第五章 鋼の鎧 弱き者の盾として
聖アルフ歴 1681年
ジークは、国の騎士団を離れ、如何なる勢力にも属さない冒険者として、弱き者や、自らに救いを求める者達の声に応える日々を送り続け一年が経過した。
しかし、どのような組織にも属さずに、弱者を無償で助けると言う行為は、時には集団秩序を乱す行為にもなり、人々から反感を買うことにもなったのである。
「そんな呪われた子供は早く殺してしまえ!」
魔術に関連する呪いを受けた子どもや魔物憑きの子どもの命を助けようとすれば、その度に周りにの人間たちはジークを非難した。
「お前が助けたことが原因で村が襲われたらどうやって責任を取るつもりだ!?」
村人の一人が農具を手に持ったまま怒鳴りかかる。
「俺はそうならないように最善を尽くしているつもりだ」
「最善を尽くすって言うんだったら、早くそのガキを殺せよ! そうすれば皆が幸せになれるんだよ!」
狂ったように村人が農具を竜血の騎士の頭にめがけて振り下ろした。
しかし、竜の鱗に匹敵する肉体を持ち合わせている竜血の騎士を傷つけることは叶わず、逆に農具がへし折れる。
「何で農具が逆に壊れるんだよ!? ば、化物!!」
村人は狂ったようにジークを指差しながら走り去るように逃げていった。
「……」
逃げ惑う村人を無言で見届けた竜血の騎士は、そのまま事前に魔物憑きを払う契約を行っていた魔術師の元へと向かった。
「貴様が助けた村には、伝染病が蔓延していたんだぞ! もし私たちまで感染していたらどうするつもりだったんだ!」
伝染病が蔓延していた村に立ち寄った時には、病を受け付けない体を利用して感染していた村人の状態を確認した上で、近くの大きな街で伝染病に最も効く薬を青年時代に使っていた武具等を売ってまで買い揃えようとする。
しかし、街の兵士は自分たちにまで伝染病が映る可能性を恐れ、ジークに薬を売ることを躊躇しただけではなく、むしろジークのことを罵倒する者や、ジークのことを殺めようとする人物まで現れる状況であった。
「この街の護衛を任されている兵士か」
ジークは、自らを囲む10数人の兵士を観察した。
「冒険者、ジーク殿。あなたには僅かながらでも、あの伝染病が感染している可能性がある。街に入ることは遠慮していただこう」
兵士の言葉を受けた竜血の騎士は、右手で背に差した魔剣の柄を握ったまま答える。その様子は淡々とした物であった。
「この街の北の村に流行っている伝染病を治すための薬はこの街で売られていると聞いている」
「俺は手遅れになる前に通らなければならない。邪魔するなら押し通るぞ」
ジークの言葉を受けた兵士たちは、すぐさま手に持っていた剣や槍を突き立てる。
兵士たちが目の前の銀色の髪の男を貫くために振るった武器は、鎧の合間を貫いたはずのモノも含めて尽く【皮膚】によって防がれていた。
「刃が通らない!?」
兵士たちが唖然としていると、竜血の騎士は淡々と口を開く。兵士たちは、敵に通らない武器を最低限向けながら下がった。
「可能ならば無駄な殺生は行いたくない。ここで剣を収めてくれるか?」
ジークは、剣と槍に囲まれたままでも平然と魔剣の柄を握ったまま兵士たちを冷静に見つめる。
そのあまりにも涼しげな態度と、武器がまるで歯が立たない事実に兵士の大半が戦意を喪失し、武器を捨てた。
しかし、一人の兵士が手を震わせながら竜血の騎士へと剣を向け続ける。
「お前は、万が一に伝染病が広がることを考えていないのか!?」
兵士の問いかけにジークは涼しげな様子で答えた。
「お前も俺が竜の心臓と血を喰らっていることは知っているだろう? 俺の体は病や老いとは無縁だ。故にお前の考えていることは無駄なことだ」
「第一、そのような恐怖に震えた剣では俺に届きもしないぞ」
竜血の騎士は冷徹にそう言うと、魔剣から手を離した。それだけでも、目の前の兵士たちを意に介していないことが見て取れる。
「……確かにお前の言っていることは事実なのかもしれない。けど、私はお前のように見境なく行動するような者を認められない」
兵士の言葉を受けたジークは、あくまでも冷淡に口を開いた。
「そうだな。考えが違えばそういうこともあるだろう。だが、俺にも譲れない一線は有るという事はこれで理解できただろう。通してもらうぞ」
ジークがそう言うと、兵士たちは最早この男を止めることができないと悟り、道を開いた。
そして竜血の騎士はそのまま、兵士に監視されながらも無事に伝染病の薬を購入し、村一つを救うことに成功した。
旅の途中で宿泊していたアリティス公国とドベルドの国境付近の村を襲撃したドベルド国の少数精鋭部隊と対峙したこともあった。
いち早く敵を発見した竜血の騎士は、村人を最も大きな建物に逃がした後、村はずれで眼前の十人程の黒衣を纏った兵士を見据える。
「ドワーフの重装歩兵ではなく、人間のみの夜襲を専門にした軽装の少数精鋭部隊か」
眼前の敵戦力を観察した竜血の騎士は、背中に差していた竜殺しの魔剣を鞘から抜き取ると、両手で構えた。
「良い者気取りの冒険者ごとき一人で我らを倒せると思うな!」
夜襲部隊の指揮官が腰に指していた一対の短剣を抜き取るながらそう言うと、そのまま指揮官は自信満々の様子で部隊に突撃の指令を出す。
指揮官の指示通りにジークに半数が殺到しようとしたのに対して、残りの半分がそのまま夜の闇に紛れ込むかのように村の奥へと向かおうとした。
「やはりか……」
竜血の騎士は冷静に村の奥へと向かおうとする敵を視認すると、そのまま地面に指を付けて【仕込み】を起動させた。
「エオロー スリサンズ」
竜血の騎士は、【大鹿、または保護】【雷と巨人】のルーンを地面に刻むと、電撃の壁が発生し村の奥へと疾走する敵を感電させる。
「っち。引け! やむを得ないが目の前の敵から始末するぞ」
村の奥へと向かおうとした部下の大半が動けなくなったことを確認した敵の指揮官は、ジークを始末するように部下へと指示を出した。
「来るか……」
身の丈ほどの魔剣を既に構え直していたジークは、自らに軽量級の刀剣をふり下ろそうとする敵をひと振りでなぎ払おうとする。
「引っかかったな!」
ジークが魔剣を薙ぎ払った時には、既に兵士たちはその場で後退し魔剣の一撃を回避していた。それを見ていた敵の指揮官は、素早い身のこなしで間合いを詰めるとそのままジークの逆鱗が存在している胸元へと短剣を突き刺そうとする。
「くっ!」
咄嗟に後方へと跳躍したジークは、そのまま素早く体制を立て直した。
「愚かな奴だ。お前のやっていることはただの偽善に過ぎん」
「そもそも、貴様はもう国同士の争いとは無縁のはずだ。それに首を突っ込むとは、貴様はただの愚か者だな」
短剣の刺突を回避された指揮官は苛立ち混じりにそう吐き捨てる。すると、ジークは今までの淡々とした様子とは少し異なる雰囲気のまま口を開く。
「……いいや。目の前の助けられるはずの命を見捨てる事の方が愚かだ。俺は自分の力が及ぶ範囲で全ての命を救うだけだ」
「愚かな。その様な偽善いつまで続けるつもりだ?」
指揮官が嘲笑うようにそう言うと、ジークは真顔のまま答えいた。
「無論、死ぬまでだ」
ジークの言葉を受けた、指揮官は顔を険しく歪ませながら短剣を構えなおす。
「吠えたな。ならばここを貴様の死に場所にしてくれる!」
指揮官が斬りかかると同時に、いつの間にか竜血の騎士を包囲していた先程まで感電していたはずの部下たちが一斉に四方から斬りかかった。
「もう回復したのか」
竜血の騎士は、自らに斬りかかる攻撃の中で、逆鱗を狙っている指揮官以外を無視して迎え撃つ構えを取る。
「テイワズ カノ」
ジークは魔剣の柄に指で【勝利】と【炎】を意味するルーンを刻み、そのまま爆炎帯びた大剣を指揮官に振り払った。
魔剣が指揮官の短剣にぶつかった次の瞬間凄まじい爆発が起こり、至近距離まで爆心に近づいていた兵士たちは爆炎に飲み込まれる。
しばらくして爆炎と共に起こった煙が晴れると、そこには、全身に火傷を負った瀕死の敵兵士達と、鎧が粉々になった状態でありながらも体は僅かに火傷を負ったのみのジークが悠然と立っていた。
「貴様……化物か……」
爆心に最も近かったことも相まって、最早誰かがわからないほど焼け焦げた指揮官が僅かに口を開いた。
「よく言われる。」
敵兵が最早助からないと判断したジークは、そのまま竜殺しの魔剣を背中の鞘に収めると、そのまま電撃の壁を解除し、村へと向かう。
村の住人達に夜襲部隊を討ち果たした事を報告した後にジークは最低限の物資と衣服を用意してもらった後にそのまま村を立ち去ろうとした。
「あの。お兄ちゃん」
簡単な身支度を終え馬車に乗ろうとしていたジークに、村の少年が話しかけてくる。
「何だ?」
ジークが不器用に何とか微笑みながら口を開いた。
「悪いおじさんたちたちをやっつけてくれてありがとう」
少年は年相応のほほ笑みを浮かべながらそう言うと、そのまま村の奥へと戻っていく。この時のほほ笑みを見たジークは、確かに自分のしたことは間違いではなかったと思うと同時に、昨日倒した敵兵達にも何かしらの彼らなりの事情が有るだろうと心の中で思った。
それからもジークは中央大陸西部を旅しながら多くの人間を救うために剣を振るい続ける。
多くの者は、自分には出来ないようなことを続ける彼を否定し、時には助けたはずの者から刃を向けられることも多くあった。
騙し討ちを受けることも多く存在する。
しかし、竜血の騎士は歩みを止めることはなかった。
弱き人々を助けたいという思いを胸に竜殺しの魔剣を振るい、その身に群がる幾万もの剣と槍を受け止め、そして斬り伏せたのである。
それらの行為は、今までの国に仕える騎士として、そして英雄としての在り方とは正反対の物であった。
そして、彼をよく知る者からは、その姿は、今まで切り捨ててきた人々への贖罪にも写っていた。
(不思議だ。助けた人々を見ていると、今までの乾きが癒えていく。だがこの先どうすればいいんだろうか……)
ジークは以前見た夢をまた見ていた。彼があたりを見渡すと、以前の夢にも出てきた黒いローブを着た色白い男が立っていた。
(この男は一体……)
ジークが、男の正体を考えていると、黒いローブの男が口を開く。
「ジーク。虚無を埋める為にお前が選んだ道を、我は否定しない。だが、命には限界があるということだけは、よく覚えておけ。自らを犠牲にして誰かの為に戦い続けても、いずれお前は破綻するだろう」
黒いローブの男は、まるで竜血の騎士に予言を告げるようにそう言った。
「それでも、何もしないよりはマシだ」
ジークが淡々とそう言うと黒衣の男は不敵に笑いながら話し始める。
「何時までお前は老いることのない体で生き続けて、そうやって自分以外のために生きていくのか……我を倒したはずの男にしては随分とつまらない生き方だな」
「もっとも、いつかよりはいい顔をするようになったな。まあ精々他人のために自分を切り売りするんだな」
「後、お前のことを気遣っている存在のことも省みろ。このまま無視し続ければ、恐らく後悔するぞ」
黒いローブを着た男は、それだけ付け加えると、そのまま暗闇の彼方へと消えていった。
「まさかな……」
ジークは黒衣の男が言った「我を倒した」という言葉に言いようのない何かを感じながらも意識を覚醒させた。
続く
こんばんわドルジです。
後二話ぐらいとエピローグでこの話は完結しそうです。
5月4日 誤字などを修正しました。




