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第九話:学校の日常

あの後、俺とルミナは駆けつけた兵士に人攫い事件のあらましをすべて話し、寮へと戻った。時間はとっくに夜の10時を過ぎていた。

部屋へ戻ると、アルカナが灯りを消さずに起きて待っていてくれた。俺がなかなか戻らないのを心配し、自分も探しに行こうとしてくれたらしいが、夜間の外出ということで兵士に制止されたのだという。冷静な彼が珍しく気を揉んでくれていたことに、少し胸が温かくなった。


翌日。俺は一昨日の激闘による魔力消費の「ツケ」を、全身の激痛と極度の倦怠感という形で払うことになった。

子供たちを無事に保護し、一安心した途端、張っていた緊張の糸が切れて一気に疲れが押し寄せてきたのだ。現場ではみんなを安心させるために痩せ我慢をしていたが、身体は限界を迎えていた。


ベッドに横たわりながら、今回の戦いを振り返る。

前の身体検査に比べれば、同時展開した魔法の数は少なかった。だが、アーミーの元軍人と直接武器をぶつけ合って気づかされたことがある。

俺が『水素変幻(ハイドロ・シフト)』と『形状制御(コントロール)』で作っていた氷の武器は、実質ただの「ハリボテ」だったのだ。『付与(エンチャント)』で強度や密度を補強しなければ、本物の武具や圧倒的な腕力の前では簡単に打ち砕かれてしまう。


(魔力の精密なコントロールはもちろん、自分自身の身体能力ももっと底上げしなきゃダメだ……。俺は魔法の技術以前に、魔法という力そのものに依存しすぎていた)


自分の明確な課題と弱点を浮き彫りにしながら、俺は丸一日をベッドの上で過ごした。


◇


休日が明け、登校日。

朝、教室に入るや否や、俺はクラスメイトたちからの質問攻めに遭った。一昨日の人攫い撃退劇が今朝の新聞に取り上げられていたらしい。「どうやって一人で倒したんだ!?」「相手はどんな奴だった?」と口々に聞かれ、俺は照れくささを隠しながら一つずつ丁寧に応答していった。


ガタガラと扉が開き、担任の先生が教室に入ってくると、沸き立っていた生徒たちは一斉に自分の席へと戻った。朝のホームルームが始まる。


「連絡は一つ。フルード、お前は表彰があるから放課後に校長室へ向かうように。場所は壁の地図に載っているから確認しておけ。以上」

「はい、分かりました」

「よし、朝のホームルーム終わり」


先生は相変わらず必要最低限のことだけを淡々と告げ、風のように教室を去っていった。その後はクラスメイトへの説明も大方終わっていたため、それぞれ友達同士で雑談に花を咲かせていた。その後に続いた午前中の授業は、いつもと変わらない平和なものだった。


◇


昼休み――食堂。


「……で、表彰の話を聞きに行って、帰りにルミナさんに会って一緒に食堂へ向かってたんです。……ところで先輩、なんで後ろからついてきてるんですか?」


俺が隣の席の先輩を見つめると、エレナ先輩は悪びれもせず「いや〜」と笑った。


「仲良く二人で食堂に向かっているのが見えたから、気になって後をつけちゃった! まさか魔法創作部で落ち合う予定だったなんてねぇ」

「それで、表彰は校長のバルキザス様から直接渡されたのかい?」


向かいに座るアルカナがスープを口に運びながら尋ねてくる。


「いや、バルキザス様はクロバキア王国奪還作戦の協議で、総大将のグレイブ様と話し合うために軍の本部へ向かっているらしくてさ。代わりに教頭先生が表彰状を渡してくれたよ」

「入学式にも姿を見せなかったからね」

「50年前から軍人として前線に立ち、魔法の発展に一番貢献しているお方だからな。多忙を極めているんだろう」


話を聞いていたエレナ先輩が、今度はルミナの方へと身を乗り出した。


「それよりルミナちゃん! 魔法創作部に入部してくれるのかな? 新聞を読む限り、もう立派に回復魔法を使えているようだけど!」

「はい、入部させていただきます! まだ初級しか使えないので、もっと上位の回復魔法も扱えるようになりたいんです!」

「やった〜〜!! ありがとう! 部活で女の子の友達が欲しかったんだよ〜! 新入部員が3人も入るなんて夢みたい! 去年の入部者なんてゼロだったんだから! ねぇねぇ、さっそく今日の部活で歓迎会をやろうよ! 買い出しで美味しいものをいっぱい買ってさ!」

「いいですね、ぜひやりましょう。フルードはどうだ?」

「俺も賛成。ルミナはどう?」


急に水を向けられたルミナは、申し訳なさそうに控えめに手を挙げた。


「えっと……すごくありがたいのですが、私、今日は午後から教会で『神のお告げをもらう儀式』の予定が入っていまして……」

「えっ? どうしてそんな急に?」


エレナ先輩が目を丸くする。


「昨日の新聞に『子供を救ったシスター・ソフィ』として記事が載ってしまって……。救われた子供たちの親御さんたちが、私に直接お礼を言いたいと大勢で教会に押しかけたらしいんです。教会側も最初は誰のことか分からず困惑していたそうなんですが、特徴や証言を照らし合わせた結果、私だと特定されて……。教会としても、この機会に評判を上げたいらしく、今日急きょ儀式を行って正式にシスターとして迎えることになりました」


ルミナの説明に、俺は少し呆れ交じりの溜息をついた。


「教会の『都合よく利用してやろう』っていう魂胆はイラっとするけど……何はともあれ、正式にシスターになれるんだな。おめでとう、ルミナ。……洗礼名はまた変わってしまうのか?」

「たぶん、別の名前に変わると思います。でも……フルード君が考えてくださった『ソフィ』という洗礼名、すごく気に入っているんです。だから、フルード君は私をそう呼んでくださっても構いませんよ?」


ルミナが少し照れくさそうに微笑む。俺は首を横に振った。


「ううん。俺は『ソフィ』より『ルミナ』の方がしっくりくるから、変わらずそう呼ぶよ」


そのやり取りを見ていたエレナ先輩が、手をパンッと叩いた。


「ねぇねぇ! ルミナちゃんの儀式って、私たちも見学できたりするの?」

「儀式自体は非公開なので見られませんが、大聖堂の外で待っていただくことはできます!」

「決まり! じゃあ今日は『新入部員歓迎会』兼『ルミナちゃん正式シスター昇格おめでとう会』にしよう! 終わりの時間なんて気にせず盛り上がろうよ! みんな、いい!?」


俺とアルカナは顔を見合わせ、同時に頷いた。


「「はい!」」


押しの強い先輩の勢いに押され、ルミナもワンテンポ遅れて嬉しそうに返事をした。


「……はい!」


◇


夕方――ルミナおすすめのレストラン。


「おめでとう〜〜! 洗礼名の授与と、魔法創作部への入部! 今日は私が大奮発して奢っちゃうから、心ゆくまで食べてね! あ、フルード君とアルカナ君の分は奢らないけど!」

「エレナ先輩、俺たち二人に入部記念の奢りはないんですか?」

「えっ……えーっと……じゃ、じゃあルミナちゃんのシスター昇格記念だから! 主役のルミナちゃんだけ特別サービス!」


俺とアルカナが納得いかない表情でじっと見つめると、先輩は気まずそうに視線を泳がせた。


「……それにしても、正式に授かった洗礼名が、フルード君の提示した『ソフィ』とまったく同じだったなんて奇跡的だねぇ」

「新聞に『シスター・ソフィ』って大きく書かれちゃいましたからね。教会側も整合性を合わせるために、その名前にせざるを得なかったんでしょう」


アルカナが冷徹に分析する。エレナ先輩は「なるほどね〜」と感心しながらルミナを見た。


「ルミナちゃん、本当に良かったね。念願の回復魔法も使えるようになって、素敵な洗礼名までもらえて……」


そこまで言ったところで、エレナ先輩は急に言葉を切り、何やらニヤニヤと笑いながら黙り込んだ。


「……? どうしたんですか、エレナ先輩。急に黙り込んで」

「いや〜? 別に〜〜? ニヤニヤしちゃうなぁって思っただけだよ〜?」

「エレナ先輩。後輩をあまりからかうのはその辺にしておいた方がいいですよ。本気で嫌われたくなかったら」


アルカナの静かな、しかし含みのあるトーンに、エレナ先輩の動きがピタッと止まった。どうやら過去に同じような調子で後輩に本気で引かれたトラウマでもあるらしい。先輩は分かりやすく冷や汗を流して静かになった。

その後は、今後の部活での目標や魔法カードの研究について楽しく語り合った。


◇


夜――レストランの外。


すっかり夜も更け、店を出た俺たち。ルミナが申し訳なさそうにエレナ先輩へ頭を下げた。


「エレナ先輩……あの、本当に全部奢っていただいてしまって、ありがとうございます……」


本当は途中でルミナが何度もお財布を出そうとしていたのだが、先輩は引きつった笑顔でそれを固辞していた。

アルカナが密かにルミナへアイコンタクトを送り、ルミナに追加の高級メニューやデザートを無邪気に頼ませるという高レベルな誘導を実行したのだ。結果として俺たち全員がお腹いっぱいになり、先輩の反論を封じ込めて全額支払わせることに成功したのだった。


(アルカナ……お前、敵に回すと一番恐ろしいタイプだな……)


「アルカナく〜〜ん……? ちょっと先輩と『楽しく』お話ししようかぁ……?」


財布をすっからかんにされたエレナ先輩が、般若のような笑顔でアルカナの首の襟元を掴み、路地の脇へと連行していく。……まあ、自業自得と言えなくもない。


取り残された俺とルミナ。


「……ルミナ。一昨日の夜、俺の傷を治療してくれた時、君の腕から魔法回路が『2本』起動していたんだ」

「え……?」

「回復魔法の『ヒール』は初級だから、本来なら魔法回路は1本で十分なはずだろ? 何か心当たりはあるか? 言いたくないなら無理にとは言わないけど」


俺の問いかけに、ルミナは少し考えてから、申し訳なさそうに言った。


「ええっと……たぶん、私の『固有魔法』が発動したんだと思います。いつも自分が意図していない時に勝手に発動しちゃうんですよね……」

「どんな効果の固有魔法なのかは分かるか?」

「いつも変なタイミングで出るので、自分でも全然分からなくて……。でも、この固有魔法の正体をちゃんと解明したいんです。きっと誰かの役に立つ力だと思うから」


まっすぐな瞳で自分の手を見つめるルミナ。俺は口元を緩め、力強く頷いた。


「そうだね。俺たちは魔法学校に入ったし、魔法創作部という最高の場所にも入った。人生はまだまだ長いんだから、いつか絶対に解明できるよ。それが分かるまで、前みたいに俺も手伝うからさ」

「……! ありがとうございます、フルード君!」


ルミナがパッと花が咲いたような笑顔を見せた、その時。


「お〜い! 二人して何をお話ししてたのかな〜!?」


金の徴収と説教を終えたエレナ先輩と、どこか涼しい顔をしたアルカナが追いついてきた。


「なんでもないですよ」

「ふ〜ん? ま、いっか! もう夜も遅いし、寮に帰ろ!」


賑やかな先輩の声を先頭に、俺たち四人は街灯が照らす夜道を並んで帰路についたのだった。

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