~第九章~ 勿忘草
「南海ちゃん、元気でね!」
「南海ちゃん居なくなるの寂しーねー。」
そんなことを看護師さんが言っている。
そう、今日は私の退院日。
お母さんが迎えに来るのは3時。今は1時を丁度まわった所だ。
退院は嬉しい。でも、今日はもっと大切な事が有る日だった。
「零…」
そう、今日は零の未練を晴らす日。
『ねえ、南海ちゃん…南海ちゃんが退院する日、中庭に来てくれないかな?』
そう零は言っていた。
私は、中庭に向かう事にした。
病院の中庭はちょっとした休憩スペースと、中央に大きな花壇が有るだけの場所だ。
中庭に踏み込むと、すでに零はそこにいた。
「あ、南海ちゃん!」
こちらに向かって微笑み、歩いてくる。
こんなにはっきりと存在しているのに、幽霊だなんていまだに信じられない。
「無事退院できるんだね!おめでとう。」
その言葉は嬉しくもあり、寂しくもあった。
零は私と離れ離れになっても良いのかな…?
私がうつむいていると、零が言った。
「少し、花壇の周りを歩こうか。」
暫く歩いた。
二人とも何も話はしないけど、いやな沈黙では無かった。
一周して、元の位置に戻ってきて
そして零はついに口を開いた。
「それじゃ、そろそろ。」
それがどういう意味なのか理解できた。
「僕の未練はね、南海。君だよ。」
私…?
「南海は鈍感だから、僕がアプローチしても全然気づいてくれなかったよね。」
あー…それは…。
耳が痛いデス。
「僕の未練はそれだけ。もう花でなんて回りくどい事はもうしない。」
零はそう言いながら真剣な眼差しを私に向けてきた。
そして
「好き。」
その言葉を聞いた瞬間、零の体は一瞬光った。
「…やっぱり、これだったみたい。」
零は微笑を浮かべながら言った。
突然のことにすぐに反応する事は出来なかった。
そんな間も緩やかに、零の体は透き通って行く。
戸惑っている私に零は
「はい。」
と、勿忘草を渡してきた。
花言葉は「私を忘れないで」。
忘れない。忘れられる訳が無かった。
私も、すかさず用意していた紫蘭を渡した。
零のことだから、花言葉で会話をするんじゃないかと思っていた。
予想通り。だから私もあらかじめ用意しておいた。
花言葉は「あなたを忘れない」。
それを受け取り零は言った。
「ありがとう…」
零は涙をこぼしていた。
何気に零の泣き顔なんて初めて見た。
怪我した時も、怒られた時も。
絶対に泣かなかった。
そして、ついに最後の時が来た。
零は、にっと笑い、私のおでこにそっとキスをした。
「…!?」
私が驚いていると零は言った。
「バイバイ、南海。」
その言葉を最後に、零は完璧に消えた。
成仏したのだろう。
私があげた紫蘭も、零と共に消えていた。
少し時間が経ち、その静寂さを感じ取ってから
「もう、我慢しなくても良いよね。。」
私は、その言葉を呟くと同時に泣いた。
泣けるだけ泣こうと思った。
「零っ!れ…い…」
零から貰った勿忘草を握りしめながら泣いた。
泣くだけ泣いて、私は待合室へと向かった。




