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「今すぐに戻るという事はやはり出来ないの。一度はお受けした話ですもの・・・。しょうがないわ」
マリアは肩を震わせ怒っていた。
「なぜですか!アリア様は倒れられるくらいこちらにきて辛い思いをなさっているのに、まだこの国に閉じ込めるおつもりなのですか?」
マリアの怒りは殿下に向かっているようだった。
「マリア・・・。あの方もきっと間に挟まれてお辛いのよ?候補辞退は承諾して下さった事だし、離宮にいる間は客人として扱って下さるそうよ。それならば、もう少し位辛抱できるでしょう?」
・・・殿下はとても辛そうだった。
一体なぜ?フリという立場でもやはり自分の選んだ候補者に辞退される事は殿下の立場を悪くしてしまったのだろうか・・・。
「・・・しかし・・・」
「マリア。いいの。私も譲歩をしなければいけないわ。だって、これは私のわがままなんですから」
これ以上はマリアも何も言ってこなかった。
きっと、わかってくれたのだろう。
「・・・それよりも、こちらまで殿下が運んで下さったのよね?お礼のお手紙を書くから、ペンと紙の用意をして頂戴」
マリアはしぶしぶペンと紙を取りに行った。
これでよかったのだ。今すぐにではないが、国に帰れる。
当初の目的通り・・・・・。
「・・・・いろんな人に迷惑をかけてしまったけれど・・・」
まさか、こんな風に逃げ出すように帰るはずではなかった。
「・・・・本当にそう思われているのですか?このまま本当に国に戻ってよろしいのですか?」
ふと、声がした。
「クレイン・・・・」
扉の前にはまたもクレインが立っていた。
「迷惑をかけて逃げ帰って本当によろしいのですか?犯人も見つかってませんよ?」
クレインは真面目な顔をしてまっすぐこちらを見ていた。
「・・・・仕方ないわ。だって、私がいる事で、殿下にもルイガにも他の姫君達にも迷惑がかかっているんですもの・・・・」
「・・・本当にそう思っておいでですか?誰がアリア様の事を迷惑だとおっしゃっているのですか?こちらの王子はそんな事をあなたに言っていましたか?こちらの騎士は迷惑だとおっしゃいましたか?」
「・・・・それは・・・・・」
クレインのまっすぐな視線に耐えられなくなり、思わず顔を伏せてしまった。
「・・・・はぁ・・・。アリア様、あなたは逃げるような卑怯者になられたのですか?」
大きなため息とともに出た言葉はアリアの心にぐさりと刺さった。
「あなたは、一国の王女です。困っている方がいたらその人を前に逃げ出すことが出来るのですか?自分がお辛いことから逃げ出すためには他の人を犠牲にしてもよろしいのですか?」
クレインの言っていることが、次々と心を刺していく。
「・・・・以前にも申し上げましたよね?自分を大切に出来ない方が他人を大事にできるわけないと。今のあなたは自分を大切にしているのですか?あなたの心のままに動いておられるのですか?・・・・・もう一度、よくお考え下さい」
クレインはそう言うと部屋から姿を消した。
「・・・・っく・・・」
私は、いつの間にか泣いていた。
クレインの言葉に、私の情けなさにいつの間にか涙が頬を伝わっていた。
「・・・わかってるわ・・・・・・逃げてるって・・・・・」
今まで何も言わずにいたクレイン。
ずっと黙ってクレインは私を見ていた。
そんな、クレインに今まで目を合わせられなかった。
クレインが何も言わなかった事に安堵して、そのまま逃げてしまおうとしていた。
自分自身の心に嘘をついてでも。
また、あの時と同じ事を繰り返そうとも・・・・。
「・・・・また、私は誰かを犠牲にしようとしていたの?・・・・・・セイリーン・・・・・・」