第五話ver.2「暴走する妄想」
Y
明け方。
「大きいねー」
「寂しいのさ」
二人は、要塞と間違ってもおかしくないくらい馬鹿でかい規模の『本部』を見上げる。
「ここの局長がこの国の王様と友人でな、国営ということで巨大な郵便屋組織を立ち上げたのさ。だが結果は……、まぁ、ご覧の通り、だな」
ここにはドラゴンでも住んでいるのか、と疑いたくなるほど大きな回転扉を真っ赤な自動二輪車ごと通過して、がらんとしたエントランスホールに入る。出る、と言っても過言ではない気もする。
「だれもいないのー?」
「概ね正解」
『おうじさま』は自動二輪車から降りられるよう、少女に手を貸してやる。
「王立だからと、うんと大きな施設を拵えたまでは良かったんだが、政府の財布にも底はある。肝心の人件費その他が払えなくなっちまってな、今やここの維持費だけでもとんでもない額の――」
「アップル!アップルじゃないか!」
巨大な空間に誰かを呼ぶ声がした。それはボロ布を纏った少女の名前ではなかった。と、いうことは?
「げ」
アップル、と呼ばれた、彼女の『おうじさま』が顔をしかめる。
「無事で何よりだ!」
「こいつが、だろ?」
猫背になで肩、無精髭。おまけに、こけた頬まで届く、脂ぎった髪。とどめに、厚いビン底眼鏡。不摂生の標本とでも言うべき白衣の男が駆け寄って来た。アップルの示す、自動二輪車に。
「もちろんさ!でも、運転手が死んでしまっては意味が無いだろう?優れた道具は優れた人間のためにある物だからね!」
「私の二輪車、じゃなくて、二輪車の運転手、なんだな」
「おっと、気を悪くしないでおくれよ?仮にも研究者なんでね。どうしたって未知の物に、より強く惹き付けられるというわけなんだよ」
「別に気を悪くはしてないが、元より皮肉屋なものでね」
「いやはや、ぼくは君のそんなところが大好きでね。もしも機械に生まれていてくれたなら……」
彼はそこでとびきりの笑顔でこう言った。
「身体中ドライバーで掻き回して、全身油まみれにしてあげるんだけどなぁ」
「……今ので気分を悪くしたぞ?」
「ああ、ごめんごめん。そうだよね、いくらなんでも、機械に生まれていれば良かったのに、なんて言うのは失礼だよね。これは失礼」
若干顔の引きつるアップルに、彼は土気色の頬を上気させて、こう付け加えた。
「でも、ぼくは生物学者でもあるからね!今の君でも大歓迎さ!!」
付け加えない方が良かった。