8月21日夜・西の山
前回:オムライスが美味しかったです。
前回後書きにて、シュウ氏より高橋直澄、YL氏より奥田のおばあちゃん、と書きましたが、正しくはYL氏より高橋直澄、三衣千月氏より奥田のおばあちゃんでした。この場を借りて、お詫び申し上げます。
『流星』を出ると辺りは既に暗くなり始めていた。私は荷物を抱え直し、うろな駅へ向かった。来た道を戻る具合だったので今回は迷うことなく行けた。
うろな駅から電車に乗り4駅、うろな高原にて降車した。既に太陽は沈み、辺りは闇に覆われている。
「さて、行きましょうか。」
誰に言うわけでもなく呟き山頂へ歩き出す。黙々と歩いた結果、道中誰にも何者にも会わずに山頂に着いた。いや、むしろこの時間に山にいるのは中々可笑しいだろうからすれ違わなくて当然なのかもしれない。
ところで、この山の山頂には2本の大きな木が聳える。一方を栃の木、もう一方を桜の木といい、うろなに住まう者達から親しまれているようだ。そんな木の前に今、私はいる。
「お久しぶりです、栃の木。桜の木は始めまして、ですね。」
『始めまして…ってもう、誰よこんな時間に。』
『久しい…はて、いや…その雰囲気、まさかとは思うのじゃが…?』
「そのまさかだ、久しいな。何百年ぶりだ?」
『いきなり口調変わるし…ってあれ?そこにいたお爺さんは?』
「私のことか?」
桜の木が驚くのも無理はない。何故ならさっきまで物腰柔らかそうな老人が立っていた場所に少女が立っているのだから。突如現れたその少女は長く真っ黒な髪に、それと合った漆黒のドレスを纏っていた。
『!!!!!こ、これは失礼致しました!桜はまだ300歳なもので…』
『ちょっと!私まだ300じゃないわよ!?297よ!?』
『よいのだ!この方は儂なんぞより遥かに長い年月を生きてこられたお方じゃ!』
「いや、構わぬ。こんな時間にいきなり来た私が悪いのだから。それにそこまで畏まるな、私とお前の中ではないか?」
『あ、あの…すいませんでしたっ!』
桜の木が折れそうな勢いで謝ってきた。
「だから気にするなと言っているでしょう?」
『は、はい!』
今度は背筋…というか幹をシャキッと伸ばすように返事。面白い。
「うろなに引っ越して来て挨拶まわりをしててね。昔の友である栃に会いに来たのですよ。というか栃、すっかり年とったわね。老人言葉がピッタリお似合いよ。」
『そうですかのう?』
「アハハハハ!似合ってる似合ってる!面白ーい!!」
『そこまで笑わなくとも…。』
「いや、とても似合ってたから、つい…。というか敬語をどうにかしなさい。昔一緒に闘った中じゃない?」
『ですがのう…。』
「はぁ、いいわ。それより、引っ越しの挨拶にはいこれ、お土産のお酒。この辺りに掛ければいいわよね?」
そういいながら紙袋から酒瓶を3本出し、内2本をそれぞれ木の根に振り掛ける。
『『ありがとうございます。』』
残ったのは自分で瓶のまんま飲みながら色々と話す。
「この町は変わってないわね。あの頃のように人間も妖怪も、みんな優しく、暖かいわ。」
『ですのう。』
『あ、あの…?』
「どうしました、桜さん?」
『あ、いえその……何歳何ですか?さっき栃の木が自分より生きてるって…。』
「何歳…そうね、考えたこともないわ。でも、強いて言うならヒトが生まれる前から生きてる、といったところかしら?」
『…はぁ。』
いくら何でもそこまで昔は予想外だったのだろう、案の定気の抜けた返事が返ってきた。私は微笑みながら酒を煽り、栃の木に訪ねる。
「ところで栃。この山も含めこの町全体の霊力や磁場などが歪んでいるのですが何かあったのですか?」
『やはりわかりますかのう?』
「私を誰だと思っているのですか?それで、何があったの?」
『実はですな…』
そうして栃の木は最近この町であったことを語った。妖怪が攻めてきたこと。強い陰陽師がやってきて町の妖怪たちと争っている(一方的な殺戮)こと。役小角という呪術師が妖を従え、戦争が起こったこと。巫女のこと。不確かな部分も含め全てを語った。
「へぇ…なるほどね。陰陽師の女の子が妖怪を手当たり次第に殺したり斯く斯く然々あったからこうなった(・・・・・)のね。」
私は町のある場所を見つめながら呟く。
『…まさか』
「いいえ、私は何もしないわ。」
栃の木の言葉を遮るように言う。
「私は何もしないわ…今はね。どうしても危なくなるか、助けを求められたら手を出すかもしれないけど、うろなの人たちならきっと自分たちで何とかできるって信じてるから。」
心配そうな栃の木と桜の木に向かいさらに続ける。
「大丈夫よ。本当に不味いことになっても私がどうにかするから。」
『…ではどうしてうろなに?』
桜の木が訊いてくる。
「…」
『…』
「本屋さんをやるためよ♪」
『は、はぁ…。』
まぁ実際は他に理由もあるのだが、それを話す必要はない。話したところで彼らに何か出来るわけではないし。もし協力してもらうことがあればそのときに話せばいい。
「さて、それでは帰るとしますわね?夜分遅くにお邪魔いたしました。次はもう少し早く来ますね。」
テキパキと酒瓶を片付けながら話しかける。
「あぁ、そうだわ。栃、さっき言ってた小角がどうなったかは分かる?」
『己の術で自滅した、と聞いておりますのぅ。』
「クスクス。ありがとう。やっぱりその口調好きだわ。では、ご機嫌よう。」
2人(2本?)に別れを告げ去ろうとした時、茂みがガサゴソしたかと思うと突然1人の少女が現れた。
「こんな時間に女の子がひと…あれ?」
○●○●○●○●○●
私の名前は芦屋梨桜(あしやりお)。この町に潜む妖孤を滅するべくスパイとして中学生をやってるの。
こないだは役小角っていう妖怪人間が妖怪をわんさか率いて攻めてきたの。それで、その件は小角を倒して終わりはしたんだけど、もしかしたら残党とかまだ隠れてるかもしれないからいつもより頑張ってパトロールしてるんだ!…ってアレ?私誰に喋ってるんだろう?
いや、そんなことより今日はあとはこの山だけね。探索用の護符で反応がなければ登らなくても…登らな…
「何で反応するのよ!登らないといけないじゃない!」
つい本音を漏らしながら芦屋は山道を走り出す。日頃鍛えているため、山頂付近まではほとんど息切れせずに辿り着くことが出来た。ただ、いきなり飛び出て待ち伏せが、なんてされても面倒なので茂みの陰から様子を窺う。
「誰もいな…女の子?」
芦屋の視線の先には少女がいた。いや、しかし酒瓶を抱えている。だが見た目は少女だ。
「妙な動きをしたら取り敢えずぶっ潰せばいいよね。」
そう呟きながら護符を隠し持ち、草むらから飛び出す。
「こんな時間に女の子がひと…あれ?」
目の前にいたのは女の子ではなく酒瓶が入った紙袋と鞄を持ったお爺さんでした。
○●○●○●○●○●
「こんな時間に女の子がひと…あれ?」
ふぅ、気づかれなかったようだ。まぁ気づかれても最悪記憶を弄ればいいのだが…。念のため適当に誤魔化そう。
「どうしました、お嬢さん?こんな場所に一人とは…彼氏と待ち合わせですか?」
「ち、違います!私はこの辺りに妖怪の反応があったから撲滅しにきた陰陽師です!お爺さん何か不審なのを見かけませんでしたか!?」
この娘が先ほど栃の木が言っていた陰陽師なのだろう。力が溢れ出ており、どうやら一部は彼にも向けられているようだ。
「いいえ。あぁ、そうだ。私は昨日引っ越してきた皇悠夜といいます。実は昔この町に住んでいましてね、この場所は思い出の土地なんですよ。そういえば、この度商店街のすぐ側で古本屋を始めるんですよ。商店街に来たら、ついででいいので寄ってみて下さいね?」
こういうときは下手な言い訳をせずに、端的に返した後、相手が喋る前に畳み掛けるのがいいと昔知り合いに習った。
「は、はぁ…わかりました。」
どうやらうまくいったようだ。
「あ、じゃあもう一つ。黒い服を着た女の子ここにいませんでしたか?」
「…いいえ。いなかったと思いますよ?」
見られてしまったらしい。彼女から向けられる力が少しずつ強くなっていく。まぁこの程度なら問題ないのだが。色々訊かれるのも面倒なので言いくるめることにする。
「貴女が探しているという妖怪…でしたっけ?そういった怪しいものも少女も見ていませんよ?それにもう遅い時間です。お家の人も心配しているでしょう?陰陽師ごっこもいいですが何事もほどほどに、ですよ?」
「ごっこじゃありません!私は由緒正しき芦屋流陰陽師の末裔です!」
「はいはい、それでは帰るとしましょうね。お家まで送っていきましょうか?」
「大丈夫です!」
軽く揉めながらも2人は山を下り始めた。ゆっくり下ってもしょうがないのでさっさと下りる。彼女も後ろから着いてくる。まだ怪しまれているようだし、後ろからお札を貼られるくらいは考えたが、そんなこともなく麓まで着いた。彼女とはそこで別れ、私は店へ戻ることにした。
別れ際に彼女に商店街の方向を念の為教えてもらう。流石にもう迷うことはないだろうが念の為だ。教えてもらった方角は思っていたのと同じ。よかった。
店に着いた時には既に日付が変わっていた。疲れたので着の身着のまま、店の奥の居間に倒れ込み、眠りについた。
そう遠くない未来に、あの陰陽師の女の子とは一度殺り合うだろうと思いながら。
※この作品は『うろな町』企画参加作品です。
零崎虚識氏より栃の木と桜の木、寺町朱穂氏より芦屋梨桜、三衣千月氏より役小角(存在)をお借りしました。
芦屋はこの時間この場所この状態で大丈夫ですかね?
このお爺さん何者なんでしょうねw?