なロボットだって作ってしまいます。
けれど誰も博士の考えを理解してくれません。
そんな二人が出会ったのは必然だったのかも知れません。
「ねえねえ博士、博士はいつになったら死んじゃうの?」
「そうだなぁ、もしかしたら明日にでも死んでしまうかもしれないね」
「僕は博士いなくなるの嫌だなぁ」
「よーし、それじゃあ君が寂しくならないように頑張ってみるよ」
次の日、博士は研究室で新しいロボットを作り始めました。
「博士、何を作っているの?」
「これはね、私の代わりだよ」
一生懸命にロボットを作る博士はとってもかっこいいです。
けれど男の子には、何が行われているのかちんぷんかんぷんです。
「ようし、完成だ」
「博士、一体何がどうなるんだい?」
「それは、私が死んでしまったときにわかることだよ」
男の子は好奇心を抑えて、博士の言う通り毎日いい子にして過ごしました。
「今日の博士は元気ないね」
「私ももう年だからね」
毎日いい子にして過ごしました。
「博士、ご飯を持ってきたよ」
「ありがとう…いい子だね」
毎日いい子にして過ごしました。
「博士、大丈夫かい?」
「あぁ…」
そして、お別れの日はあっという間に来てしまったのです。
「今までありがとう、博士」
「大丈夫さ…研究室で、また会おうね…」
「??博士?」
「………」
こうして、博士はひっそりと息を引き取りました。
男の子は寂しかったけれど、博士を悲しませないために涙を我慢しました。
そうすると、研究室から機械の音が聞こえて来ました。
男の子は気になってこっそり研究室をのぞきこみました。
「わぁ!博士だ!」
「やぁ、これで寂しくないだろう?」
博士は自分そっくりのロボットを作りました。
博士の魂は、元の身体そっくりなロボットに入り込んでいたのです。
「すごいや博士!」
「けれどこのロボットも100年したらまた壊れてしまうんだ」
「また作ったらいいんだよ、そうしたらずっと一緒だよ」
男の子とロボ博士は、また一緒にいられるんだと分かってとても幸せな気持ちになりました。
また二人は、毎日を楽しく過ごしました。
「ねえねえ博士、今日のご飯は何だい?」
「今日は君の大好きな…ええと、なんだったかな?」
「やだなぁ博士、僕の好きなものはシチューだよ」
「おはよう博士、体の調子はどうだい?」
「肩の動きが良くないんだ、少し見てくれないかな?」
「もちろんだよ」
「博士、脚の部分にサビが入っているよ」
「もうこの身体も長いからね」
「もう少ししたら次の博士を作らないといけないね」
博士はまた研究室でロボットを作り始めました。
ロボットになっても、大好きな博士はやっぱりかっこいいです。
「ようし、完成だ」
「さすがだね、博士!」
また一緒にいられるようになって、嬉しくなった二人は残りの日々を仲良く過ごしました。
「博士、もう全身サビでいっぱいだね」
「もうお別れの時間だね」
「ありがとう博士、またよろしくね」
そうすると研究室からまた音がしました。
「やぁ、おはよう博士」
「ここは…どこだい?」
「やだなぁ博士、ここは自分のおうちじゃないか」
二人は、また同じように幸せな日々を過ごしました。
いつものように楽しく笑い合う毎日が続いて、男の子はとても満足していました。
そしてまた100年して、お別れになりました。
「ありがとう博士、ゆっくり休んでね」
「うん、また次の体で会おう」
研究室で新しい博士が起き上がりました。
心なしか、最初の博士と少し顔が違ったような気がしますが、博士に違いありません。
「やぁ新しい博士」
「…君は、」
「誰だい?」
男の子は目の前が真っ暗になりました。
博士のロボットは完璧だったはずです。
けれど鼻が少しだけ低い、指の太さが違う、そんな小さなズレが少しずつ繰り返されたロボ博士は、不完全な体のせいで少しずつ魂が欠けていってしまったのでした。
「博士?」
「博士?それは私のことかい?」
もう博士は自分のことまで忘れてしまっていました。
男の子は決めました。
またいつものように過ごしていく中で、博士は確かに男の子と仲良くなりました。
けれどそれはもうあの博士ではありません。
だからこの博士と過ごして70年ほどたったある日、男の子は言いました。
「博士、僕はもう新しい博士に頼らないことにするよ」
「けれど、それでは君が寂しくなってしまうよ」
て
「ううん、僕なら平気だよ」
こうして博士はとうとう次の博士を作ることなく残りの日々を過ごしたのです。
そうしてもう30年たって、もう慣れてしまったお別れの日です。
けれど今回だけ、いつもと違いました。
男の子は、泣いていたのです。
「やっぱり、私がいないと寂しいんじゃないかい?」
「ううん、大丈夫だよ、今度は僕が博士のところに行くんだ」
「??」
「もう休んでいいんだよ、何百年もありがとう、博士」
「………」
博士は動かなくなりました。
けれどもうあの機械の音はしません。
静まり返った部屋にぽつんと立つ男の子は、博士のロボットを今までの博士と一緒に外へと運び出しました。
そして庭の花壇の傍に穴を掘り、博士たちを埋めてあげました。
「ありがとう、博士」
土の中の博士たちは答えるはずはありません。
けれど男の子は、なんだかそれで、博士がやっと休めるように思えて、幸せでした。
ここにいる博士たちは、1人として同じではありません。
人は死んだら生き返らないんだと男の子は知りました。
だから世の中への復讐も、博士への依存ももうしません。
「世界って、難しいね」
男の子は、自分の首筋をナイフで切り裂き、博士のお墓の下へ倒れ臥しました。