殿下奮闘記7
宰相を城から追い出した後、私はリーナの元へと訪れた。
「・・・お兄様・・・・」
私の訪れにも昔の様な明るい笑顔は見られない。
「リーナ・・・。今日はお前の処分を言い渡しに来た」
その言葉に、リーナが息を飲んだのがわかった。
「・・・どのような裁きでも、私は罪を償います」
その言葉を紡いだリーナはしっかりと王女の顔となっていた。
私はそんなリーナを見て頷き口を開いた。
「では、沙汰を下す。まず、妃候補から外しお前には国に帰ってもらおう。そして、預かりは私の元、先5年以内にリフィル国再建の目途を着ける事とする。それ以降、援助は一切しない。いいか?5年だ」
私の言葉にリーナは目を丸くする。そして、その目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「お、お兄様・・・・」
「リーナ、お前は一国の王女だと自分で言ったのだ。その言葉は軽く発していいものではない。その言葉通りしっかりと国を立て直せる王女となれ」
リーナは首が取れるのではないかと思うほど縦に首を振ると、声を詰まらせながら礼を言っていた。
「あ、ありがとうございますっ・・・っく・・・必ず・・・必ず、殿下の期待を裏切りませんっ!!」
その言葉に私はにっこりと笑うと深く頷いた。
今回の件は、表沙汰になっていない事もあり彼女への表向きの罰は妃候補取消だけで問題はなかった。だが、やはりリーナには今回の過ちをしっかりと胸に刻みつけてもらいたかった。
「・・・お前なら出来ると私は信じているよ」
私はそう言うとリーナの部屋を後にした。
誰にも隙を浸け入られる事のないようしっかりとした国を築いてもらいたいものだ。
その想いを胸に私は再び自室へと戻った。
後日、リーナが城を出て国に帰ると聞いたが、私は見送りには行かなかった。それどころか、今回の見送りは一切禁止にした。
それこそ、表沙汰になる様な事がないように・・・。
「・・・リーナ様ならばきっと殿下の期待にこたえてくれるだろうよ」
ふと、扉の方から聞こえた声に私は視線をやった。
「・・・当たり前だ。出来ると思ったからこそリーナに託したのだ」
ルイガはその言葉を聞くと肩をすくめにやりと笑っていた。
「それはそうと、もう一人の方はどうするつもりなんだ?」
ルイガの言っている言葉に思わず眉間にしわがよってしまう。
「・・・どうするも何も、彼女をこの国に留めておく理由はなくなったんだから、国に返すにきまっているだろう?」
「・・・・本当にそれでいいのか?」
ルイガの言葉に更に皺が深くなる。
「・・・どういう意味だ?」
「どういうもこういうも、本当にアリア姫を国に返してもいいのかって聞いているんだ」
「・・・・俺にどうこういう権利はないだろう?」
その言葉にルイガは黙り込むとしょうがないとでも言いたげな溜息をついた。
「ま、お前がそう言うならいいけど・・・・。最後になるんだからきっちり心残りのないようにしとけよ」
そう言うと、ルイガはさっさと部屋を出て行った。
「・・・・一体、何が言いたいんだ。あいつは」
まったく意味がわからない事を言い残し去っていった友人の言葉を思い浮かべた。
「・・・心残り・・・・」
彼女に対して?
そんなものは別にない。例えて言うならばこんな事に巻き込んで申し訳ないと言うくらいか。
ふと、その時あるものが目にとまった。
「あれは・・・・・」
それに近づき手に取ると、また原因不明の胸の痛みに襲われた。
「・・・・突き返されたのだったな・・・・」
手の中に光るそれは、自らの手で作ったブローチだった。
彼女がガラス細工の施されたものが欲しいと言って贈ったものだったが、これの意味を知って彼女は私に返してきた。
「・・・・あの時は何も考えずに彼女に渡していたが、彼女にとってみれば迷惑だったのかもしれないな・・・・」
そう思うとまた苦しくなる胸の痛みから逃れる為、それを箱にしまい目に着かない様、机の引き出しに閉まった。最近はなかなか無視できなくなるこの痛みを忘れる為、私は仕事に打ち込む事にした。
今は、彼女の事について考えたくはなかった。
そうして、かれこれ1週間が過ぎようとしたころ、俺の部屋の扉が叩かれた。
「・・・誰だ」
声もかけずに扉をたたくだけなど心当たりは一人しかいないが一応問うて見る。
「失礼致します」
許可した覚えもないのにそいつは勝手に部屋に入ってくる。
「・・・・なんの様だ?クレイン」
扉の前に立っているのは1週間ぶりに見る顔だった。
「そうですね。まずは、ガラス細工の件のお礼を。殿下のおかげで素晴らしい職人と取引する事が出来ました」
「そうか、それは良かった。しっかりと我が国の伝統を宣伝してくれ。・・・他に用がないのであれば、私は忙しい・・」
「アリア様の件についてはどうなっているのでしょう」
私が最後まで喋り終わるのを待つことなくクレインは言葉を被せてきた。
いや、そう言われるのはわかっていたのだが。
「・・・・どうとは?」
「件の事も片付き、もう1週間立とうとしております。こちらの要の役人も全て決まったようですし、もう殿下も落ち着かれた事でしょう?それなのに、アリア様の事だけを置いておくとはどういう了見かと伺いたく存じますが?」
・・・いつもに比べ丁寧な言葉遣いになっているものの、言っている内容は『さっさとアリア様を国に返せ』と言う事だろう。
「・・・仕事が忙しく彼女の事にまで手が回らなかった」
実際、あれから宰相を始め新しい重臣たちを選ぶのに時間がかかった。また、リーナの国への援助についても色々と手をまわしていたりと忙しいのは本当だった。
「そうですか。ではすべてが決まった今は少しはお時間があると考えてよろしいですね?」
「・・・・・」
クレインの言葉に返す言葉が見つからない。
「・・・・アリア様は不安がっておられます」
クレインの言葉に思わずクレインを見た。その顔にはしてやったりと言葉を続ける。
「1週間待たされて何も音沙汰がない事を不安に思っております。もしや忘れられているのではないかと。今では妃候補と言う肩書もないのですから、いつまでもこちらに滞在する事はアリア様にとっても、殿下にとってもよくないのではないかと思いますが?」
クレインの言葉に眉を寄せるしかなかった。
「・・・・わかった。すぐに彼女に知らせてくれ。明日にでも謁見すると」
そう言った私の言葉にクレインは首を横に振った。
「いいえ。私の口からはお伝えする事はできません。そもそもここに来たのは私の独断ですから。どうぞ殿下ご自身がお伝え下さい。では、私はこれで」
また、私の返事も聞かず部屋を後にした。
残された私は、どかりと椅子に腰をおろし深いため息をつくしかなかった。
「・・・・なぜだ。こんな事俺らしくないだろう・・・・」
女などいらないと思っていたのに、なぜか彼女を手放したくなかった。
だから、彼女の事は考えない様にしていたのに・・・・。
もちろん、いつまでもそんなこと出来るわけがないと思っていたが、いざ彼女に会うと決意をすると再び彼女を手放したくないと言う思いが湧き上がってきた。
「・・・・とにかく、彼女の事もさっさと片付けてしまおう」
きっと、彼女がいなくなればこの気持ちも消え去るだろうと、私はすぐにアリアーデ姫に手紙を書いた。
明日には謁見し、国に帰る許可を出す為に・・・・。