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「・・・・殿下」
少し高い目線の殿下。
台座に乗っている椅子に座っているのだから当然と言えば当然なのだけれども・・・。
「アリアーデ姫」
低く威圧感のある声が上から降ってくる。
「はい・・・」
「この度は貴方を危険な目にあわせて済まなかった」
その言葉にふと目を上げた。
「・・・そんな驚かなくてもいいだろう。宰相がした事とは言え、我が国の失態だ。私が謝って当然だろう」
態度はいつも通りなのだが一応謝っているらしい言葉に笑いがこぼれた。
「いいえ。気になさらないでください。・・・あなたこそ、妹の様に可愛がっておられたリーナ様がお辛い目に会ったことで同じように傷つかれた事でしょう。私が至らないばかりにリーナ様にもお辛い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
頭を下げ謝罪をする。
「・・・・今回の事で辛い思いをしたのは貴方だろう。・・・・この国にいる事は辛いか・・・」
最後の言葉は周りに人がいないから聞きとる事が出来たのではないかと思うくらい小さな声だった。
「いいえ!!そんな事はありません。この国・・・、殿下は私を信じ良くして下さいました。私につけて下さった侍女のフィーナも騎士のルイガ様も!」
「ならばなぜ!!・・・・・いや、なんでもない」
何かを言いかけて辞める殿下。
ひとつ咳払いをすると殿下はこちらへ下りてきた。
「・・・アリアーデ姫。いや、アリア姫と呼んでも?」
親しいものしか呼ばない私の愛称。
目の前に立つ殿下にそう言われ私は頷く。
「アリア姫・・・・。最後の手土産だ。これを受け取ってくれるか?」
私の手を取りその中に何かを握らせた。
殿下の手が離れるとそっと手を開いた。
「・・・・!!殿下!!」
私の手の中に収まっている物は以前にも目にした事があった。
「・・・それは貴方に差し上げたものだ。深い意味に取らなくていい」
それを手の中に収めると私の傍から離れ、また元いた場所に戻っていく殿下の後ろ姿から声が聞こえる。
「・・・しかし、これは・・・・」
「持っていてくれないか?」
私の言葉をさえぎって声が降ってくる。
殿下は既に元の場所に戻っていた。
「・・・・他の誰かに差し上げることもない。以前も言ったが貴方に持っていてもらった方がそれも意味をなすだろう」
私の手の中で輝き続けるものを指さし殿下はそう言った。
殿下の顔ははにかむように、しかしどこか悲しそうな顔だった。
その顔を見たときにまた私の心に鈍い痛みが走った。
「・・・殿下・・・・・」
目を瞑りそれを握りしめると私ははっきりと悟った。
この痛みの意味を。
だけど同時にこの痛みが和らぐ事がない事も。
キュッともう一度手の中にあるそれを握りしめると意を決し、殿下の方を向いた。
「殿下。ありがとうございます。大事にさせて頂きますわ。・・・・・色々ありましたがお世話になりました。この国の繁栄を心よりお祈り申し上げます」
そういうと今まででもっとも深く頭を下げ、その部屋を後にした。
----殿下が好き----
この想いは告げてはならない。
自分から殿下の傍を離れたのだ。
そんな私に告げる資格はない。
きっと、言ったところで殿下を混乱させてしまう。
ううん・・・。
自分が傷つきたくないだけなのよ・・・。
殿下は始めから言っておられたんだから。
妃は必要ないと・・・・。
「気づいたら失恋ね・・・・」
嘲笑の様な笑いがこぼれた。
自分の部屋へ戻る間だけが一人になれる時間だった。
こぼれ落ちる涙。
「・・・もっと早く気付ければ・・・・」
後悔したところでもう遅い。
既にこの国を出ることとなっていたのだから。
そして、手の中にあるそれは『最後の手土産』と言った。
もう間近でお会いする機会もないという事だろう・・・。
当たり前だ。
国の規模が違いすぎる。
殿下の傍へ行くような事はもうないだろう。
「ふふ・・・でも殿下?これは『最初で最後の手土産』が正解ですわ・・・」
自嘲気味つぶやいて手の中にあるそれをじっと眺めた。
キラキラと輝くそれ。
この国の紋章が真ん中にあるそれ。
殿下ご自身が作ったそれ。
以前に見た時から何の変わりもなく私の中で輝き続けているそのブローチ。
「・・・本当にこの意味の通りだったらよかったのに・・・・・」
そう呟き自分の与えられた部屋へと足を踏み入れた。
こうして踏み入れることも最後となるだろうと思いながら。