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第一章 竜殺し

聖アルフ歴 1667年


 中央大陸北西部に存在するヴァン国のとある町外れの草原で、黒い皮の服を来た銀色の髪を無造作に伸ばした青年が、横たわりながら空を眺める。


 銀髪の青年が空を眺めていると、街の方から深緑色のローブの人物が走って来る。


「アンタ、また此処にいたの」


 深緑色のローブのフードを外した、エルフ族特有の長い耳をした金髪に女性が、青年に話しかける。


「どうしたんだ、ルーシー。そんなに慌てて」


 ジークと呼ばれた銀髪の青年は、体を起こしながら。


「目を離すとすぐに何処かに行っちゃうんだから……騎士長がアンタに伝言があるってさ」


 ルーシーと呼ばれた、服装には不釣合なほど勝気な女性はそれだけ言うと、そのまま去っていった。


(また魔物退治だろうか。次の相手は心ゆくまで戦える相手であればいいんだが)


 ジークは自らの心を占める乾きを抑えながら、自らの横に寝かせていた古ぼけた大剣を背負い、街へと戻っていった。



「来たかジーク」


 ジークが町の騎士長の居る詰所に向かうと、騎士長が複雑そうな顔をして待っていた。


「今度の獲物は何だ?」


ジークの言葉を受けた騎士長は、複雑そうに口を開く。


「国王から、お前を指名した依頼が入った。ただ、内容が今までお前が行ってきたどんな戦いよりも困難でな」


 騎士長が言いにくい様子でいると、ジークは冷静に口を開く。


「騎士長。俺も死んだ父と同じ剣士でもあり騎士だ。それに、今までとは違う相手と戦えるなら、俺はそれで構わない」


 ジークの言葉を受けた騎士長は、ようやく、話しの続きを始める。


「実は、この街の東の山脈に存在する魔竜をお前一人で討伐しろと、国王はおっしゃっているのだ……もちろん、前払いでも報酬が用意されている」


 騎士長がそう言うと、壁に立てかけられていた木の箱を開いた。


「お前の父親が使っていた【竜殺しの魔剣】だ。竜殺しにこの魔剣を使うことも許可されている」


 今まで大きな感情の変化を見せなかったジークは、大きく目を開いて、木箱に収められた鞘を含めて黒鉄色に銀色の装飾が施され、真紅の宝玉が柄に埋め込まれた大剣を見据えた。


 これこそが、ジークが憧れ続け、そして、戦場で果てた父の愛用していた竜殺しの魔剣であった。


 ヴァン国の象徴でもあり、神代に鍛えられたその剣は、竜の鱗を平然と切り裂いたと伝えられていた。


「ちょうどお前が使っている大剣と同じぐらいの大きさだ。使いこなすのにはおそらく問題ないだろうが……」


 ジークにとっては、魔竜と戦うという事実は対したことではなかった。今までの歯ごたえのない【作業】とは違う【闘争】が待っていることを考えれば、むしろ強い高揚感を感じていた。


「引き受けるのだな、ジーク?」


 ジークは、騎士長の問いかけに、躊躇することなく頷いた。


「それなら、明日にはこの街から東の山脈に向かってもらう。移動は途中までは馬車になるが、竜の縄張りの手前からはお前自身に歩いてもらわないといけない。移動は三日もあれば終わるから、途中で食料を補給したりもしておけ」


 騎士長はそう言うと、悩ましげな顔のまま奥の部屋へと向かっていた。



 次の日の早朝、黒地に銀の装飾が施された鎧を纏い、魔剣を背負ったジークは、街の城門の前に止められた馬車に乗り込み、東の山脈へと向かった。


道中は順調そのものであり、そのまま魔竜の縄張りへと到着した。


「ここですジーク殿。この先は魔竜のテリトリーとなっております故に、私たちは同行することが出来ません」


 馬車の御者は、そう述べた。ジークは、背中に父がかつて使っていた魔剣を指し直すと、そのまま馬車から降りる。


「同行出来ないことは構わない。それと、長くても半日は戦うと思うが、それ以上時間が経過したらそのまま、一番近くの街まで戻れ」


 ジークは淡々とそう言うと、御者は頷いた。元々、青年騎士に言われる前からそのつもりであったようである。それだけ確かめると、そのまま騎士は、奥へと向かっていった。



 ジークが暫く山道を進むと、山道は険しくなり、自らが進んでいる道は、山脈に沿った谷のような場所となっていた。そしてさらに進むと、そこには大きな広場が存在した。


(戦うにはちょうどいい広さだな)


 ジークが戦闘に適した場所を思案していると、上空から声がした。


「貴様。我の縄張りで何をしている?」


 ジークが手を魔剣に構える。鞘から現れた刀身は、無骨な形ながらも透き通るような白銀であった。


 騎士が上を向くと、そこには赤黒い鱗を持った竜が飛翔している。赤黒い鱗に覆われた翼は、空を黒く多い尽くしている。


「知性があるのか」


ジークは、相手から漂う血臭と腐臭を感じながら、淡々とそう言った。魔竜は再度口を開く。


「もう一度だけ言うぞ。貴様は、我の縄張りで何をしている?」


 魔竜の言葉を受けたジークは、冷徹に口を開いた。


「竜殺しに来ただけだ」


 ジークの冷淡な言葉を受けた魔竜は、一瞬目を見開き、怒りを顕にしながら口を開く。


「ほざけ、人間。何もできないまま、己の蛮勇を呪いながら果てるがいい!!」


 次の瞬間、魔竜は口から凄まじい高熱を帯びた竜の吐息ドラゴンブレスを放った。


「来るか」


 ジークは、背中の魔剣を引き抜き、前方の広場へと跳躍した。先程まで竜血の騎士が立っていた場所は竜の息吹によって黒焦げになっていた。


「どうした人間。逃げ足だけが貴様の取り柄か」


 魔竜は挑発するかのように上空を旋回する。それを補足したジークは、魔術式を組み立てる。


「テイワズ スリサンズ」


 騎士は、指で【勝利】と【巨人と雷神】を司るルーン文字を刻み、ルーン文字から発生した雷の槍を魔竜に向けて発する。


「小癪な!」


 魔竜は雷の槍を躱そうとするが、完全に回避することが出来なかった。


 悪竜は、竜の鱗のおかげで傷こそは負わずとも、電撃で一瞬だけ麻痺し空中での自由を失った。


「もらったぞ」


 魔竜が、空中での自由を失い地に落ちることを見たジークは、すかさず魔竜に斬りかかる。着地した魔竜は、それをあざ笑うかのように、迎え撃つ。


「馬鹿が! 竜の鱗がどれほど頑強か知って――!?」


 ジークが持っていた【竜殺し】の魔剣は、体の何処かに一箇所だけある逆鱗を除けば、城塞に匹敵する守りであると噂されている竜の鱗を平然と斬り裂いた。竜殺しの魔剣の前では、竜の鱗は盾とてしは全く機能しなかった。


 目の前の黒銀の鎧を纏った騎士が持っている魔剣の力に気づいた悪竜は、素早く後ろに飛び退いた。


「貴様……その剣はまさか」


 ジークは魔竜の問いかけに答えることなく、再度剣を構える。それを見た悪竜は、今までに抱いたことのない感情を感じた。


(不思議だ……我を打倒しうる武器を手に持った人間と対峙しているというのに、何だ、この高揚感は……)


 敵の跳躍を察知した魔竜は、自らに宿った疑念を抑え、そのまま再度空へと飛翔する。


「逃がさない アンサズ カノ」


 ジークは、冷徹に飛翔した竜に、【炎のルーン】を付加した自らの得物を敵にめがけて投げつける。そして、投擲した竜殺しの魔剣に身を隠せるようにしながら、地面から魔竜の手前の谷の側面へと向かって跳躍する。


「何!?」


 ジークは、冷徹に次の一手を打つ。谷の側面に着地し、更なる跳躍を行った。


「切り裂く」


 ジークが跳躍した先には、飛翔している魔竜と、自らの投擲した魔剣が存在した。


 空中の得物を掴んだ黒銀の騎士は、魔竜が竜の息吹を放つよりも早く、すれ違いざまに悪竜の翼の皮膜を大きく切り裂く。


「グアッ!!」


 翼の皮膜を大きく傷つけられた魔竜は、今度は着地することなく、地面に激突する。谷の反対側に跳躍していたジークは、そのまま重力を利用して魔竜に斬りかかる。


「おのれ……まだだ……っ!!」


 次の瞬間、竜の口から、先ほどの竜の吐息とは異なる毒の霧が放たれる。


「まずいな」


 着地したジークは、素早く後方に飛び退くことで、魔竜が放った毒の霧から抜け出す。


「奥の手があったか」


 僅かに毒を吸ってしまったジークは、体内を徐々に猛烈な熱を帯びた毒が侵食していくことを感じながらも、冷静に剣を構え直す。


(ならば自らの体内の毒が回り切る前に、目の前の満身創痍の悪竜を打ち倒すのみだ)


「馬鹿な。貴様は今、我が放った毒の吐息を吸ったはずだ。何故平然としていられる?」 


 魔竜は、自らの奥の手を最低限のダメージのみに抑えた目の前の黒銀の鎧を纏った騎士に驚愕と、僅かながらの恐怖を感じた。


「何故お前は、当たり前のように我を屠る事が出来る。有り得ん。人間が我を打倒する等!」


「別に俺はお前に恨みがあるわけじゃない。ただ、お前が人間に迷惑をかけているから討ち取るのみだ」


 ジークの冷淡な言葉を受けた魔竜は、翼を傷つけられ、最早打つ手がないにも関わらず、ジークに向かって飛びかかり、右手の爪による渾身の一撃を見舞う。


 それを見越していた黒銀の鎧を纏った騎士は、最低限の動作でその一撃を回避し、先程まで自らが立っていた大地を粉々にくだいた悪竜の右手を、竜殺しの魔剣で深く斬りつける。


「っぐ!! まだだ!!」


 しかし、片手を斬り落とされてなお、魔竜は、諦めることはなく、至近距離で高熱の竜の息吹を放った。


「無駄だ。この世界に不死身の怪物も英雄も存在しない」


 黒銀の鎧を纏った騎士は、魔剣の刃を躊躇なく竜の息吹へと振るう。すると、竜の息吹は跡形もなく消え去った。


 僅かに残っている火の粉を目くらましに利用したジークは、並の戦士であっても視認することが難しい速度で、竜殺しの魔剣を悪竜の心臓に突き立てる。


「アガ……」


 魔竜の毒に侵されたジークが、全てを賭けて放った一撃は、確かに魔竜の心臓を貫いていた。


 翼をもがれた悪竜にとって、強固な盾でもある竜の鱗を一方的に切り裂くことの出来る、竜殺しの魔剣を担う騎士が放った一撃は、もはや避けようのない一撃であったのだ。


「俺の勝ちだ」


「うむ。我の敗北か……」


 魔竜は、今までの苛烈さを全く思わせないほど穏やかな様子で、そう呟き、戦いのさなかにどうしても消えなかった疑問を尋ねる。


「お前は、何故戦いを楽しむと言う感情を表に出さない。仮にも我を打倒したということは、人間としては最高の戦士だということだぞ」


 魔竜の言葉を受けたジークは淡々と答える。


「俺に戦いを楽しむ感情はない。戦場で笑うという事は、相手を嘲笑うことも同然だ。だがお前との今回の戦いは、久しぶりに闘争を肌で感じることができた。感謝するぞ」


 ジークはそれだけ言うと、心臓を貫いている魔剣を引き抜こうとした。すると、悪竜は何かを思い出すように口を開いた。


「待て、虚無の騎士よ。我の命脈を断つ前に、我が血液をその身に浴び、そして我が心臓を取り込むのだ。さすれば、貴様の体を侵食している我が毒は、忽ち消え去り、そしてお前は、我が竜の鱗と肉体を得ることが出来るだろう」


 魔竜のその言葉には嘘が無いことを、ジークは感じていた。現に、今も悪竜の毒が肉体を侵していることは事実である。


「そうか、ならばお前の命、俺と共に生き続けさせるぞ。再度感謝するぞ、魔竜」


 それだけ言うと、魔竜の心臓ごと、魔剣を悪竜の肉体から抜きだした……


 この戦いが、ジークの英雄としての始まりであり、同時に、苦悩の始まりであった。

    続く

 こんばんはドルジです。

 今回は、以前から述べていた約半年程を予定している連載モノになります。

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