第三話其の一 「小さな戦闘」
黒い腕が匠人へと襲いかかる。
「うおっと!?」
「私は魔術結社の人間だ。お前みたいな一般人に勝てる相手ではない」
「なら相手には申し分ないな」
黒い腕をかわしながら匠人は笑った。
「シルフィア、ちょっと頼みがある」
「何?」
シルフィアの耳に口を近づけ囁く。
「人避けの魔術を解除できるか?」
「できるけど……まさか一般人を巻き込むつもりじゃないんでしょうね!?」
シルフィアは目を大きく見開いた。
「なら、頼む。それとここで喧嘩が起こってるって言いふらしてきてくれ」
「でも……」
「信じてくれ」
「分かったわ」
シルフィアが走り去ったのを見届けて、匠人は男と向き合い直した。
「それで逃がしたつもりか?逃げる時間を稼いでやっているつもりか?」
「逃がしたつもりなんてねぇよ。時間稼ぎなんてつもりもねぇ」
匠人は笑う。
「なら、一人で勝てるとでも?確かに動きは普通の人間よりはいいようだが、それだけでは私には勝てないぞ?」
「そんなへっぽこな腕一本だけにやられる俺じゃねぇんだよ!!」
黒い腕に掴まれそうになるのを避け続ける。
「お前にあの娘の価値が分かっているのか?あの娘さえ手に入れれば、世界を掌握することもできるかもしれないんだぞ?そんな危険なものがあの雌狐の所にあるなど、許されることではない」
「知らねえよ、でもな、こんくらいは知ってるんだぜ?人を物扱いするやつがクズだってことぐらいはな!!」
匠人は黒い腕をかわし、男の顔を殴りつけた。
「驕るなよ、一般人!!もう許さんぞ。それにな、誰が一本だけと言った?」
男の背後にさらに五本の黒い腕が現れる。
「あーりゃま、無理しちゃって」
笑う匠人の頬に冷や汗が伝う。
「じゃあな一般人」
六本の黒い腕がいっせいに匠人に襲いかかる。
「っつ!?うおっ!!」
拳で腕を弾きながら、前に進もうと足掻くが、ついに匠人は捕まってしまった。地面へと叩きつけられる。
「残念だったな、一般人」
「残念だったな、クソ魔術師」
「ああ?」
地面に叩きつけられ、身動きがとれないまま匠人は笑った。
「手を放しなさいよ」
いつの間にか男の背後でシルフィアが男を睨みつけていた。
「いいぞ!!やれ!!」
「そっちの兄ちゃんも頑張りな!!」
シルフィアの背後には大勢の野次馬が集まっている。
「人前では、私がお前を殺さないとでも思ったのか?」
男は馬鹿にしたように笑った。
が、すぐにその表情は驚愕へと変わる。
「バカなっ!?一体何をした!!」
「何もしてねぇよ」
腕を振り払い、匠人は立ち上がっていた。
「何故だ!?普通の人間にできる技じゃない!!」
「でも実際にやったろうが?」
匠人が先程とは比べものにならないぐらい速い動きで、男の懐へと潜り込む。
「!?」
男の腹に拳がめり込む。
「ちったぁ、効いたろ?」
男が地面に跪く。
「何が……?そう言えば逃げる時も同じことが。お前には何かあるのか?」
パクパクとかすれた声をだす口から血が滴り落ちていた。
「降参するか?」
「そうか、人の数……」
男の目は匠人を見ていない。
「降参するかと聞いているんだ」
「馬鹿にするなよ?一般人」
男がナイフを取り出した。
「お前、何をする気だ!?」
「じゃあな、一般人」
男が勢いよくナイフを自分の首へと振り下ろす。
「死なせないわよ!!」
だが、ナイフは首まで届かなかった。
シルフィアが男の腕を掴んでいたからだ。
「何故だ?」
「あんたには聞かなきゃならないことがある」
「ふん、私が何か吐くとでも?」
男はせせら笑う。
「さぁね?それはフレアの仕事だから」
「チッ」
「さあ、行くわよ」
シルフィアが匠人を見る。
「ああ」
「あたし達のギルドへ」