殿下奮闘記2
ふっと傍に寄ってきたアリアーデ姫からはふんわりと花の香りが漂ってきた。
その香りを閉じ込めてしまいたいと思った。
そんなアリアーデ姫に簡単に触れるルイガの手を斬り落としてしまいたくなった。
・・・なんとか注意だけで我慢したが。
「なんなんだ・・・これは」
自分の胸に手をあてるが、さっぱりこの気持ちがわからない。
「・・・いや、今はとにかくこの犯人を探し出さなければな」
雑念を吹き飛ばす様に首を横に振った。
片付けなければいけない事はいつも山積みだ。
「・・・・アイツを着けておけばとりあえず大丈夫だろう」
仕事をしようと思ったはずなのに、すぐに彼女の事が気になってしまう。
いや、彼女を嵌めようとしている奴がいるのだ。
それも、この国の者が関わってる可能性が高い。
「そうだ。だから、気になるだけだ」
そう自分を納得させると、仕事に取り掛かった。
あと少しで目の前の山積み書類が片付くと言うところまで来たところタイミングを見計らったように、ルイガが私の部屋へやってきた。
「・・・・そんなに根詰めてちゃ体壊すぞ」
またしても、ノックもなく部屋に入ってくる。
これがルイガでなければ首が飛んでいるところだ。
「お前・・・。アリアーデ姫の傍にいろと言ったはずだが?」
書類から目を上げる事もなくルイガにそう言い放つ。
「そのアリアーデ姫の事で報告しに来たんだよ」
どかっと座るルイガの言葉に思わず顔を上げる。
「何かあったのか!?」
「・・・とんでもないお姫様だな。あのアリアーデ姫は」
俺の言葉など無視してルイガは溜息をつきつつ話を続けた。
「昨日の今日で早速図書室へと足を運んだんだ。今もまだ疑いは晴れてないのにわざわざ。いや、まぁそこまでは百歩譲って良しとしよう。本を借りるには図書室に行かなきゃいけないからな。だけど、様子がおかしいから問い詰めてみればそこで怪しい奴と会ったって言うんだ。まったく、あの姫さんは何を考えているんだか。自分でそれを確かめようとしてたぜ」
そして、ルイガは昨日あった事を事細かに伝えてきた。
その話を聞いて俺は危険をおかし、その場所へ行ったアリアーデ姫が許せなかった。
ルイガが来る少し前に、図書室を張らせておいた影から再び密書が見つかったと連絡を受けたばかりだったから余計に腹が立った。
「おい!誰か!アリアーデ姫をここへ呼べ!」
わざわざ自ら危険を冒すなどもっての外だ。何かあってからは遅いんだ!!
その事を一言いってやらなければ気が済まなかった。
だが、俺のところへ訪れたアリアーデ姫はしおらしく頭を下げた。
その姿を見てしまうと、それ以上責める事はできずとにかくアリアーデ姫が犯人だと疑っていない事を告げた。
もちろん俺は確信していたが、状況的にもそうである事を伝えて安心させてやりたかった。
きっと、今度の事で心を痛めているのはアリアーデ姫なのだから。
そして、その後再びアリアーデ姫の香りを嗅ぐ位近い位置に接近してしまい、頬が緩んでしまいそうになるのを抑えながら俺はアリアーデ姫の後ろ姿を見送った。
あの後は、アリアーデ姫が何気なくかけてくれた言葉でなぜかやる気がわいてきて次から次に仕事を終わらせ、彼女の件も調べさせていた。
なのに・・・。そこにまたもや現われてほしくない客が現われた。
「・・・・ご無沙汰いたしております。殿下」
片膝をつき胸の前に手をあて、敬礼しているの目の前の男をみてなぜか胸騒ぎがした。
「・・・何の用だ」
出会いが出会いなだけにこの男の事はなぜかあまり好きになれなかった。
「はい。我が姫より言伝を預かって参りました」
「アリアーデ姫から?」
男の言葉に思わず頬が緩みそうになるのを抑えて先を促した。
「なんだ?」
そう問うと、男は顔を上げこちらを睨むように見据えてくる。
「・・・・・アリア様が祖国に帰りたいと申しております。もちろん、あなたの妃候補を辞退したいとも」
男の言葉に俺は耳を疑った。
この男は何を言った?アリアーデ姫が祖国に帰る?俺の妃候補を辞退?
それらの言葉に思わず男を睨みつける。
「・・・・どういうことだ?」
怒鳴りつけたいのを我慢して問うと同じように睨みつけてくる男が口を開く。
「・・・どういう事もこういう事もないでしょう?こちらへ来られてからアリア様のご心労は考えられないくらい増えました。こうなって当然の結果ではないでしょうか?それに、アリア様を苦しめている者を未だ見つけ出せないとは大国が聞いてあきれる。内情は大したことないのではありませんか?」
嫌みどころかストレートにそう言う男に俺も思わず言い返してしまう。
「厄介事を持ち込んでいるのはお前たちだろう?これだから、妃などいらんというのだ!!」
言ってしまった後にしまった!と思った。
目の前の男はニヤリと笑うと口を開いた。
「でしたら、我が主の願い聞き届けて頂けますね?」
わざと俺を怒らせそう言うよう仕向けられた。
頭を抱えながらどうにかそれを回避できないか考えた。
「・・・っ!とりあえず、アリアーデ姫を候補から外す事だけは考える!明日、姫に謁見室へ来るように伝えてくれ」
それだけ言うと、自分の部屋であるにも関わらずその部屋を後にした。
これ以上あいつと話していると何だかいらない事まで言ってしまいそうだった。
次の日、正式にアリアーデ姫を呼べば、周りの者達に本相をさらすわけにもいかず大人しく彼女に話をした。
奴に行った事とは全く違う事を。
もしかしたら、彼女の本意ではないのかもしれない。奴が心配のあまり勝手な事いっているのかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて・・・・。
しかし、それを告げるアリアーデ姫の表情にそうではない事を知らされた。
離したくない。だけど、彼女のあんな苦しそうな顔を見たくはない。
そう思うと勝手に口から零れていた。
「・・・・もう、わかったから。頭を上げろ」
諦めの言葉。すぐに彼女を国に返してやる事は出来なかった。
国同士の結婚となればしがらみがたくさんある。
それを上手く丸め込まなければ、帰った後のアリアーデ姫の立場も悪くなる事だろう。
なぜか胸の奥が締め付けられるように痛い。だが、それを態度に出す事はできない。
必死で取り繕って言葉を紡いでいると、ふと、アリアーデ姫の様子がおかしい事に気がついた。
しかし、気づいたときには時すでに遅し。
にっこり笑ったかと思うとその場に倒れてしまった。
慌てて、彼女の傍に駆け寄り医者を呼ぶと彼女の倒れた原因は過労だった。
青白い顔をした彼女を抱えると、羽が生えているのではないかと思うくらい軽く柔らかかった。
こんな彼女に無理をさせていたかと思うと更に情けなさが募った。
部屋まで連れて行き彼女の侍女に後をまかせると、俺は早々に部屋にもどりルイガを呼んだ。
「・・・・彼女を国に返す・・・・・」
ぽつりとつぶやいた言葉にルイガは驚いた様子も見せず、俺の次の言葉を待つようにじっとしていた。
「・・・・最後に、彼女の心労を払ってやりたい。このまま彼女が疑われたままなど俺は決して許さない」
そう言った俺に、ルイガはにやりと笑うと素直に頷いた。
「まぁ、そういうだろうと思って用意はできてるさ」
その言葉に目を丸くすれば、幼いころから一緒にいるルイガならば俺の考えを知ることなどたやすいのかもしれない。
「・・・・そうか、ならちょっと耳を貸せ。こればっかりは内密に事を進めなければな」
ルイガに今回の作戦を耳打ちすると先程の笑みよりもさらに深くにやりとするルイガに思わずため息をつきたくる。
「・・・へぇ。お前がそこまでするとはね。面白そうだ」
そういうとルイガはさっさと部屋を出て行った。
言葉少なく意図が伝わるのはいいが、いまいち軽いノリに俺は大丈夫かと心配になる。
まぁ、あれはあれできっちりやってくれると信じているから俺の右腕となってくれているわけだが・・・。
そんな幼馴染に溜息をつきながら、俺は俺で早速重臣達に召集をかけた。