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眩しい光の中、私は足を踏み入れた。
会場にはたくさんの人。
ふと視線を上げ遠くを見やるとそこに会いたかった人物がいた。
「・・・・遠いわね・・・・・・」
しかし、本来であればこれが本当の距離なのだろう。
心がくじけそうになるが、私はもう一度殿下を見るとそちらへと歩き始めた。
殿下の元へ行くまでには見知った顔がちらほらとあった。
こちらに声をかけてこようとされた方もいたが、簡単に会釈をすると近寄ってくるなというオーラを放った。
「後少し・・・・」
距離が近づくにつれ、心臓の音も大きくなる。
私はマリアが着付けてくれた淡いピンクのドレスを払いながら目指す先へ歩く。
私たちよりも少し高い位置にいる殿下。
きっともう気づいているのだろう。
私の視線と殿下の視線がぶつかる。
「・・・しっかりしなさい。アリア・・・・」
殿下がいる位置まで数段のこの階段をのぼるだけ。
深呼吸をするとその階段を登った。
目の前には殿下や婚約者に挨拶する為に訪れていた何人かの貴族の方や他国の方がいた。
しかし、私はまっすぐに殿下の元へ行くと膝を下り頭を下げた。
「この度は、ご婚約誠におめでとうございます」
一言だけ伝えた。
それ以上は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
喉の奥に張り付いたように言葉が出てこない。
「アリア姫・・・・・」
殿下の声が頭の上から聞こえた。
気づかれないように息をひとつ吐くと顔を上げにっこりと笑った。
すると、殿下が息をのむのがわかった。
これを見て殿下はどう思っているのだろう・・・。
この様な場所に着けてきていい物ではない事はわかっていた。
だけど、どうしてもこれをつけているところを最後に殿下に見て頂きたかった。
あなたからもらったこのブローチに私の想いをこめて。
お互いに言葉を発する事無く向き合っていると、横から声が聞こえた。
「あら!アリア様!わざわざお祝いに来て下さったの?」
声の主はわざとらしく私たちの間に入ってきた。
「・・・ナーシャ様。この度はご婚約おめでとうございます」
ナーシャの方に向き直ると頭を下げ祝いの言葉を述べた。
「まぁ!ありがとう!どうぞ頭を上げて?」
そう言うとふっと悲しそうな顔をして私を見た。
「・・・あなたには・・・申し訳ないと思うけど、殿下は私を選んで下さったの。大変な想いをされたのに・・・本当、こういう結果になってしまってごめんなさいね」
そういうと殿下の左腕に自分の腕をからませた。
その姿にズキリと心が痛む。
「・・・いいえ。どうぞお幸せになって下さい」
覚悟をしていた事とはいえ、これ以上は2人の姿を見る事に居た堪れなくなりその場を後にしようとした。
しかし、後ろを向いたその瞬間右腕が引っ張られた。
「・・・・殿下・・・」
引っ張られた腕の先を見て見ると左腕にはナーシャがくっついたまま右手で私の腕を掴んでいた。
「まぁ!殿下どうなさったのです?アリア様はもうお帰りになられるそうよ?」
先程の表情とは打って変わり引き攣った笑顔で殿下の左腕を引っ張る。
「うるさい!お前は離れていろ!」
引っ張られたその腕を振り払った勢いでナーシャは後ろに飛ばされ尻もちをついていた。
振り飛ばされたナーシャもそれを見ていた私も思わず目を丸くしてしまった。
しかし、そんな事を気にする事もなく殿下は私の右腕を力強く握った。
「で、殿下?」
この様な場所で、王子でない殿下に私はハッとする。
「・・・・なぜだ。なぜそれをつけてきた」
鬼の形相とはこういう事を言うのだろうと冷静な事を考えていたが、状況はそうそう冷静にはさせてくれなかった。
「殿下!!何をなさっているのですか!!」
たぶん新しい宰相であろうその人が大きな声を上げながら殿下に近づいてきた。
「殿下!!酷いですわ!婚約者である私を突き飛ばすだなんて!!」
尻もちをついていたナーシャも侍女に手を貸してもらい立ち上がりながら殿下の元へ戻ってくる。
それでも、殿下は私の右腕を離そうとしない。
「・・・それの意味をわかっているのか・・・」
ぽつりとつぶやく殿下の言葉は周りの言葉にかき消され私の耳に届いては来ない。
「殿下!その娘の手を早くお離し下さい!一体何をされているのか、わかっておいでなのですか!!」
すぐ傍まで来た宰相まで私の右腕に手をかけたその時。
「触るな!!」
殿下の大声で周りがシーンと静まりかえった。