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「そうだったわね・・・・・」
あの時誓ったはずだった。
私自身を大事にする事。
でも、今回の場合は?
自分自身を大事にする事で一体誰が救われるというのだろう。
「難しいわ・・・・クレイン・・・。一体、私にどうしろというの?」
あの時と状況は全く違う。
今回は何をすれば誰を守れるのだろう?
頭を抱えて悩んでいると、扉からノックの音が聞こえマリアが部屋に戻ってきた。
「アリア様?どうかされましたか?」
「いいえ。なんでもないわ」
「?そうですか?では、こちらにペンと紙を置いておきますね」
「ありがとう。マリア」
礼を言った後はまだ少し休ませて欲しいと、マリアを下がらせた。
一人になって、先程の事を考えたがどうすればいいか一向に考えが浮かばずふと視線を泳がせると、先程マリアが持ってきたペンと紙が目に入った。
「・・・・とりあえず、今は殿下にお礼の手紙を書きましょう・・・」
悩んでいても仕方がないと、先程ここまで運んでくれたお礼と、私の願いを聞き入れてくれたお礼の手紙を殿下宛に書いた。
「・・・でも、これも密書と間違われたりしないかしら・・・・」
ふとそう思ったが、中を見れば密書とは程遠い内容だ。間違えられることもないだろうと書いた手紙を封筒に入れ封をした。
「マリア!」
呼んだらすぐに部屋にマリアが入ってきた。
すぐ隣の部屋で待機していたのだろう。
「御呼びですか?」
「ええ。これを殿下に届けて頂戴」
書いた手紙をマリアに預け殿下の元へ向かわせた。
後は、ここで妃候補辞退の承認と国に帰る為の承認が下りるのを待つだけだった。
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「戻りました!」
少しして、マリアが戻ってきた。
「渡してくれた?」
「はい。殿下に直接という訳には参りませんでしたが、殿下の近衛様にお預けいたしました」
「そう、ありがとう」
ベットから下り、開け放たれた窓へと近づいた。
「・・・・アリア様、お体の具合が宜しいようでしたら、お茶でもお入れしましょうか?」
「・・・そうね。お願いするわ」
ふと、窓の外に目をやるとそこからは後宮の庭が見えた。
庭の散策に出たらたびたび殿下にお会いした噴水もここからよく見えた。
また、殿下はあの噴水で休んでいらっしゃるのかしら?
そういえば、お約束した休息の時間も差し上げることが出来なくなってしまう。だけど、ガラス細工も頂いたわけではないし、お互い約束は果たされなかったということになるわよね・・・・。
私はあの時見たブローチを思い出した。
・・・・・殿下が持って来て下さったあのブローチは本当に素敵だった。
あの時はブローチの意味を知ったことで大騒ぎになってゆっくりとは見れなかったけれど、それでもすごく繊細な細工がされていた事が一目でわかった。あれを殿下が作られたなんて・・・・。
「・・・アリア様、お茶が入りました」
マリアの声がして私は窓から離れ、すぐ近くの椅子に座った。
「熱いので気をつけて下さいね」
そういうと目の前に紅茶の入ったティーカップを置いた。
「ありがとう、マリア」
暖かい紅茶を一口飲むと今までの事が遠い昔の事の様に思えた。
窓から吹く風は、ここが大好きなシュテルン国で、いつも通りマリアがいて、エレナに内緒で城下に行っていた懐かしい気持ちを思い出させてくれた。
しかし、部屋の扉が叩かれた事によってシャボン玉が消えてなくなるかの様にその空気も消えてしまった。
「・・・・・誰かしら?」
離宮に移った今、私の元を訪ねてくる人はいないはずだった。
マリアと顔を見合せながらも、マリアに扉をあけるように促す。
「・・・どちら様でしょうか?」
マリアが聞くと扉の向こうからも返事があったらしい。
ここまでは声が聞こえなかったが、マリアと何かやり取りをしているらしかった。
少しの間会話をしたかと思うと扉を閉め、こちらにやってくるマリアの手には手紙らしき物が握られていた。
「アリア様!殿下からの封書でございます。先程のお返事だそうです」
マリアの言葉に思わず眉を寄せていた。
返事?返事を頂くような事は書いていなかった。
書いた内容は、ここまで運んで頂いたお礼と、辞退を受け入れてくれたお礼だ。
一体なんの返事だと言うのだろうか?
マリアからその封書を受け取ると裏には殿下のサインが書かれていた。
「確かに、殿下からのお手紙の様ね・・・・」
不思議に思いながらも、その封筒を開け手紙を取り出した。