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静まりかえった会場の中誰一人として声を出さない。
そして人々の視線は殿下へと注がれていた。
「・・・・お前はそれをつけてきた意味をわかっているのか」
普段の王子ではない王子の言葉に周囲がざわめく。
しかし、私の耳に入ってくる言葉は殿下の言葉だけだった。
「・・・もちろんです。私の想いを最後に伝えたくこれを着けて参りました。・・・しかし、この様な騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」
右腕を掴まれたまま、私は深々と頭を下げた。
この様なめでたい場所で私は一体何をしているのだろう。
伝えたいと思ったこの想いは皆に迷惑をかけているだけではないか。
情けない想いに涙がこぼれ落ちそうになる。
「・・・想いを伝えるとはどういう意味だ」
頭の上から振る低い声が会場中に響き渡る。
この中で私の気持ちを伝えろと言うのか・・・。
答えは明快なのに。
お父様、お母様、国の皆・・・。
私のせいで迷惑をかけるかもしれない。
ごめんないさい。
心の中でこの後の出来事を想像し国の皆に謝罪をした。
そして、息を吐くと私は覚悟を決め頭を上げ殿下をしっかりと見据えた。
「私はレオナルド殿下の事を愛しております。その想いをお伝えしたくこれを着けて参りました」
胸に輝くブローチに手を添え、しっかりと殿下の目を見る。
殿下の目は見る見るうちに大きくなり、こぼれ落ちるのではないかと思うくらいだ。
右腕を握っていた手からも力がなくなりすっと私は腕を引いた。
殿下は呆れているのだろう。
それもそうだ。殿下にとってはこんなくだらないことで大事なこのパーティーを台無しにされたのだ。
どんな咎めも受けるつもりだ。
ただ、国に迷惑がかかる事だけが心配だったが。
そんな事を考えていると、笑い声が響いてきた。
「ほ、ほほほ!アリア様!お可哀そうに!!殿下もお人が悪いですわ!!この様な大勢の前でそんな事を言わせるだなんて。アリア様、お気になさらないで。殿下を慕っている方は大勢いますもの。しょうがないですわ。しかし、少し時と場所をお選びになった方がよろしかったわね。貴方の様な聡明な方がこの様な場所でわざわざ恥をかくなんて・・・・。それに、私とても申し訳なく思いますわ。私が気づいてお止すればよかったのに・・・気がづかなくて本当にごめんなさい」
ナーシャの言葉で会場からも嘲笑がこぼれる。
さすがに、私だってこのようなつもりはなかった。
「・・・申し訳ありません、殿下、ナーシャ様。皆さまにもご迷惑をおかけ致しました。どんなお咎めも受けるつもりです」
膝をつき頭を下げた。
その時だ。
「黙れ!!」
殿下の大声が再び会場中に響く。
私も、驚き顔を上げた。
すると、殿下は険しい顔で私を見ていた。
「・・・・それは、本当か?」
つぶやくような声で私に聞く。
「・・・・・はい。どんなお咎めも受けるつもりです」
「そうではない!!お前が私を愛していると言った事は本当なのかと聞いているのだ!」
怒鳴るような大きな声で殿下が言った事に、会場からまたくすくすと笑う声が聞こえた。
その事に自分が言っている事が間違っているかのように思え思わず俯いてしまう。
「・・・申し訳ありません。身分をわきまえずこの様な事を申し上げ・・・・」
最後まで言い終わらないうちに殿下が更に声を上げた。
「そんな事はどうでもよい。お前は本当に私の事を・・・・」
そこまで言うと殿下は言葉に詰まった。
ふと顔を上げると、そこには悲しそうな顔をした殿下が私を見下ろしていた。
「・・・はい。私は殿下を愛しております」
殿下の言葉を引き継ぐように私がその言葉を繋ぐ。
なぜかもう一度きちんと伝えなければと思った。
もちろん、これは決して届かない思いだと解っているのに・・・。
私の言葉を聞いた殿下は再び目を開き驚いた顔をしたかと思うと、私から視線をそらし顔を上げた。