第二章 竜血の肉体 体は鋼の如く
聖アルフ歴 1670年
ジークが竜殺しを終えて、三年の月日が経過した。
魔竜を討伐したジークは、国一番の英雄となり、それからも、様々な冒険を行うこととなった。
国王の命令で国でも五本の指に入る技量の騎士と槍による決闘を行ったこともあった。
国内の闘技場でヴァン国一の槍の使い手にして最上の竜騎乗の達人である。エドモンド将軍は、愛用の白銀の長槍を涼しげに構える。
対峙しているジークも冷静に長槍を構える。審判担当の騎士が掛け声を上げた瞬間には二人の騎士は観戦している人々には目指しきれない程の速度で踏み込み、お互いの渾身の一撃がぶつかる。
お互いの一撃が相殺されたことを判断した二人の騎士は素早く次の行動を取る。
エドモンドは素早く、距離を取ると、連続での刺突を放とうと槍を振るう。
それに対してジークは、その場からほとんど動かず、槍を僅かに引き戻すと、渾身の力で槍を薙ぎ払った。そして、竜血の騎士の薙払いは、エドモンドが放った刺突を容易く弾き返し、さらには闘技場の地面を大きく切り裂いた。
「素晴らしい。私の一撃にここまで対応できる反応速度にその大地を切り裂くほどの豪腕。加えて第一撃目の刺突の破壊力。流石は単独で竜殺しを成しただけはある」
今まで一言も口を開かなった。白銀の騎士は竜血の騎士に賞賛の言葉を送った。
「だが、この決闘のルールは、槍のみを使い相手から1本取ることだ。装備を含めた敏捷性では私に分があると思えるがどうする?」
エドモンドは挑発するかのようにそう言うと、槍を構え直す。
その言葉は、ただ相手を挑発するだけではなく、自らを超えてみせろという自らに誇りを持っている戦士のみが口にできる言葉であり、それだけの重みをジークに感じさせた。
「ああ。超えてみせる。例えどんな不利な状況でも塗り替えてみせる」
ジークは自らに言い聞かせるようにそう言うと、槍を低く構える。
(不殺前提の決闘でこれ以上時間をかけるわけにはいかない。一撃でも入れればいいこの決闘のルールを考えれば敏捷性で劣る俺が恐らくは不利になる。ならば……一撃で決める)
距離をとっていた白銀の騎士の踏み込みを見抜いた竜血の騎士は、素早く、目の前の足場を槍で貫くと棒高跳びの原理で相手の後ろまで大きく跳躍する。
「何!?」
エドモンドの驚愕ぶりからは、槍を跳躍のための道具に使うとは思わっていなかったことは伺える。
それを利用するように、竜血の騎士は上空を飛び越えながら空中で槍を真下に立っている白銀の騎士に向けて振りかざした。
ジークの渾身の一手は白銀の騎士の左肩の鎧を切り裂いていた。実戦ならば、それで勝利を示すことにはならないものであった。
しかし【一撃でも相手を傷つければ勝利】というルールが決められていたこの決闘においては白銀の騎士が左肩に受けた僅かな傷は、竜血の騎士の勝利を示すものであった。
竜の血と心臓を喰らい、異能とも呼べる身体能力を得ながらも、それを生かしづらい状況下に置かれても、ジークは諦めることなく、全てを使い勝利を掴んだのである。
「……ふむ。私の敗北だな」
エドモンドは冷静にそう言った。審判役の騎士がジークの勝利を宣言すると、周りの声援を気にすることなくジークはそのまま最低限の手続きを行うと、闘技場を立ち去った。
国内での反乱では、援軍の指揮官として敵が奪取した拠点へと真っ向から突撃をしかけることもあった。
ヴァン国の南部で、騎士団の一部が反乱を起こし国の砦を一つ奪取する事件が起こった。
しかし、本来対処に当たるべき部隊の指揮官は、戦闘中に斥候の狙撃によって命を落とし、代わりに小規模の増援を率いたジークが反乱軍を殲滅こととなった。
「状況は?」
正規軍の駐屯地に到着したジークは、冷静に元から居た部隊の兵士に尋ねた所、本来の指揮官が暗殺されてからは、正規軍が拮抗状態であることと、ここ数日反乱軍の攻撃が弱まっていることから反乱軍の兵糧が残り少ないことが分かった
「なるほど、相手の兵糧が少ないなら、俺が正面を守る敵を薙払い城塞を砕く。この駐屯所にある最も強固な弓を貰いたい」
ジークは冷静にそう言うと、兵士に弓を探させ、自身が行う突撃作戦の計画を立て始めた。
ジークが兵士に弓を探させてから一時間後、兵士がジークの使用に耐えられる長弓を持ってきた。
「あのジーク殿。これでよろしいですか?」
兵士が持ってきた長弓を見据えたジークは、淡々と口を開いた。
「ああ。これなら一発は確実に耐えられそうだ。今から作戦を教える動ける兵士を可能な限り集めてくれ」
ジークはそれだけ言うと、兵士に、部隊の動ける人員を集めさせた。
それから作戦の説明を行った竜血の騎士は、反乱軍に奪取された砦を見据える。辺りには雑多な装備を持った兵士と騎士が少数ながら見張りを行っている。
兵士たちのやる気があまり見られない様子から、士気はジークが思っていたより低いように思えた。
「あの当たりか」
ジークは比較的敵の兵士が集まっている砦の門を見据えると、長弓に矢をつがえ、指で刻印刻む。
「テイワズ カノ」
ジークは矢に【勝利】【炎】を意味するルーンを刻み、そのまま限界まで引き絞った矢を放った。弓は、この時の衝撃によって真ん中で二つに砕ける。
ジークが放った弓矢は、凄まじい速度で敵軍が集まっている城門前へと向かっていく。
そして、敵の兵士が矢に気づいた時には、矢が敵の兵士の一人を貫き、次の瞬間凄まじい炎が矢から周辺に撒き散らされた。
「すげぇ……」
竜血の騎士の後ろから見ていた正規軍の兵士の一人がそう口から漏らすと、ジークは、淡々と、背中に背負っている竜殺しの魔剣を鞘から抜き取り口を開いた。
「お前たちは作戦通り、包囲している部隊は動かさずに、俺が城門を破壊した後に砦に侵入しろ。それと、無理に俺の動きに付いて来ようとするな。ついて来れる奴だけがついて来い」
竜血の騎士は無表情のまま兵士に指示すると、表情を変えることなく、魔剣を鞘から抜いたまま背負い獰猛な肉食獣の如く体を丸めて砦の方向へと跳躍した。
爆発によって起きた煙が晴れた城門周辺は凄まじい焦げ跡が残り、爆心地周辺の人間は一人も生き残っていなかった。
「クソッ。中に逃げろ!」
咄嗟に反乱軍の騎士の一人がそう言ったことを皮切りに、兵士たちは自らが生き残るために砦の門へと集合していった。
それを捉えたジークは、国王に極秘で【可能な限り殲滅せよ】と命じられていたという点では好都合であると思うと同時に、実質無力化させることが出来た相手を一方的に嬲り殺す事に不快感を覚えていた。
(ああ。何かが違えばお前たちの中の死人も減らせたのだろうか……)
竜血の騎士が魔剣の魔力を開放した一撃を城門とそこに集まっている武器を捨てた兵士達に放つ直前、ジークはそう考えた。
そこからは、戦闘ではなくただの虐殺だった。城門を破壊した竜血の騎士は、砦の内側で待ち伏せしていた敵が一斉に放った矢によって全身を貫かれた。
しかし、ジークの竜の鱗と同等の硬さを誇る鋼の肉体は、敵の放った弓矢を全て弾き返し、鎧の合間や服に相当する部分に矢が刺さりながらも全く皮膚を傷つけることはなかった。
「――無駄だ」
魔剣を既に鞘に収めていた竜血の騎士は右手に持った槍と左手に持った片手剣を振るい近くで武器を構えていた兵士たちを切り裂く。
ジークが敵の殲滅を始めると、彼によって砕かれた城門から兵士が殺到し始める。兵数と士気で勝る正規軍は一方的に嬲り殺す形となり、半日後に降伏した反乱軍の生き残りは、一週間後に全員が処刑されることとなった。
国境に現れる他国の軍勢との衝突の際には指揮官となることもあった。
「お前の力はその程度か?」
敵の軍勢をほぼ殲滅した竜殺しの騎士は、全身に傷を負った蛮族を冷徹に見据える。敵の目からは闘志は消え失せ、恐怖のみが心を支配していることが、虚無の騎士には伺えた。
「馬鹿な。剣も斧も歯が立たねえ」
「お前たちは、我が国を侵した蛮族だ。それ相応の対価を払うのが道理だろう」
一切の感情を伴わない声で、ジークは蛮族にそう言った。流血の騎士はいつでも、左手に持っている槍で敵の頭を貫くだけの準備が整っている。
「見るな。俺を石ころでも見るような目で見るな!!」
もはや死ぬしかないと悟った蛮族は、片手用の斧を虚無の騎士に振りかざす。
「無駄だ」
肉体そのものが竜の鱗と同等の硬さを誇る騎士は、敵の斧による連続攻撃を肉体の固さのみで弾き返す。
そして、渾身の力で竜血の騎士に飛びかかった敵が槍の間合いよりも内側にいることを判断したジークは、冷静に腰に指していた片手用の騎士剣で首を刎ねる。
騎士の心には、戦いに勝利した喜びも、自らの国を害する侵略者を追い払った達成感も、何もなかった。
何故ならば、今の敵のように、自らに傷一つ付けることなく侵略者が死に絶えることは、竜血の騎士にとって当たり前のことであった。ジークの心には何も無かった。
これらの冒険や決闘を行っていたジークの武勇は他国にも伝わり、【不敗の騎士】、【竜殺しの勇者】【竜血の騎士】として賛美され、そして敵国からは恐れられることとなった。
しかし、それらの冒険も名声も、竜の血と心臓を受け入れ、老いることもなく並の一撃では朽ちることのない肉体を得た騎士の心を潤すものにはならなかった。
何よりの要因は、竜の血肉を取り込んだことによって手に入れた、異常なまでに強靭な肉体だった。
竜の力を得たことによって、竜の鱗と同等の強度となった肉体は、並の刀剣類や魔術を一切通さず、例え、竜の鱗を上回る一撃であろうとも、容易く治癒するほどの回復力を誇った。
竜殺しの魔剣と技量だけでも驚異的な力を誇っていた竜血の騎士は、まさに無敵の存在となったのである。
(何故だ? 戦えば逆に乾きが強くなっていく……)
戦えば戦うほどに逆に心の乾きと虚しさを募らせていくこととなった。
続く
どうもドルジです。来月ぐらいにはまた続きが書けそうです。駄文ですがよろしくお願いします。