第十七話「悪くない結果と善くはない終幕」
書いた人;Y
ワッフルは、小奇麗な仕立て屋で拵えた洋服を脱衣所に残し、町の中心に位置する大衆浴場の湯船に肩まで浸かっていた。
「さすがに、この時間帯だと貸し切りだな」
波がかった金髪を湿らせたアップルがひんやりとした夜気を顔で感じながら言った。
「昨日までは、入るのもだめ、て言われてたのにねー」
「気持ちいいか?」
「きもちいー」
昨日まで奴隷だった少女が満面の笑みで答える。
「つかれがとれるー」
「そりゃよかった。疲れる程度には働いていたんだな」
「むー!」
普段通りの意地悪なアップルの笑みに、ワッフルの脹れ面が迫る。
「ま、セシリアのドラゴンが運んできた食糧に真っ先に飛びついたりと、色々はしゃいでいたから無理も無いか」
「むー!」
「小舟の向かった先に出ていたと思われる奴隷商船の捜索中も、一生懸命に頬張っていたしな」
「むー!」
「……それでも、無事に村から私を追って奴らの拠点まで来てくれたという事については、本当によくやってくれたと思っているよ」
「むー!……あ、そうでしょ?わたし頑張ったでしょー?」
ついつい勢いでなおも迫ってしまったワッフルの目には、やや照れた様子のアップルが映っていた。動き出した口端が上がりきるまでのわずかな間だけ。
「そうだな」
「むぎゃっ!」
白く濁った温泉の湯が、突然ワッフルの額に飛び込んできた。
「何するのっ!」
「魔法だよ」
「まほう?あ。そーいえば、魔導士って言ってたもんね!」
「そうそう。教えてやってもいいぞ?」
「ほんとほんと?わたしにも使えるんだー!うれしいなー」
「ほんとほんと。簡単だからな。そいつはよかった」
目を輝かして迫るワッフルにもう一発お見舞いして、全ての発言に一息に応えた。
「もうっ!はやくおしえてよー!」
アップルは液面の上に両手を上げて、脹れたワッフルの前にその組んだ様を見せた。そのはずみで、またしても顔に湯をかける。
「わぶっ!……え、なに?」
「こうやって、沈めて、勢いよく強く握るんだ。こんなふうに……」
「もうやめてー」
手で遮ったワッフルが反撃してやろうとアップルを探す。
「おかえしだー!これでもくら……え?」
しかし、そこにアップルの姿は無かった。
そこにもう一人の入浴客が現れた。
「……」
「むー!どこだー!出てこーい!!」
「……」
「はっ!そこかー!」
視界に脚を捉えたワッフルは素早く、何かを捜している様子の入浴客に温泉水をぶっかけた。
「やったー!復讐成功ー!」
「ほぉう……。ゴキブリ風情がワタクシに何か怨みごとでもあるのかしらァ?」
普段は緑のローブに隠れていてその全てを見ることの叶わない、美麗なブロンドの長髪を怒りに震わせて、彼女は言った。
「……あれ?」
「いずれにせよなぁぁぁ!人間に剥く牙も持たないゴキブリが何を思ったところでよぉ!ぷちっと踏み躙られて、それでおしまいなんだよぉぉぉぉぉ!!」
普段は緑のフードに隠れていてその一部しか見ることの叶わない、ラテン系の美貌を歪めて、彼女は凶暴な笑みを見せた。
「ごーめーんーなーさーいー!!」
湿ってよれた新聞紙の棒から放たれた衝撃波は、身をすくめたワッフルをすくい上げ、仕切り板に叩き付けた。
「あちゃー。これはマズいな」
巻き上げられて体積の減った温泉水に逆さに浮かんだ桶の下から覗く二つの目がそう言った。
がっしゃぁぁぁぁぁん!
「何だ!?」
音に驚いて素早く反応したメッツォは、倒れた仕切り板と、その上で目を回して倒れているワッフルを見る。
「おい大丈夫か!?何があっ――」
メッツォは咄嗟にタオルを取って温泉を上がると、腰に巻きながらワッフルに駆け寄った。
しかしここは風呂場。おまけに先ほど新聞屋の少女が巻き上げた温泉水が雨の様に降っているので、非常に滑りやすい。
普段なら反応できたであろう足のもつれも、傭兵くずれの人さらい達と大立ち回りを演じた今日は、疲れのせいか、充分に転ぶ要因となる。
「うっわ!」
それでもさすがに手をつきそこねて少女の体に飛び込むことは無かった。タオルを巻こうと腰の後ろに回していなければ。
「な、ななななななな――」
新聞屋が、ピンクの頬を怒りに震わせて、よれた新聞紙の棒を振り上げる。
「なぁにをやってやがんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ツイてねぇぇえ!!!!!!」