第十六話「善人でも悪人でもない」
書いた人;UMA
アップルと奴隷達が走り去った後、匠人は一人牢獄の土の上に立っていた。
力が溢れる。
これは、奴隷達が自分のことを仲間だと認識したからであろう。それは復讐の高揚のためか、はたまた解放の喜びのためか。どちらにせよ、一時的なものだろう。
だが、このチャンスを逃す理由はない。匠人の能力が発動されているのは、奴隷達が匠人のことを仲間だと思っている間だけだ。もし誰か一人でも疑いを抱きはじめたら、その疑いはすぐに奴隷達の間で伝染し、匠人の力は失われる。
しかし、まだ力は失われてはいない。匠人の持っている不思議な力、近くにいる仲間の数だけ強くなる能力はまだ働いているため、今の彼には奴隷の数軽く見積もって100人分くらいの力があった。
ならば、手段は一つしかないだろう。最短ルートを通り標的を潰す。
奴隷達の私的な復讐の手伝いをすることになるのにはあまり気が進まないが、どっちみちあの商人は一度更正させた方がいいだろう。
それは正しくなんかない行いかもしれない。しかし、自分は善人なんかではなければ、正義の味方でもない。ならば、自分なりのやり方で結果をだすしかないのだ。
悪と大衆的に判断されたものを倒すのが善人や正義の味方ではない。
悪すらも救うのが善人や正義の味方なのだ。
「正面突破だ」
跳躍し、百人分の力のこもった拳で天井をぶち破る。
今の彼を見たら誰もが化物と呼ぶかもしれない。
「商人はどこだ?」
出た先の廊下を駆け、手当たり次第に壁をぶち壊して先へと進む。
「待て待て待て!!待たんか!!貴様等ごときが足掻いたところで、私の兵士達にはかなわない。死人がでるだけだ。お前等商品が、壊れれば私も困るし、当然お前等も困るだろう?」
ある程度壁をぶちぬいたところで声がした。
「……俺達は商品なんかじゃない!!人間だ!!」
一瞬静まり返ったがすぐに奴隷達の中の誰かが叫ぶ。
その声をきっかけにまた奴隷達が爆発的に騒ぎ始めた。
「解放されたところで何があるというのだ!?職もなければ、食にもありつけない。特に待っている人間なんていなければ、明日生きている保証もない。社会に必要とされていないお前等が戻ったところで何があるというのだ!?」
「何も無いなら、お届けする。それが郵便屋としての、私の仕事だ」
これはアップルの声だ。
その声に呼応して奴隷達から歓声が上がる。どうやら一種のカリスマ性があるらしい。
「じゃあ、行くか」
匠人は壁をぶち破った。
それと同時に奴隷と兵士の殺し合いが始まる。
アップルは兵士を次から次へと薙払いながら前へと進んでいた。
そんな彼女に新たに兵士が飛びかかる。
「死ねえええぇぇぇぇ!!」
「っ!?」
その言葉を聞いた彼女の体は強張り反応が遅れ、槍がアップルの肩へと突きたてられた。
「死ぬまで待ってくれ」
下に着ていた、おそらくはここの武器庫で調達してきたのであろう、鎧が槍から彼女の肌を守っていた。兵士を投げるアップルを見て、匠人は兵士達を薙払いながら商人へと駆ける。
「よう」
突然目の前に現れた匠人を見て、商人が怯む。
「私が何をしたというんだ?確かに誉められるようなことはしていない。だが、どうせ散る命を再利用しただけで、他人の迷惑になるようなことはしていない」
「……知ってるよ。でもよ、奴隷にされた奴らにとっては大迷惑だったんじゃねぇかな?」
「だからお前が私を裁くのか?」
「いや、裁くんじゃない。一人の人間として思いをぶつけんだよ」
そう言い、匠人は奴隷達の方を向いた。
「俺はあなた達の仲間ではない!!」
匠人の怒号に奴隷達が匠人を見る。ある者は悲しみを浮かべて、またある者は怒りを浮かべながら。
みるみるうちに力がなくなっていくのが分かった。
だが、これでいい。
一人の人間として、一人の人間を殴るにはこれで十分だ。
「いくぜ、商人。歯を食いしばれ!!」
匠人の拳が商人にめりこみ、吹き飛ばした。
「全ては手順通りといったところかしら?」
ギルドの自分の部屋でフレアが笑みを浮かべる。
彼女の背後には灰色のローブを着た若い女が控えていた。
「その手順とやらに俺の息子を巻き込むのはやめてくれねぇか?『隻眼のもの』(ハール)」
「何者だ!?」
灰色ローブの女が、突然現れたオールバックに茶色のコートを着た男に剣を向ける。
「おいおい、おっかねぇなぁ。俺はただの皆のお義父さんだって」
男が笑いながら女の横を通り過ぎ、フレアと向き合った。
「私の父はお前なんかではない!!」
そう言って女は手を振り回し、あることに気づいた。
剣がない。
「いや、だからお義父さんだって。それと娘がこんな物騒なもの振り回すのはお義父さんは認めません」
そう言い、いつの間にか奪った剣を投げ捨てる。
「あ、あなたは一体?」
「だからお義父さんだって」
「何のようだ?『人々の主』(ヴェラチュール)いや、アルト キリオカ」
フレアが男を見つめる。
「義理の息子のことだよ。それにお前達がやった『突然変異計画』のことも」
「あれについてはもう締結したと言っただろう?」
「第一次はな。俺が潰したんだから間違いがない。もちろん、我が息子ジオ ラターチの貢献のおかげでもある」
フレアは立ち上がった。
「ふむ。私は忙しいのだよ。それと、そうそう。お前の義理の息子ショート キリオカ。アレはいったい何だ?」
Yが推敲と一部修正を担当しました。