殿下奮闘記9
彼女が帰って開いた胸の穴はふさがらないまま日々が過ぎて行った。
「殿下。いいのか?好きにさせても」
ルイガは私の横に来てそう言った。
「・・・・構わん。遅かれ早かれどうせ同じことだ。好きにさせておけばいい」
「だけど、あの宰相とデキてるんだろう?」
ルイガのストレートな言葉に思わず眉間にシワを寄せる。
「・・・まったく、新しくしたばかりだというのに、宰相職に就く連中はまともな奴はいないのか?」
「どうせ、仮の宰相だったんだろう?だったら、ちょうどいいじゃないか、あの女と一緒にどこかに飛ばしてしまえば」
ルイガの言っていることも最もだった。だが・・・・
「・・・・また、花嫁探しだのなんだの面倒なことはしたくない。とりあえず、婚約だけでもすれば周りも落ち着くだろう」
私の言葉に呆れたようにため息をこぼしルイガは私の部屋を後にした。
「・・・・妃など・・・・。あの人が私の隣でないのであれば誰でも同じことだ・・・・」
まだ忘れられない彼女のことを思い出してしまい思わず顔がゆがむ。
いい加減忘れなければ。
そのためにこの1ヶ月仕事を詰め込んでこなしてきた。
そこに、あの女が諸国に勝手に婚約パーティの招待状を贈ったとルイガから報告が来たところだった。
「・・・まったく、余計な手間を増やしてくれる・・・・」
深い溜息をつくと私は再び机に向かい残りの書類に目を通した。
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招待客が次から次に挨拶に訪れてきた。
「・・・おい、どうにかならないのか。なぜこんなに人を集めた!?」
朝からずっと王子使用をやってきていて、すでにイライラも限界に達していた。
「・・・だから言っただろう?好き勝手させておいてもいいのかと。お前がそれをさせたんだ。諦めてしっかりと客の相手をするんだな」
すぐ側にいたルイガはニベもなくそう言い放った。
思わず舌打ちをしたところに扉からノックの音が聞こえた。
「失礼します。殿下、そろそろお時間です」
外から別の騎士の声が聞こえ再び深いため息を着くとすぐに行くと返事をし、重い腰を浮かせた。
「・・・ま、頑張れよ」
憎たらしい友人の励ましの言葉でさえ、気分を重くするばかりだった。
「・・・・レオナルド殿下!!」
部屋を出て会場に向かうまでの廊下で、甲高い声で呼び止められた。
「・・・・・ナーシャ姫」
王子使用の笑顔で彼女を見つめた。
「殿下!私とても嬉しく存じます。やっと・・・やっとこの日が来たのかと思うと、昨日は夜も眠れませんでしたの」
いつもよりも気合の入ったメイクに、どれだけの贅を凝らしたのかと言いたくなるほどのドレスに身を包んだ彼女を見ると本日何度目になるのかわからないため息を飲み込み、笑顔で彼女に答えた。
「・・・いけませんね。しっかり眠らないと体を壊してしまいますよ」
彼女の言葉が嘘である様に、私も彼女同様、思ってもいない言葉を吐いた。
「あぁ・・・心配おかけして申し訳ありません。もう私ひとりの身体じゃありませんものね。あ、あの、殿下、どうか私を会場までエスコートしてくださいますか?」
恥ずかしげにうつむきながらそう申し出る姿に思わず眉がぴくりと動いた。
一体、誰の身体だというのだ。間違った言葉の使い方にも恥らないながら言っている事は大胆極まりないこともすべてが私を不快にさせる。
「・・・よろこんで・・・」
それでも、とりあえずはパートナーとしての勤めを果たすことは忘れない。
必要以上にくっついてくるこの女に虫酸が走りながら、俺は笑顔を貼り付け会場へと赴いた。
そして、俺とこの女が会場に到着すると周りは静まり、私の言葉を待った。
「・・・・・皆様、今宵私の為にお集まりいただき誠にありがとうございます。今はまだ宵の口。既にご存知の方々がほとんどとは存じますが後ほど私よりご報告したいこともございます。それまで、どうぞゆっくりと楽しんでいただきたいと思います」
私の言葉に歓声と拍手が起こると、私たちが入ってくる前と同じように音楽が鳴り、人々が歓談し始めた。
それを見下ろすように用意された席へつくと、私たちの周りには人が集まり始めた。
「・・・レオナルド殿下、この度はおめでとうございます」
まずはじめに挨拶に訪れたのは、隣国の王子だった。
「我が国へようこそ。この度は私の為にありがとうございます」
ニッコリと笑い挨拶を返すと2言3言喋り、殿下は私の側から離れた。
そんなことを、何度も繰り返すうちに表情は麻痺してきていた。
「・・・殿下。私少し疲れましたので、あちらで休ませていただきます」
ふと、隣からかの女の声がすると私の返事も聞かずに侍女を数人引き連れてさっさと歩いていってしまった。
「・・・一体何様のつもりなんだ。これだけの人数を勝手に呼んで置きながら、自分は休憩とは。まったくいいご身分だ」
ポロリと出た本音は周りの喧騒にかき消され誰にも聞こえることはなかった。
あの女もいなくなり、いい加減イライラも絶頂に来ていた所、ふと私の前に一人の女性が現われた。
このしばらくの間、忘れようと何度も何度も思っても決して私の心から離れることのなかった彼女の姿が私の目の前に映し出され、思わず目を見張り息を飲んだ。
「・・・・この度は、ご婚約誠におめでとうございます」
頭を下げ彼女の顔が隠れているのが幸いだった。彼女の言葉に私は険しい顔をしたのは間違えなかったと思う。
「アリア姫・・・・・」
下をむいている彼女の表情は全く見えない。だが、そこにいるのは確かに彼女だった。彼女は自分の名に反応し、顔を上げた。
しかし、彼女の顔を確認するよりもまず目に入ったものをみて私は再び息を飲んだ。
彼女の胸元には、私が贈ったブローチが付けられていた。
彼女は分かっているのだろうか?このブローチを付けてくる事の意味を。
いや、そんなはずはない。
私は別れ際に言ったのだ。『深い意味はない』と・・・・。
そんなことを考えていると、横からあの女の声が聞こえてきた。
「あら!アリア様!わざわざお祝いに来て下さったの?」
・・・なんてタイミングに戻ってくるのか。思わず舌打ちしそうになるのを堪え、女を思い切り睨みつける。
「・・・ナーシャ様。この度はご婚約おめでとうございます」
再び彼女の声に振り返ると、彼女は女に対して頭を下げていた。
そして、それをみた女が嬉しそうに彼女に向かって言葉を紡ぐ。
「まぁ!ありがとう!どうぞ頭を上げて?・・・あなたには・・・申し訳ないと思うけど、殿下は私を選んで下さったの。大変な想いをされたのに・・・本当、こういう結果になってしまってごめんなさいね」
女の言葉に思わず怒鳴りそうになった。
誰がオマエなどを選んだと言うのだ!!
しかし、それを言う前に女が私の腕に絡みついてきた。女を睨みつけるが女は一向に気にした様子もなくアリア姫をみて満足そうに笑っていた。
「・・・いいえ。どうぞお幸せになって下さい」
彼女の言葉に彼女がこの場を去ろうとしていることを察し、思わず私は彼女の腕をつかんだ。
その行動に、彼女をはじめ私に腕を絡ませている女も周りのものも私に視線を向けた。
何か、言わなくては!何か・・・・。そう思っても言葉が出ない。
「・・・・殿下・・・」
今にも泣きそうな声で私を呼ぶ彼女に私は、その腕をさらに強く握り締めた。




