第二話ver.2「脱出」
番兵と野次馬に阻まれて入れそうにない広場を後にして、二人は商店街に向かった。
「ねーねー」
後ろでしがみつく少女の声が、向かい風に邪魔されることなく『おうじさま』に届く。
「ん?」
「お買い物ー?」
「ああ、ちょっとな」
服と靴を買ってやるのだということは直前まで隠しておいてやろうと考えて、彼は素っ気無く応える。
彼女にはどんな物が似合うだろうか。どうせ買うなら喜ばせてやろう、と顔がほころぶのを堪えて、彼はエンジンを吹かした。
昼過ぎのこと。真っ赤な自動二輪者が止まった、小奇麗な仕立て屋。そこで小さな騒ぎが起きていた。
「何だって?」
「ええ、ですから、ペットや奴隷を連れてのご来店はご遠慮いただきたいのです」
「こいつは私の奴隷なんかじゃない」
少し離れたところでおろおろしている少女と、彼女の主人と思われる、魔女の様な黒衣に身を包んだ人間。そして、彼らにめんどくさそうに接客する店員。それが騒ぎの中心にあった。
「それにしましても、もう少し相応な服装で来店していただきませんと、当店の品位が疑われますので……」
「だからその、もう少し相応な服装、とやらを揃えるために来店しているんだがな」
魔女がさらりと言ってのけて、店員に挑戦的な視線を送った。
「もういいよ」
ボロ布を纏った少女が恐る恐る声を掛ける。
「いや、しかしだな……」
「わたしは喧嘩させたくて付いて来たわけじゃないもん」
それを聞いた魔女は、大きく溜息を吐くと、何も言わずに勢いよく出て行った。
「待ってよー!」
少女は必死で後を追った。
いかん、完全に逆効果だ。彼女を喜ばせてやろうと思っていた魔女は、先の一件でかえって消沈気味になってしまったと思える少女を背中に感じながら、二輪車を走らせる。
「あのさ」
「なにー?」
呼びかけてみると、元気を装った彼女の声が返ってくる。
「あんま気にすんなよ?」
「気にしてないよー」
嘘でも本当でも、そう言う彼女にこれ以上言うのもどうかと考え、魔女は話題を変えることにした。
「よし、それじゃ先に風呂でも入ろうか!」
「はいろー!」
黄昏のこと。真っ赤な自動二輪者が止まった、町の中心に位置する大衆浴場。そこでも小さな騒ぎが起きていた。
「……やれやれ」
「そういうわけですので、奴隷の入浴は禁止させていただいているのです」
「どいつもこいつも、どこもかしこも」
少し離れたところでおろおろしている少女と、彼女の主人と思われる、魔女の様な黒衣に身を包んだ人間。そして、彼らにめんどくさそうに接客する店員。それが騒ぎの中心にあった。
「皆様のための湯が穢れてしまいますので……」
「だからその、穢れ、とやらを落とすために来店しているんだがな」
魔女がさらりと言ってのけて、店員に挑戦的な視線を送った。
「もういいよ」
ボロ布を纏った少女が恐る恐る声を掛ける。
「……」
「わたしはあなたと一緒ならどんなだっていいもん」
それを聞いた魔女は、これ以上彼女を傷付けるのを嫌って、その場を後にした。
「待ってよー!」
少女はすぐさま後を追う。
知っていなければ、まさかそこに家があるとは思えないような、家と家の間に挟まっている家。そこが彼の家だった。
「おさがりで悪いが、ここには一応私の服も靴もあるし、その気になれば体だって洗える」
「おー!ここがあなたの家なのー」
「ああ。ボロいし、あんなオプションは付けた覚えも無いがな」
そこには数人の番兵が立っていた。
魔女は、見える場所に自動二輪車から降りると、彼女をその場に残して、番兵達の待つ家へと帰宅した。
「泥棒でも入ったか?」
番兵達に向かって声をかける。
「出たぞ、例の強盗だ!」
「おいおい、誰も出て来てないじゃないか」
突き出された棒をかわして普段通りの冗談めいた口調で告げた。
「仕方ないな。休みをお届けしてやるか」
空から失われた赤味が濃縮された自動二輪車の上で少女が彼の耳に口を寄せる。
「どうしたのー?」
「ほれ」
先程の番兵から拝借した手配書を見せてくれる。
「おそらく昼間の奴隷商人が、私のことを強盗として、通報したんだろ」
「そんな……」
彼女は、こんなことになるなんて思っていなかった。そうでなければ彼を拒んであの部屋から出なかっただろう。
「大丈夫だ。行くあてはある」
そんな後悔を打ち消すように魔女が言って、街道に出た。
「どこに行くのー?」
迫る外壁から目を逸らさずに、彼は答えた。
「本部」
「本部って何?」
そう尋ねようとした彼女を、舌を噛むなよ、と遮って、彼は閉ざされた外壁を飛び越えた。