第十三話「冷たい影」
おおよそのところ;Y
村人達を拘束していた縄を使って人さらいの一団を縛ったアップルは、乗ってきた二輪車を残して馬に跨った。
「何やってんだよ」
「本来なら馬車を鹵獲して使うところだが、残念ながらナイフがあったからな。馬が逃げてしまった」
「悪かったな」
「それに――っと、続きは後だ。時間は聖人君子じゃない」
「ちょっと待った。俺、乗馬なんてできないぞ?」
アップルは正面を見据えたままで応える。
「だから私がここにいる」
それから解放した村人達に指示を出して、馬に早駆けを命じた。
「で、これからどうするんだ?」
「あれを追うのさ」
目の前を連なって走る五頭の馬を示す。
「馬を馬車から切り離された時点で、私は連中から道を聞き出すしかないと考えた。しかし、それは勇敢な少年が撃破して眠らせてしまった」
「もしかして怒ってる?」
匠人の問いには触れずにアップルは続けた。
「しかし馬達は予想以上に訓練されていた。とりあえず彼らを追えば、連中の根城に辿り着くことはできるだろう」
問題はその先なのだが。その言葉を、アップルは不安とないまぜにして飲み込んだ。
気丈に匠人を誘うアップルではあったが、絶えず転々とする現状と時間に全く揺るがないと言えば嘘になる。おまけに今回のパートナーは不確定要素の塊みたいなものだ。それに向こうはこちらを知らないだろうから、死ぬ時まで一緒に、とはいかないかもしれない。
いざとなったら私一人で……。
これが匠人の疑念の原因でもある。
同時刻
「本当に、なんとお礼を申し上げたらよいか……」
「気にすることはない」
小太りな奴隷商人が自分にへつらう様子を冷やかな灰色の瞳に映す彼女は、そう言い放ちながらもお礼の金品を部下に取らせて、席を立った。
「どちらへ?」
「小舟を一隻借りるぞ」
「ええ、構いませんが、どちらへ行かれるので?」
「契約上の責務は果たした。あとは自由にやらせてもらう」
「は、はぁ……」
愛想の無い、どちらかといえば侮蔑を含むような、冷たい口調で言い放つ彼女に内心では不満を感じながらも、商人は作り笑顔を絶やさなかった。
「お前達は先に行け」
「ではアリスさんは?」
部下の問いに、アリスは淡々と応える。
「私にはまだ仕事が残っている」
「お互い残業大変だな」
「やはり彼らはやられたか」
見るとそこには、さながら騎士の様に馬に跨る小さな子供が敵陣のど真ん中で涼しい顔をしていた。
「手加減して負けるつもりは無い」
アリスは躊躇せずL字鉄塊を抜いて、照準にアップルを――捉えられなかった。
「残業、私が終わらせてやるよ」
撃たれる前にアップルは馬をアリスに走らせながら姿を消した。
「ほう」
自分へと一直線に飛び込んでくる馬を、身を引いてかわす。
「子供騙し――」
「サバの読みすぎは目に悪いぞ?」
アリスとは反対側の脇腹にしがみついていたアップルは、走っている馬の脚の間から奇襲を掛ける。
しかしアップルがアリスに何かするより先に、アリスが仕掛けた。
「心配するな。これで残業も終わる」
アップルが伸ばした手を裁いて手首をつかみ、馬の進路わずか先に投げつけたのだ。
馬の蹄鉄がアップルを無茶苦茶に蹂躙していくのを無表情で見届けた彼女に、奴隷商人が恐る恐る声を掛けた。
「このガキ、死にましたかね?」
「さあな」
そう言って去っていくアリスを見、馬に蹂躙されて起き上がらない少女を見て、彼は無慈悲にも自分の部下に命令した。
「こいつも牢にぶち込んでおけ!」
UMAの要望に合わせて一部展開を変えております。
それにしてもアリスさんは酷いですねw鬼だ