第四話ver.2「ルーナヴァルグ」
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「脆い団結力だな」
アリスが、ただ一人取り残された男を見て言った。群れた子犬どもが散り散りに逃げる中で、膝を撃ち抜かれた彼一人は、逃げることが叶わなかったのだ。
「言ってくれっじゃん」
「……今度は誰だ」
「ガキに逃げられて面目丸ごと潰れるわ、よくわからん二輪車に乗って降ってきたガキにいきなりのされるわ、メンバーの危機、と帰って来てみればチームは壊滅しちまってるわ……。はぁー、ホントにツイてねぇよ」
掌で火の玉を弄びながら、男は今日一日の不幸を嘆いた。
「そこの男の仲間、か。ならば、さっさと薬師にでも見せてやれ」
アリスは全く興味を示すことなく言い捨てる。
「うーわ、ガン無視かよ。ホンット、ツイてねぇな。……俺は今、虫の居所が悪いってんだぜ!?」
男はアリス目がけて火の玉を叩き付けた。小さな爆発が起こり、一瞬にして彼の視界から彼女の姿が消える。
「俺の名はメッツォ。あー、まぁ冥途の土産くらいにはなるといいんだが」
「路上喧嘩で死人を出す私じゃない」
晴れた煙の向こうで、相変わらず無機質な声の主、アリスは一部も変わらぬ姿で立っていた。
「子犬風情が調子に乗って吼えすぎるな。そうすれば狼に噛み殺されずに済む」
「クッソ!ツイてねぇ、ツイてねぇぜコンチクショウ!!こんな白昼堂々本気を出してやらないといけないなんてな!せめて臭いも残さず燃え尽きて――ふぐっ!」
アリスの脚の延長線上を、地面に水平に数メートルほど飛んで、メッツォと名乗った男の身体と意識が落ちた。
「お前は薬師か?」
横蹴りの姿勢から構えなおして、メッツォがぶつかって砕けたレンガ壁の残骸から覗く、緑のローブに話しかけた。
「ヒィヤッハハハハハァ!取材協力ごくろう、ゴキブリ共!!」
泣き叫ぶ女性のような笑い声をあげる彼女は、緑のローブを翻して華麗にターンすると、張り付いていた壁を離れてアリスに自身の姿を曝した。
「このワタクシが薬師だとは、いやはや愉快なゴキブリだこと!これは丁重に踏み躙ってやらんとなぁ!!」
「……」
「おおっと、ヘタに動くとそっちのお仲間が二度と起きられなくなるわよぉ!!?」
アリスは、先程から右手に収まっているL字鉄塊を上げる手を止めて、睨み付ける。
「おーおー、ゴキブリ風情がご立腹とはご立派ご立派!」
緑ローブの彼女は、斜めに掛けた大きな鞄から新聞を一部取り出して、くるくる、と手際よく細く丸める。
「……だ・が、ゴキブリごときが感情を開けっ広げてんじゃねーよ!叩けば潰れる、脆弱な存在のクセしやがってよぉ!!」
「お前はいったい……?」
相当頭に来ている様子の彼女は、きっとよほどの恨みがあるのだろう。
「新・聞・屋。だが、ゴキブリごときがそれを知ってどうしようと言うのかね?」
「こうだ」
そう言うや否や、アリスは、彼女のどんどん大きくなる身振り手振りの隙を突いて、素早くL字鉄塊を向けて引き金を引いた。
「やっぱりなぁ!」
アリスが引き金を引く前から身を翻していた彼女は、背後のレンガ壁が穿たれるのを見て、嘲った。
「貴様らが噂の犯罪集団、ルーナヴァルグか!ゴキブリぃ!」
二回、三回、と彼女は舞うようにターンしてかわしていく。
「正体不明の奇術を使うそうだが、お生憎さま!取材はとっくに終了してんだよぉ!!」
四回、五回、と彼女は時折挟むステップでアリスの照準を翻弄する。
「……」
「その奇妙な玩具、それがゴキブリの牙ってことだよなぁ!!!」
六回、七回、と身を翻して彼女はアリスに肉迫する。
「ゴキブリに牙なんざ必要ネェんだよ!ただブッ潰されるだけのみじめな存在なんだからなぁ!!」
八回目、アリスがL字鉄塊を向けるのを、手首を叩いて阻止する。L字鉄塊が背後に飛んで行った。
「ホイホイ!これで終わりだゴキブリぃぃぃ!!!!」
超高速で新聞紙の棒を振り下ろす彼女。鉄塊を背後に飛ばしたアリス。
彼女は笑っていた。彼女も笑っていた。
「私には――」
「接近戦闘術もあるってんだろぉ!?んなこたぁワタクシしっかりご存じなんだよぉ!!」
アリスの身体には、緑ローブの彼女の鞄に入っていた、無数の新聞紙が貼り付いていた。強力な魔力を含んで。
「お前に半端な魔法が通用しねぇのも、並外れた身のこなしが可能だってのも、悪いがワタクシの後ろに転がってるゴキブリが取材済みだ!」
アリスの全てを封じた彼女は甘美なる勝利の味を味わっていた。
全てを封じられたアリスは無味乾燥な勝利の味を味わっていた。
「――志しを共にする仲間がいる」
アリスのL字鉄塊をしっかりと両手に受け止めた禿げた男が、八回目を放った。
今頃二輪車二人組は仕立て屋辺りでしょう。