殿下奮闘記10
最終回となります。
彼女の腕を握る手に力が入る。
「・・・・お前はそれをつけてきた意味をわかっているのか」
思わず零れ落ちた言葉は彼女の真意を確かめたいと言う思いからだったのだろう。
今ここにいる人々の事などすべて忘れ去って素の自分をさらけ出している事にも気づかないくらい俺は彼女の言葉を待った。
「・・・もちろんです。私の想いを最後に伝えたくこれを着けて参りました。・・・しかし、この様な騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」
彼女の想い?それは一体どういう事なのだろう?
まさか、そのブローチすら迷惑であったというのか?
それとも、俺の婚約を聞いてそれを返しにきたというのか・・・。
どちらにしても彼女の『最後』という言葉にもしかしたら、と期待していた心が萎んでいく。
「・・・想いを伝えるとはどういう意味だ」
その声にすでに力はなかった。それでも、今、目の前で俯き肩を震わせているアリア姫を今すぐにでもこの腕で抱きしめたいという気持ちをなくすためにもはっきりと拒絶の言葉を聞くべきだろう。
それで、彼女への想いを諦めよう。
そう思っていたのに、彼女が次に発した言葉は信じられないものだった。
「私はレオナルド殿下の事を愛しております。その想いをお伝えしたくこれを着けて参りました」
しっかりと私の目をみてそう言う彼女の言葉を理解できないまま私の時間は止まってしまった。
彼女は一体何と言った?
目の前の彼女から発せられた言葉は私を愛していると言った。
愛している?
誰が、誰を?
ふと、意識がもどれば、彼女から強い視線を感じた。
彼女の瞳に映っているのは俺だ。
・・・・もしかして、俺は彼女を抱きしめてもいいのだろうか。
身体から力が抜けるように、しかし、心の中から何かが湧き上がる様な気持ちになったその時、再びあの女の声に邪魔をされた。
「ほ、ほほほ!アリア様!お可哀そうに!!殿下もお人が悪いですわ!!この様な大勢の前でそんな事を言わせるだなんて。アリア様、お気になさらないで。殿下を慕っている方は大勢いますもの。しょうがないですわ。しかし、少し時と場所をお選びになった方がよろしかったわね。貴方の様な聡明な方がこの様な場所でわざわざ恥をかくなんて・・・・。それに、私とても申し訳なく思いますわ。私が気づいてお止すればよかったのに・・・気がづかなくて本当にごめんなさい」
キンキンと響く様な高笑いと一緒に喋るその女が何を言っているのか全く分からなかった。
そこに再び彼女の声が聞こえた。
「・・・申し訳ありません、殿下、ナーシャ様。皆さまにもご迷惑をおかけ致しました。どんなお咎めも受けるつもりです」
彼女はその言葉と共に私に向かって頭を下げた。
その姿に思わず私は大声を上げた。
「黙れ!!」
彼女を笑う声や頭に響く女の高笑いに思わず怒鳴り上げた。
そして、頭を下げる彼女に問う。
それは、誠なのかと。
しかし、返ってきた言葉はどんな咎めも受けると言う。
俺が聞きたいのはそんな事じゃない。
「そうではない!!お前が私を愛していると言った事は本当なのかと聞いているのだ!」
俺の言葉に周りから再び笑い声が聞こえる。
一体何がおかしいと言うのか。
まさか、これが余興などというわけではないだろう?
彼女の本心をもう一度確かめたかった。
だが、またしても返ってきた言葉は違う事だった。
「・・・申し訳ありません。身分をわきまえずこの様な事を申し上げ・・・・」
そんな事ではない。違う。だんだん先程の言葉が空耳だったのではないかと自信がなくなって来てしまう。
「そんな事はどうでもよい。お前は本当に私の事を・・・・」
愛しているのか・・・・。
そう言葉にしたかったのに、続けることができなかった。もし、そんな事は言っていないと言われれば俺はどうすればいいのかわからなかった。
そんな俺の気持ちをくみ取ったかのように彼女は俺の言葉を引き継いだ。
「・・・はい。私は殿下を愛しております」
彼女はにこりと笑いそう言った。
その言葉はしっかりと俺の耳にも届き、心に沁み込んだ。
嘘ではない。
彼女が自分を愛していると言った。
辛い想いしかさせなかった俺を愛していると・・・・。
彼女の言葉が身体全体に染みわたると俺は会場を見渡した。
・・・なんて事だ。
今ここには私を祝う為にこんなにも人が集まっているではないか。
それならば・・・・。
「皆様、この度我が国をより安定させ、次期国王の母となる為にこの度、私は一人の女性を選んだ!」
噛みしめるように会場に響き渡る声を上げる。
「その女性は、聡明でどんな事にも前向きだ!多少、前向きすぎて危なっかしい所もあるがそれも民を想えばの事。そして、何よりこの私をしっかり支えてくれるであろう女性だ。もちろん、その女性を心から愛し、生涯幸せにしたいと思っている。その妻となる女性をこの場を借りて紹介しよう!」
絶対に、もう逃がしはしない。
彼女は気づいていないのだろうか?
俺が既に彼女しか見えていない事を。
俺に言った言葉はもう撤回など出来ない事を。
そして、もう二度と彼女を手放さない事を・・・・・。
「・・・シュテルン王国第3王女アリアーデ姫」
彼女の名を呼ぶと彼女は驚いたように振り向いた。
その表情も私をとらえて離さない事を彼女は知らないだろう。
彼女が驚いている隙に、俺は彼女を腕の中に閉じ込めた。
ずっと、こうしたかった。
やっと・・・・捕える事が出来た。
「で・・・でんか・・・?」
腕の中から見上げるアリア姫は何がなんだかわからないと言った表情だ。
「アリア姫。貴方がこの国を去ると聞いた時から私は、どうにか貴方を引きとめられないかと考えていた。しかし、その気持ちがなぜだかわからなかった。婚約者なんて必要ない。邪魔なだけだと思っていた。だけど、そんな私の心の中に貴方は土足で踏み込んできたのだ。それもずかずかと」
その言葉に彼女は困ったように眉を寄せた。
「そして、貴方は私の心の中に居座った。最初は、疎ましいと思った。しかし、貴方と話をするたび、貴方の顔を見るたび心の中の貴方は頑としてそこを動こうとしなかったんだ。それなのに、貴方がこの国から出て行った時、貴方が居座っていたそこがぽっかりと開いてしまったのだ。大事な何かを失くした様な気がした。そして、初めて私は貴方に傍にいてほしかったのだと気付いたのだ」
彼女を開放ししっかりと、彼女に伝える。
情けない俺だが、知ってほしかった。
「だが、既に時は遅かった。あなたはもう国に帰った後だ。貴方はこの国から出る事を願っていただろう。きっとここにいる事は貴方にとって苦にしかならなかったと思うと、貴方を追いかけることも出来なかった。・・・情けないだろう?」
自分で言っていて、本当に情けなさに思わず苦笑する。
彼女はここまでやってきたというのに・・・。
自分は手を拱いているだけとは。
「傍にいるのが貴方出ないのならばもう妃など誰でも良かった。国が妃を望むなら宰相達が選んだ娘を娶ればいいと思ったのだ。だが、この会場に入ってきた貴方を見て驚いた。私の贈ったブローチを着けていたのだからな。まるで、昔の話をそのまま再現しているのではないかと思ったよ。そして、貴方の言葉を聞いて私は決心した」
自分の想いはもう決まっていたのだ。
誰でもいいわけではなかった。
彼女出なければダメなのだ。
「アリア姫!どうか私の妻となってくれませんか」
膝をつき彼女にプロポーズをする。
これ以上情けない姿は見せられない。
私の行動に驚き、私の言葉に涙を浮かべる彼女を見て私は心が温かくなった。
「アリア姫・・・・。答えはYESでいいか?」
言葉がでない彼女は必死で頷いていた。
その姿に、私は頬が緩むのを止められなかった。
そして、誓う。
彼女を必ず幸せにすると。
二度と手放さないと----。
お、終わりました!!
アリア奮闘記を読んで下さった皆様。
今まで本当に、本当にありがとうございました。
初めて書いたお話がやっと終了した事に、少し肩の荷が下りた気がします。
番外編として、殿下奮闘記も書いてきましたが、あまりに縮めてしまった為、読みにくい部分がたくさんあったと思います。
最後も、ナーシャの部分を書こうかどうか迷ったのですが、アリア奮闘記の時にすでに結末は書いていますし、殿下自身あまり何とも思っていなかったので書く事がない!!と思いぶった切りました。(すみません・・・)
拙い文章を辛抱強く読んでいただいた皆様には本当に感謝致します。
これで、完結と致しますが、気が向いたらまた番外編をUPしようと思います。
皆さま!本当に・・・・本当に・・・・長い間、お付き合い頂きありがとうございました!! 羽月