私、興味のないことは覚えられませんの 前編
寂れたビルの一室。扉を開けるとそこは外見からは予想もつかないほど優雅な部屋が構えている。アンティーク調の家具、所狭しと置かれた剥製に骨董品そして希少な古書。それまた古びた時計の音が鳴り響く中、ティーカップをソーサーに戻す音がカチャリと鳴り響いた。
部屋の最深部、重厚な細工が施されたアンティークデスクと、それに似合いの気品あふれる椅子。
そこに腰掛けているのがこの部屋の主人・雨宮あまりだ。艶やかな黒い長髪をまっすぐに切り揃え、鬱くしい青塗りの口紅が施された唇で紅茶を嗜む。
今日の装いは、レトロな黄色ベースに黒の水玉模様のワンピースに、黄色のカチューシャ。
少女趣味で一見すると少女のように可憐だが、どこか歪で人間離れした雰囲気を漂わせる。
あまりは手元の小説から目を離さずに言った。
「ねぇ、大林。紅茶のお代わりを淹れてちょうだい」
側で甲斐甲斐しく原稿用紙を揃えていた助手ことあまりの犬——小林は、遠い目をしながら答える。
「小林です、先生。……今淹れたばかりです。」
「あらそう。じゃあ若林、この小説の続き持ってきて頂戴。」
「小林です」
小林は一切顔色を変えず、手に持った本をスッと差し出した。
その平穏で優雅な時間を破るように、バタン!とドアが勢いよく開かれた。
「警察だ! 動くな!」
飛び込んできたのは、スーツを着た2人の男だった。
扉を開けた後輩の後ろから入ってきた先輩刑事ー竹田は警察手帳を掲げようとして、ふと足をとめた。
(……!???)
目の前に座る人物の奇抜で妖しい雰囲気に竹田はギョッとした顔をして立ち尽くしてしまう。
生気を感じさせず人形のような真っ白な肌。深淵のような感情の読めない真っ黒な瞳。そして何よりも目につく真っ青な唇。あまりに現実離れした姿に、竹田は冷や汗をかきながら、警察手帳を掲げた。
「…………失礼。警察の竹田と申します。雨宮あまりさんはあなたで間違いないでしょうか??昨日、あなたの担当編集者が亡くなった件で少しお話を伺いたくー」
「あら……ごめんなさい、どちら様かしら??」
顔も上げずに手元の小説をパラパラとめくりながらあまりは心底興味なさそうに呟いた。
「せ、先生……! 警察ですよ! 今言ってました……そして手帳見てください!」
小林が焦りながら小声でツッコむが、あまり先生はどこ吹く風であくびをした。
「う〜ん。興味わかないんだもの。」
その様子に苛立ったのは、ドアを勢いよく開けた熱血な後輩刑事——照井だった。
「訳わからないこと言って煙に撒こうたって無駄だぞ!お前が犯人だなッ!」
「あ“!???」
直後、部屋の空気が急激に変わった。照井が自信満々に言い放った瞬間、小林の顔が鬼のような形相になり、地獄のそこから響くような低い声が溢れた。
「…ひっ………」
照井は小林の変わりように思わず小さな悲鳴をあげ一歩後退した。
さっきまでまるで犬のように人当たりがよくにこやかな助手の目が、怒り狂った肉食獣のように光っている。
「先生が犯人? ……フッ、面白い冗談ですね。ご自身の浅薄な頭脳で思いついた精一杯の妄言がそれですか? これ以上その無惨な推理で先生のお耳を汚すようでしたら……この部屋から叩き出しますよ、ブタ野郎。」
「お、おい落ち着けって! 俺はただ可能性を——」
「は??先生を侮辱する奴は殺すッ!!」
「照井、余計なことを言うなと言ったろうが!」
竹田が照井を怒鳴りつけ後ろに下げさせ、小林に向き合う。
「後輩が失礼をした。申し訳ない」
「一体警察の教育はどうなってるんですか??」
重い空気の中、あまりはパタンと手元の小説を閉じた。
「なんだか空気、重いわね…。そうね、、私、何も知らないわ〜。そもそも担当編集者だなんて言われても、私、興味のない人間の顔も名前も覚えられませんもの」
「は…!?? 自分の担当者の顔も覚えてないのか!?」照井がどこか引いたように呟いた。
「流石です!!先生!!締切を催促し先生の作品にケチをつけてくるような男の顔など覚えておかれる必要はありませんっ!」
小林が一瞬で殺気を消し、恍惚した顔で手を合わせた。
「「甘やかすな!!!」」
警察ふたりはコイツヤバイなと思いつつツッコんだ。ツッコミを優雅にスルーしながら、あまり先生はゆっくりと立ち上がった。黄色の水玉ワンピースの裾がひらりと揺れる。
「……まぁでも、捕まってしまうのは困るわね。興味もない人間に振り回されるのって不愉快極まりないわ」
あまりは髪を払い、ぼんやりとした光のない黒い瞳で竹田と照井をじっと見つめた。
「めんどうくさいけれど……私がその犯人とやらを捕まえるわ。」
翌日——。
昨日の今日で犯人を特定できるはずもなく、竹田と照井は捜査の仕切り直しのために、あまりの事務所へ向かっていた。
「……照井、今日は絶対に余計な口を叩くなよ。あの助手、ヤバイからな」
「わかってますって……。でも先輩、あの怪しい女、本当に犯人を捕まえられると思います?」
小声で話し合いながら事務所の扉を開けた瞬間、竹田は唖然とした。
(……!???)
そこにいたのは、昨日とはまた違った奇抜な格好をしたあまりだった。
頭には白と赤のボンネット。長い黒髪は縦に巻かれ、フリル・リボン・レースで彩られた真っ赤なロリィタドレスに身を包み漆黒の紅で唇を色付けている。
昨日のレトロな少女のような装いから一転、童話から出てきた魔物のような鬱鬱くしさを放つあまりを目にして竹田は2日連続で目を見開き固まってしまった。
(また、派手な格好だな……。)
竹田が心の中でツッコンでいると照井が待ちきれない様子で前に踏み出した。
「おはよーあまりちゃん先生、わぁ、今日もすごい〜昨日はごめんねー。所で犯人のアタリとかついてるのー??」
照井の軽すぎる挨拶が部屋に響いた瞬間、竹田顔から血の気が引いた。
(そんな舐めたことしたらあの助手に殺させるだろっ!!)
竹田が冷や汗を流しながらあまりの助手ー小林へと視線をやる。
案の定、小林はそのポメラニアンのような可愛らしい顔を歪めて、手に持ったポットの中身を照井にかけてやると言わんばかりに震えていた。
「……誰に向かってそんな口を……無礼すぎます」
小林から静かな殺気が膨れ上がったその時。
ティーカップをソーサーに置いたあまりが表情を少し緩めた。
「……あら。センスあるじゃない。」
「「え」」
竹田と小林の声が重なった。
あまり先生は、漆黒の唇から小さくくすりと笑みを漏らすと、そのまま首を傾げた。
「謝罪を受け入れて差し上げますわ………所でどちら様??それに、犯人のアタリですって? 何のことかしら??」
「はあぁぁぁ!!??警察の 照井ですよっ!昨日『犯人を捕まえてあげる』って言ったじゃないですか!」
「騒々しい子。……私、興味のないことは覚えられませんの。一晩寝たらきれいに忘れてしまうわ。ふふ。それにだいたい、事件の捜査なんて警察の仕事でしょう? 犯人を捕まえるための情報が欲しいなら……まずは貴方たちが、泥臭く足で聞き込みをしておいでなさいな」
あまり先生が事もなげに言い放つと、先ほどまで怒りに震えていた小林が、うっとりとした目であまりを見つめ両手を合わせた。
「……流石です先生!! その通りです!! モブの事件の記憶など、先生の記憶メモリを1バイトたりとも使う価値はありません!! さあ警察の二人! 自分たちの事件くらい足で泥臭く走り回ってこいッ!!」
「丸投げかよっそしてポメラニアンは掌返しが早すぎるだろ!!! お前はどこに感心してんだよ!!」
照井がすかさずツッコミを入れ、竹田は胃の痛みに耐えかねて深々と溜息を吐いた。
「……行くぞ照井。言っても無駄だ」
竹田は疲れた顔をしながら照井の首根っこを掴み、探偵事務所を後にするのだった。
「小林、準備するわよ。2人を尾行するわ」
「小林で、、合ってる!!わかりましたあまり先生!2人を追いましょう」
◆
雨上がり薄暗い路地裏。
竹田と照井は、被害者である編集者の男の聞き込みを続けていた。
「みんな、揃いも揃っていい人だったのにばっかだな。ただ、同僚の1人が恋人との関係に悩んでいたと証言したか」
「じゃあ、やっぱ交友関係探ってみます??」
「あぁ。まずは被害者の恋人に聴取するか………ん?」
ふと、背後から重い視線と威圧感を感じた竹田の足が止まった。
「先輩……? どうしたんですか?」
「……照井、騒ぐな。背後からめちゃくちゃ強い気配を感じる。……静かに振り返るぞ」
ごくり、と息を呑み、二人はゆっくりと振り返った。
数メートル後ろ。
薄暗い電信柱の陰。
真っ赤なドレスとボンネット。そして真っ白な顔に何故か爛々と光る真っ黒な瞳と、漆黒の唇。あまりが瞬きもせずに目を光らせながらじぃぃぃ…っと二人を凝視していた。勿論、近くにはポメラニアンこと小林が控えている。
「ぇえ…あ、あまりちゃん先生??びっくりしたぁ!」
あまりは電信柱から顔を半分だけ出し、置物のように微動だにせず二人を見つめ続けている。そして小林はそんなあまりの姿を目に焼き付けるようにじぃぃ…っと見つめている。そのシュールで不気味な光景に竹田は拳を握りしめ警戒を露わにした。
「……刺激するな照井。様子がおかしい……。一体何が目的で俺たちを張っているんだ……!?」
ーしかし。
竹田と照井の考えとは裏腹に、あまりの脳内はピンク色に染まっていた。
(いいわ…!苦労人先輩刑事×天然わんこ後輩♡…お互いの背中を預け合う硬い絆。トキメキが止まらないっ♡きやぁぁー♡)
そう、あまりは何か目的があった訳ではない。ただ男同士の熱い絆を味わって妄想したかっただけだった。
聞き込みを終え、再びあまりの事務所へと戻った竹田と照井。結局、被害者ーー吉野については、恋人との関係に悩んでいたことしかわからなかった。恋人を探そうとしたものの歴代の恋人全員が似ていて最後の恋人が誰かわからなかったのだ。
「あかり、めあり、ひまり、あまね、みんな似たような名前だな。それにみんな黒髪ロングで姫カットだ。」
竹田が腕を組み渋い顔をして唸る。
「わぁーみんな同じに見える、、と言うかこの子達みんなあまりちゃん先生に似てない??」
照井が閃いたと言わんばかりに声をあげた。
「おいっ、あまり先生をこんな無象無象と一緒にするな!!先生のが何億倍嫌比べるまでもないくらい輝いていて美しい唯一無二の存在だ!!」
小林が巻くしたてる、があまりが口を挟んだ。
「あら、確かに私へのリスペクトを感じる見た目ね、、それに少し名前も似てなくって??」
「はいっ!俺もそう思いますッ!」
小林がころりと態度を変えて答えた。
「ふわぁーあ。なんか飽きてきちゃった。もう面倒くさいからこの女たちみんなここに集めなさい。」




