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「皆様、この度我が国をより安定させ、次期国王の母となる為にこの度、私は一人の女性を選んだ!」
顔を上げたかと思うと殿下は突然会場に響き渡る声でそう告げた。
私はその場で膝をついたまま・・・・。
頭の上で聞こえる殿下の声に私は涙がこみ上げる。
「その女性は、聡明でどんな事にも前向きだ!」
殿下は誰からも見やすい位置に移動すると更に言葉を続けた。
私の事などなかったかのように・・・・。
当然だろう。こんな事はあってはならないのだ。
これ以上この場にいては邪魔だろうとそっとその場を離れる。
その時、いつの間にか殿下の隣りに寄り添うナーシャの姿が目に入った。
・・・あぁ・・・お似合いだわ・・・。
自分の魅力を最大限に引き立て、毅然とした姿で寄り添うナーシャ。
「多少、前向きすぎて危なっかしい所もあるがそれも民を想えばの事」
殿下の言葉に私は安心する。
よかった。ナーシャ様は私が思っていたよりずっと素敵な人だったんだわ。
殿下の幸せを願い目立たない様そっと階段を下りる。
「そして、何よりこの私をしっかり支えてくれるであろう女性だ」
会場から拍手が起きる。
下に下りてしまえば人ごみに紛れ私の存在は目立たなくなった。
皆、殿下の言葉に釘付けだ。
「もちろん、その女性を心から愛し、生涯幸せにしたいと思っている。その妻となる女性をこの場を借りて紹介しよう!」
その瞬間、皆の目が一斉にナーシャに注がれる。
その言葉に私の胸に痛みが走る。
とにかく私はこの会場から出てしまいたかった。
殿下が他の女性と幸せそうにほほ笑む姿を見る余裕は私にはない。
こぼれそうになる涙をこらえながら扉に手をかけた瞬間。
「・・・シュテルン王国第3王女アリアーデ姫」
・・・・え・・・・・・?
聞き間違えかと、ふと振り返ると今まで立っていたはずの場所に殿下はおらず、私の方へ向かって歩いてくる。
殿下が何を言っているのか、何をしようとしているのか理解が出来ず、その場に立ちすくんでいると、どんどん殿下との距離が近くなる。
「アリア姫!」
ふとその声を聞いた時には、私は殿下の腕の中にいた。
「で・・・でんか・・・?」
殿下の肩越しから見える景色の中に、何が起こったのかわからない顔をしたナーシャが見えた。
しかし、気分は私も同じだ。
「アリア姫。貴方がこの国を去ると聞いた時から私は、どうにか貴方を引きとめられないかと考えていた。しかし、その気持ちがなぜだかわからなかった」
抱きしめられたまま、殿下は話始めた。
「婚約者なんて必要ない。邪魔なだけだと思っていた。だけど、そんな私の心の中に貴方は土足で踏み込んできたのだ。それもずかずかと」
「で、殿下・・・・」
誉められているのか、けなされているのか不思議な気持ちだ。
「そして、貴方は私の心の中に居座った。最初は、疎ましいと思った。しかし、貴方と話をするたび、貴方の顔を見るたび心の中の貴方は頑としてそこを動こうとしなかったんだ。それなのに・・・」
キュッと私の肩を掴むと、殿下の腕の中から解放された。
しかし今度は殿下の視線に捕えられた。
「貴方がこの国から出て行った時、貴方が居座っていたそこがぽっかりと開いてしまったのだ。大事な何かを失くした様な気がした。そして、初めて私は貴方に傍にいてほしかったのだと気付いたのだ」
殿下の言葉に、先程までとは違う涙があふれてきた。
「だが、既に時は遅かった。あなたはもう国に帰った後だ。貴方はこの国から出る事を願っていただろう。きっとここにいる事は貴方にとって苦にしかならなかったと思うと、貴方を追いかけることも出来なかった。・・・情けないだろう?」
殿下は私から視線を外すと自嘲気味に笑った。
「傍にいるのが貴方出ないのならばもう妃など誰でも良かった。国が妃を望むなら宰相達が選んだ娘を娶ればいいと思ったのだ。だが・・・・・」
肩に置かれた手を離すと殿下は改めて私の目を見た。
「この会場に入ってきた貴方を見て驚いた。私の贈ったブローチを着けていたのだからな。まるで、昔の話をそのまま再現しているのではないかと思ったよ。そして、貴方の言葉を聞いて私は決心した」
そういうと殿下は膝をつき私の手を取った。
その行動に私は驚き、思わず声を上げた。
「で、殿下!!おやめ下さい!!」
「アリア姫!どうか私の妻となってくれませんか」
私の声をさえぎるかの様に殿下はそう言った。
叶わないと思ったその願い・・・。
その言葉に、目からは止めどなく溢れる涙。
私は言葉が出なかった。
もちろん、答えなんて決まってる!
それでも、声が出なかった。
「アリア姫・・・・。答えはYESでいいか?」
殿下は立ち上がると止まらない涙をすくってそう聞いた。
コクリと頷くだけで私は精いっぱいだった。