殿下奮闘記5
アリアーデ姫の滞在している部屋へ入ると私は息が止まるかと思った。
そこに居たのは、いつも私を兄のように慕ってくれていたリーナだったからだ。
私の顔を見たリーナは驚いたように私を見つめた。
「・・・・お、お兄様・・・・」
その言葉に私はハッとし慌てて言葉を発した。
「リーナ?どこへ行くのだ?今日はアリアーデ姫とお茶会と聞いてな。私も参加させていただこうと伺ったのだが?」
我ながら上出来だったと思う。
その言葉にますます顔を青くさせるリーナ。顔を青くしたいのは私の方だ。まさか、宰相の駒となっていたのがリーナとは思いもよらなかった。
震えそうになる拳をぎゅっと握り締め自分を律する。
ふと、リーナの頭越しにアリアーデ姫の姿が目に入った。
驚いている彼女はリーナを見て私の後ろにいるクレインに目が行っていた。
後ろからクレインの声が聞こえるが、彼女の瞳に自分が映らないことに私はなんだか苛立った。
彼女の側にくると、声をかけ私の存在に気づかせた。
「で、殿下?どうして、こちらに?」
彼女の驚いた言葉に私は少し苛立ちながらもその問いに答える。
「先程も言っただろう?今日はお茶会があるとクレインから聞いてな。何やら今日のお茶会は楽しそうな催しもあるようだし・・・?」
びくりと彼女の体が緊張するのが分かった。
それもそうだろう。無理やり作った笑顔はきっと張り付いて、自分の感情がうまく操れない。私に何も言わずに自ら危険な状況を作り出す彼女に腹がたっていたのだから。
だが、そんな感情で彼女を怯えさせたことに思わずため息がこぼれる。ちらりと彼女を見るとやはり少し怯えたように下をむいていた。なぜかズキリと傷んだ胸を無視しながら、私は彼女達先を進めた。
今は、リーナがなぜこのような事をしたのかを聞き出す方が重要だ。
アリアーデ姫は、諦めたようにため息をつくとその場にいたものを席へと座らせた。
「クレイン!こちらへ」
彼女の言葉にクレインが彼女のもとに寄り添った。
その姿は彼女を守る騎士そのものだった。なぜか再び痛くなる胸を抑えながら彼女へと視線を走らせた。
「リーナ様、・・・・先程も申し上げましたが、私は貴方を疑っております」
彼女から発せられる言葉に思わず息を飲み込む。
やはり、リーナが宰相と・・・・。しかし、なぜ・・・!!
「もちろん、それだけでこちらに御呼びしたわけではありません。確証がありませんでしたし、なぜそのような事をするのかわかりませんでした。そこで、クレインに貴方の国の事情を調べさせました」
彼女の言葉に私はクレインを見る。彼は彼女の言葉にうなづくように話を引き継いで話だした。
「・・・リーナ様。貴方の国の財政状況がかなり悪化していらっしゃいました。原因は作物の病気によるものですね・・・。農業国であるリフィル国にとってこれは一大事だ。しかし、これを長い間それに気付かず、すでに国中の作物がこの病気で収穫が出来なくなっている。国の財産を使って民に食料を配っておいでのようでしたがそれも底をつき、他国に頼らなくてはいけなくなっております。そこでこちらのフィルナリア国に援助を申し出ておられますね」
クレインの言葉に思わず声を挙げた。
「そんな話は聞いていないぞ!?」
国からの報告はもちろん、先程まで話していたクレインとの話にもそのような話は出てこなかった。
「その筈です。この件は宰相様の所で不正が行われておりました」
不正・・・。宰相のやっていた事はこのことだったのか。先程まで、話していた内容をふと思い出した。
クレインは、宰相が国の保管食料を他国へと横流しをしていると言っていた。金を稼ぎ出す為にそのような事を行なっているのはわかっていたが、まさかそれがリーナの国だとは思わなかった。
クレインの話すことに相槌を打ちながらも私は今まであったことを頭のなかでまとめていた。すると、リーナが我慢できなくなったかのように声を挙げた。
「違うわ!お父様は知らなかったのよ!フィルナリアが援助をしてくれているのだと思っていたの!!だけど援助の量は圧倒的に少ないし、送られてくるものは明らかに保存食ばかりだった。それで、お父様はおかしいとおもって調べたの。そしたら・・・・・ここの宰相がフィルナリア国の保管食料を勝手に横流ししてたって・・・・・・・・最初はお父様も大変な事をしてしまったとすぐにでも陛下の元へ行こうとしたわ。でもそうしたら宰相が・・・・、すでに横流しした食料を使ってしまっている。お前は同罪だと。陛下の元へいけば食料の援助も打ち切ると・・・。お父様は悩んだわ。今、援助を打ち切られてしまっては民はどうするの?他国にお願いしたところで、援助される量は微々たるものよ。全国民にまで行き渡らない。もう選択肢がなかったの!食料を我が国に横流しする代わりに金品の要求が始まったわ。ただでさえお金がなくて民が困っているのに!!それでも、民の為には食料が必要だった!お金になるものより生き抜くために食べなければいけなかったの!!」
リーナの頭がどんどん下に下がっている。いつも明るいリーナがこんなにも苦しい思いをしていたのに、それに気づけなかった自分の愚かさが悔しかった。何も気づけないで何が兄だ!そんな事を思っていると再びリーナは話し始めた。
「・・・そんな時、殿下の花嫁探しの話が上がったの。宰相は私を妃にしてもっと動きやすくなりたかったのね・・・。私の所に国を助けたければ妃になるように努めろと言ってきたわ。おかしな話だわ!兄弟の様に育ったお兄様の所に嫁に行けですって?しかもお兄様が選ぶのでしょう?無理に決まっているわ!だってお互いに恋愛感情もなければ政治的意味もないんですから!それに、私か宰相の姪が妃にならなければ宰相の力が弱まるのは目に見えてた。だから、私はアリア様を応援したかった。それなのに・・・あの男、我が国への援助を止めたのよ!!このままではアリア様が妃になりかねないからと!!ただそれだけの事で、民を見殺しにするような事を!!」
彼女の言い分は最もだと思う。しかし、私はどうしても抑えられない怒りで声を発してしまっていた。
「・・・・だから、アリアーデ姫を陥れようとしたのか?」
すると、彼女は泣きながら叫んだ。そして、自分は国を守る立場にあるのだから!と。
私は、その言葉に何も言えなくなってしまった。
もし、自分が同じ立場になってしまったらどうなのだろうと。民の命を守るために誰かを陥れる事も厭わないのだろうかと。
しかし、答えなどでない。今現在、私はその立場に置かれてもいなければ、リーナとは立場も違う。私ならもっと違う方法で民を救おうとするだろう。だが、彼女は民を救うため今回の事を起こしたのだろう。それが最善だと思って・・・・。
それでも、彼女は間違いに気づいた。アリアーデ姫の人柄を知って自分の過ちに気づいたのだろう。そして、国と宰相の板挟みにあって彼女は苦しんだのだろう。
すべては、我が国の宰相・・・あいつだ。
私はため息をつくと辺りを見回して言った。
「・・・つまりは全て宰相が黒幕と言う訳か・・・・。しかし、リーナ。お前のやった事も無罪放免と言う訳にはいかない。わかっているな?」
いくら間違いに気づいたところで、リーナのやったことは許されることではない。
それはリーナ自身よくわかっていることだろう。彼女はうなづくと民の心配をしていた。
もちろん、こちらにも原因はある。彼女の国への援助は続ける事をリーナに約束した。