第2話
――漆黒の覇王――
それが勇者として戦い続けた、僕の2つ目の名前。
大陸の5割を取り返した今となっては、この名前は最前線で戦う兵士たちの勝利の名となっていた。
「戦況は?」
王都に帰り3日、魔王軍が防衛線に部隊を出した。
僕は、再び戦場へと舞戻った。
「勇者様!
魔王軍は、咎人と魔物の連合軍です!
数は、約5万、こちらの戦力は「もういい」は?」
咎人……魔王軍に寝返った人々のことをそう呼ぶ。
それにしても、僕が来てから半年の間、こんなに大勢の敵が攻めて来たのは、初めてだ。
魔王も流石に方針を変えたか?
「あの、勇者様?」
「あぁ、ごめん、少し考えことをね。
後は、僕がやるから全軍後退だ。
負傷者も全てね」
戦場では、いつも僕は1人。
もちろん彼らに手伝ってもらった方が早く終わるだろう。
しかし、いくら僕でも戦場全てをカバーする事は、出来ない。
無駄な被害を少しでも減らすために今日も僕は、1人戦地で戦う。
「野営まで後退する!
負傷者には、手を貸せ!!」
僕以外の部隊が後退し始めた。
しんがりも僕も役目だ。
兵を逃がすために戦う将軍の元へ身体強化を使い、すぐさま向かう。
魔物との間に割って入り魔物攻撃を受け止めた。
「あ、あなたは!」
「後退の命令が出ています。
この場は、僕が引き受けます」
――すまない! そう言って、彼は傷ついた身体を引きずりながら、去って行った。
「グァァァァア!」
僕が攻撃を受け止めていた、人型の魔物が雄叫びをあげた。
高濃度の魔力に飲み込まれた人の姿は、あまりに醜い。
「今、楽にしてあげるよ」
受け止めていた腕から魔力を注ぎ込み体内から破壊していく。
腕から肩、胸と順を追って醜い魔物は、消えていく。
やがて、跡形もなく消えた。
消えた魔物の後ろで、雄叫びをあげる魔物や武器を構える咎人たち。
大地が揺れるほどの足踏みに、空気を切り裂く殺気の数々。
「消えてもらおうか」
全身から殺気を振りまいた、僕と魔王軍の距離を埋め尽くし相手の戦意を奪う圧倒的な殺気。
気をしっかり保てない咎人は、すでに何人か倒れている。
僕の気を恐れ、飛び出してきた5万の魔王軍。
目を閉じ、心を無にする。
力は圧倒的に上と言っても、数の上では圧倒的に不利、油断は死に直結する。
余計な思考は、全て閉じ、目の前の敵を殲滅させることだけに全てをかける。
「さて、行くか」
スウっと目を開け、僕は今日も修羅となる。
「野営地は、ここか」
戦闘を終えたのは、日の傾き始めた夕方だった。
怪我人の手当てやらで、医療班の人たちが忙しそうに動いている。
黒髪、黒い瞳では、流石に目立ちすぎる。
フードをかぶり出来るだけ気配を消して、部隊長のいる本部へと向かった。
「今すぐ部隊を再編するんだ!」
本部のテント前でそんな怒鳴り声が響いた。
「無茶です!
先ほどの奇襲で各部隊の被害ひどく、再編には時間がかかります。
さらに、物資も不足していますし一度、後方の街に後退する事を進言します!」
副官は、女性のようだ。
「あんな、化け物にいつまでも頼る気か!」
ひどい言われようだな。
もちろん、この世界で規格外の力を持つ僕を全員が指示しているとは、思わない。
色んな考えの人が居るからこそ、世界は、絶妙なバランスで成り立っている。
もちろん気分は、良くないが。
「その化け物を少しは、信用したらどうですか?」
「貴様……!
聞いていたのか!」
うるさい人だ。
これでは、副官のこの女性も苦労するんだろうな。
「あなたが僕のことをどう思うかは、勝手ですが私情や、個人のプライドで隊を危険に巻き込むのは、止めていただきたい」
有無を言わさない僕の言い方に部隊長は、口をつぐんだ。
「では、僕はこれで」
テントから出て、初めて気がついた。
「雪か……」
この世界で初めて見る、白い雪だった。
「ここまでだ……」
始めの雪を見てから1ヶ月後、僕は魔王軍の本部で魔王と対峙していた。
国王軍を置いて、1人で道を進んできた、理由は1つ。
僕が戦っている相手のことを知りたかった。
「黒い瞳に、黒髪……貴様が『漆黒の覇王』か!」
僕の攻撃によって、瀕死の傷を負った魔王は、そう言った。
魔王の姿は、僕ら人間と何ら変わらなかった。
結局、人は人と戦争するってことか?
「そんなことは、どうでもいい。
何故、人と戦争する?
貴様が戦う理由を答えろ」
「異界から呼ばれた……この世界で生きるには、こうするしかなかった!
人のために戦う?
私の何もかもを奪った奴らの為に何ゆえ戦わなければならない!?」
魔王も異界人?
でも、髪の色も目の色も僕の居た、世界の人間とは違う。
「だからって、魔王になる必要があったのか?
貴様が裏切らなければ……僕は!」
僕は、こんな地獄に来る必要だって無かった!
「貴様も異界人だったのか!
その規格外の力、納得がいったぞ!」
手負いの魔王が最後の力を振り絞る。
それでも僕の方が力は、上だった。
全てを終わらせるために僕は……
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「さようなら……」
僕の目の前には、力尽きた魔王。
同じ異界人同士なら、理解し合えたかもしれない。
出会うのが、もっと早ければ……
死んだ僕の心は、もはや友も望んでいなかった。