殿下奮闘記6
彼女達のお茶会から部屋へ戻ると、私は思わず深いため息を付いてしまった。
「おつかれのようですね」
一緒に部屋を後にしたクレインが飄々とそう言ってのけた。
私はじろりと彼を睨んだ。
「・・・・どうして、言わなかった?」
そう問うが、彼は首をかしげながら答える。
「一体何のことでしょう?」
「リーナの事だ!!」
クレインは納得したかのようにうなづいた。
「あぁ。そうですね。殿下にはきついお話になると思いましたので」
「どこで話そうが一緒だ」
「そうでしょうか?まぁ、どちらにしても、早く宰相殿の処分をしたほうがよろしいと思いますよ。こうしている間にもリフィル国はくるしんでいるのでしょうからね」
まったくもって腹が立つやつだ!
しかし、これ以上クレインに問い詰めたところでこいつが何かを話すとは思えなかった。それに、こいつの言うとおり今は宰相のことが最優先だった。
「・・・そうだな。ルイガ!!」
私は、既に扉の外にいるであろうルイガに声をかけた。
「はい。お呼びでしょうか?」
「聞いたとおりだ。いますぐ宰相をここへ」
「はっ!」
ルイガはちらりとクレインに視線をやるとすぐに部屋を後にした。
「・・・今回の事では迷惑をかけた。これから、宰相をはじめそれらに関わる重心たちをそれぞれ処罰し新たに信頼できるものを置くこととしよう。今後、アリアーデ姫をはじめ、我が国にこのようなことがないことを約束しよう」
クレインに向き直ると私はそう約束した。
「・・・そうですか」
「それで、今回協力してくれた礼がしたいのだが?」
私がそう言うとクレインは少し考え顔を上げた。
「では、私事で申し訳ありませんが、この国の伝統である細工された商品を我が国で取り扱う許可をいただければ」
クレインの言葉に私は思わず首をかしげた。
「細工商品?」
「はい、私は騎士はもちろんですが副職として店を構えております。こちらの素晴らしい細工には目を見張るばかりで・・・。どうやってモノを仕入れようかと思いましたが、殿下がそれほどまでにお礼をしたいと申されるのでしたら、ぜひともお願いを聞いていただきたいのですが?」
いつのまにか私が懇願してお礼をしたような状況になっているのが気に食わないが・・・。
「よいだろう。我が国でしか取り扱っていないものだが、他国で知ってもらえるのであれば我が国の利益にもなるだろう」
「そうですか。では、早速商人との交渉をさせていただきますので、私はこれにて失礼いたします」
「あぁ、まて。これを持って行け。私が承認したと言う証だ」
そう言って私はサラサラっと自分の名前を書いた証書をクレインに渡した。
「・・・ありがとうございます。それでは」
そう言うと、クレインはさっさと部屋を後にした。
ひとり残された部屋で私は再び深い溜息をついた。
「・・・・はぁ~・・・・」
リーナの事に宰相の事。これからやることは山のようにある。
それでも・・・・・。先程、まるで自分の事のように心を痛め、私に懇願してきたアリアーデ姫の姿を思い出すと笑いが溢れてしまう。
本気で泣いて、本気で怒り。どこまでも自分の感情に素直な人だ。
そんな彼女を羨ましいと思う。
コンコン
扉が叩かれた。私は再び気を引き締めると「入れ」と返事を返した。
その扉の向こうから現れた人物は、何もなかったかのように平然としてふんぞり返っている。その姿に思わず眉を寄せる。
「失礼いたします。殿下、お呼びとのことですが、いかがいたましましたかな?あぁ、もしかして妃候補の・・・あのなんと申しましたかね?あぁ!アリアーデ姫を国にお返しする件ですかな?」
にやにやと下ひた笑いをする宰相に反吐が出そうだ。
「・・・・ほう。アリアーデ姫を早く国に返さなければいけない理由でもあるのか?」
「いえ。早く返すも何もあの姫が国に帰りたいとおっしゃったとか?それに、いつまでもこの国にいてまた何を企むか分かったものではありませんからね!さっさとお帰りいただいた方がこの国のためだと思いますが?」
白々しい言葉に思わず怒鳴りつけていた。
「いい加減にしろ!!お前ほど腐った奴は見たことがない!!何も知らないと思っているのか!?」
私の怒鳴り声に宰相は驚いたように目を開いたが、再びにやにやと笑いだした。
「はて?なんのことでしょう?私が何かしたとでも?」
「・・・では、何もしていないとでも言うつもりか?リーナを操り、リーナの祖国にまで手を出しておきながらお前はまだそんなことを言うのか?」
私の言葉に宰相は眉を寄せるも首をかしげていった。
「はて?なんのことでしょう?」
「とぼけるな!保管食料を横流し、リフィル国を脅し金品を奪い取るなど言語道断だ。証拠は全て揃っておる。観念しろ」
宰相の前に、今まで調べた(主にクレインが調べていたものだが)書類を宰相の前に叩きつけた。
宰相はその書類に目を通すたび顔が歪んできていた。
「・・・こ、このような事・・・・。で、でっちあげでございます!私がこのようなことするはずがありません!!」
「黙れ!!リーナもすべて白状した。お前のやったことは全て分かっておるのだ。いい加減にしろ!!」
そう言うと、宰相はなにを思ったかぶつぶつとつぶやき始めた。
「・・・こんな、こんなはずでは・・こんなはずであるわけがない・・・・」
宰相が顔を上げると私めがけて走り出した。どこから取り出したのか、手には短剣を持って。
しかし、それをルイガにすかさず止められ腕をひねり挙げられていた。
痛さに叫び、自分の愚かさに気づかないまま宰相は目の前で叫んでいる。
「お、お前ごときがこの国のトップにたつなど!!この国は私が王になってこそ輝くのだ!!この私が!!」
再びルイガに腕をひねり挙げられ痛さに悶えている。
そんな宰相を見下ろしながら私は情けない思いで口を開いた。
「今まで、お前みたいなのが宰相をしていたなど・・・。まったくもって、私は自分を情けないと思う。お前のような奴を見抜けなかったのだからな。だからといってお前の罪がなくなるわけではないがな。おまえは罪のないものを利用し、この国を謀った罪をしっかり償ってもらう。爵位の剥奪はもちろん、今あるお前の財産は全てリフィル国の再建に当てる。また、お前自身、身をもって農作物を作る大変さを味わってもらおう。北の荒地があったな。そこへ行ってまずは農地を作れ。期間は1年。その後、農作物を作ってもらおう。もちろんその土地は私の直轄地だ。農作物は全て収めてもらう。以上の事をひとつでも欠かかす事があれば、それ相応の覚悟をしてもらおう」
私の言葉に宰相はうなだれもう一言も口を聞かなかった。
「明日早速出発しろ。それまで、このモノを牢に閉じ込めておけ!!」
そう言うと、ルイガは宰相を引き起こし部屋を後にした。
がっくりと項垂れた宰相は、もう一言も口をきく事もなくルイガに連れられ部屋を出て行った。
それを見届けると、深いため息をつき私はソファーへと腰掛けた。
「・・・・ふぅ」
ふと、彼女の顔が浮かんだ。
「・・・これで、彼女は心置きなく国に帰れるだろう」
前々から国に帰りたいと懇願されていた。それでも、今回の件が片付かないうちに国に戻し、彼女の名誉に傷がつく事は避けたく、彼女をずっとこの国にとどめていた。
だが、その理由ももうなくなった。
そんな事を考えるたびに私は原因不明の胸の痛みに苦しめられる。
しかし、その痛みと向き合う事を無意識に避けていた事に、私は後に後悔することとなった・・・・・。