プロローグ2「下賤な社交界」
本作品の作者はプロローグ1とは異なります。なお、本作品はプロローグ1と同じ時系列です
今までの様に、少女の体に無数の傷が走る。
けれどもそれは、今までとは違う、嬉しい傷だった。
「自由をお届けに参りました!」
なんて冗談めかせて、彼女を救い出した『おうじさま』は笑った。あいにく、それは彼女が待ち望んだ『白馬の王子様』ではなかったけれど、確かに彼女に救いを与えてくれた。
「しっかりつかまってろよ?」
『おうじさま』は、彼女の捕らわれていた部屋のガラスを粉々にした真っ赤な二輪車に彼女を引っ張り上げて、腰のあたりを両腕で抱かせてそう言った。
右のグリップを捻ると、「ぶわわっ!」と唸って二輪車が滑り出す。
廊下を突き進む彼女達の左右を、転がっている奴隷商人やその部下らが流れていく。
「しんで、いるの?」
「んー?」
少女の問いは向かい風で聞こえていないようだ。彼女は『おうじさま』の耳元に口を近づけて、声を張った。
「死んでいるの?」
「一歩間違えればな」
とりあえずは生きている、ということらしい。少女は安堵した。確かに彼らには散々虐げられてきたが、だからと言って殺してほしくはなかった。彼女は、もうそういった生臭い世界を見たくはなかったのだ。
「目を閉じろ」
そう告げる『おうじさま』に感謝する。瞼を閉じると涙がこぼれた。そのまま彼の背中に身をゆだねる。もう大丈夫。これからはどんなに辛くたって彼が私を守って――え?
「行くぞ!」
不意にそう言われ、ガラスの割れる音。『おうじさま』が居るので直接彼女を傷つけることは無かったが、さらには浮遊感が彼女を襲う。
「ひっ」
思わず目を開くとそこには、移動中の奴隷輸送車の格子から見た、憧れの、眩しい外の世界が広がっていた。眼下に。
「きゃぁぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
彼女の悲鳴を他所に、二輪車は華麗に、下の道を走っていた男達の一人の後頭部に着地した。
「いやはや、なんとかなるもんだな」
先ほどのショックで青ざめる少女と、気絶した男の怒り狂った仲間とは対照的に、『おうじさま』は涼しい顔をして二輪車から降りる。
「なんだぁ!てめぇは!」
「私か?私は無敵の怪物魔導士だ」
「ふっざけんな!」
男の一人が激昂して拳を振り下ろして、地面に叩き付けられた。
「げう!」
悶絶する仲間を見て、周りの連中の腰が引けるのが分かる。
「なめやがって!」「調子に乗んな!」
それでも無謀にも飛び掛かっていく男達を、『魔導士』の意味を問いたくなるほど見事な身のこなしで物理的に排除してゆく。
「調子?そんな燃費の悪い物乗らないさ。さて、と……」
会話のペースを乱すことなく応えた『おうじさま』は、巻き込まないようにとさりげなく開けておいた彼女との距離を詰めた。
「終わったぞ」
「え?あ、うん」
改めて、転がされている彼らを見る。なるほど、『無敵の怪物魔導士』もあながち間違いではないのかもしれない。『無敵の怪物』までだけだが。
「死んで……ないよね?」
「どこをどうすれば死ぬかなんてのは、一応分かっているつもり」
『無敵の怪物』が笑顔で言って、広場へ向かう道の方を見た。
「だから、全員無事だ」
強調した『全員』にはきっと私も含まれているのだろう。そう考えると、少女はなんだかとっても穏やかな気持ちになって、音に気付いた。花火か何か、火薬の音と、彼女の腹の音だった。
「……」
「もう昼飯時だな」
彼は着ている黒いローブから懐中時計を引っ張り出して言った。
真っ赤な二輪車に跨った。
「この先の広場で何か食べるか」
祭りなら、少々値は張るが、出店もある。少しばかり高くたって、きっと彼女はその方が喜ぶだろう。
『おうじさま』からの思いやりのこもったお誘い。あいにく、それは彼女の憧れ続けた『昼食会』ではなかったけれど、確かに彼女に幸せを届けてくれた。
「しっかりつかまってるね!」
『捕らわれのお姫様』を救い出した『おうじさま』の腰のあたりを両腕で抱いて、そう言った。
右のグリップを捻ると、「ぶわわっ!」と唸って二輪車が滑り出す。幸せな将来を目がけて。
完。……いいえ、続きます