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捨てられた孤児ですが、不器用な辺境伯様に溺愛されました

掲載日:2026/04/04

 カビの臭いと、冷たく湿った空気が漂う地下室。

 石造りの床から這い上がってくる冷気が、わずか十歳の私の小さな体を容赦なく凍えさせていた。


(……お腹、すいたな。……頭が、割れるように痛い)


 すり切れた薄い布一枚を被り、私は膝を抱えて丸まっていた。

 私の名前は、ルリア。

 私には、前世の記憶が『うっすらと』ある。誰からも愛されることなく、ひたすら働いて孤独に倒れた……そんな悲しい夢のような、ひどく曖昧な記憶だ。

 小さな頃から、言葉遣いは大人っぽいと言われたこともその影響だと思う。でも、だからといって大人のように賢く立ち回れるわけではなく、今の私は痛みに泣き、理不尽に怯える年相応の十歳の子供でしかなかった。


 ただ、神様の気まぐれか、この世界に生まれ落ちた私には「固有異能ギフト」と呼ばれる力が備わっていた。『対象のあらゆる傷や病を瞬時に塞ぐ、絶対治癒の力』だ。


 優しい両親……特に、私と同じ銀色の髪と藤色の瞳を持っていたお父様は、私のこの不思議な力を恐れることなく、とても愛してくれた。「ルリアの銀髪は、月明かりみたいで綺麗だね」と頭を撫でてくれた温かい手。今でも目を閉じれば、大好きなお父様の笑顔が浮かぶ。


 けれど、両親が流行り病で亡くなり、親戚である男爵家に引き取られたあの日から、私の人生は地獄へと変わった。


『なんだその気味の悪い光は!……待てよ。傷が完全に塞がっているだと?』


 男爵である叔父は、私の異能を知るなり、私を家族としてではなく「都合の良い道具」として扱い始めた。

 叔父は裏で非合法な闘技場や、危険な密輸業に手を出していた。そこで傷ついた荒くれ者たちや、使い潰される奴隷たちを治癒させるため、私を毎日こき使ったのだ。

 高価なポーションも、医者を呼ぶ金も必要なくなる。叔父にとって、私はただで使える都合の良い回復装置だった。


『さっさと治せ!お前が治せば、こいつらはまだ働けるんだ!』


 朝から晩まで、血と泥にまみれた大人たちを治癒し続ける日々。

 魔力と体力を限界まで搾り取られ、頭が割れるような激痛に襲われて倒れ込むと、夜はこの冷たい地下室に放り込まれる。与えられるのは、一日に一度の硬いパンの欠片と泥水だけ。



(どうして、私ばかりこんな目に遭うんだろう。痛い。寒い。お父様……助けて……)



 すり減った精神と体はもう限界だった。

 薄れゆく意識の中、そっと目を閉じた、その時だった。



 ――ドゴォォォォォォンッ!!!



 鼓膜を破るような轟音とともに、地下室の分厚い鉄の扉が、紙切れのように吹き飛んだ。


「ひぃっ!?」


 濛々と立ち込める土埃の向こうから、巨大な影がゆっくりと足を踏み入れてくる。

 身長は優に二メートルを超え、漆黒の外套を翻すその男は、暗闇の中でも爛々と輝く血のような赤い瞳を持っていた。顔の右半分には、歴戦の猛者であることを示す恐ろしい傷跡が刻まれている。


(悪魔……?それとも、私を殺しに来た死神……?)


 私がガタガタと震えながら壁際まで後ずさった時、背後の階段から、叔父が転がるようにして駆け下りてきた。


「あ、あああ……ガ、ガランド辺境伯閣下!お待ちください!ここはただの物置でして、決して不正な帳簿や隠し財産など――」

「黙れ」


 男――ガランド辺境伯と呼ばれた大男の地を這うような低い声が、地下室をビリビリと震わせた。


「貴様が国からの孤児救済金を横領し、裏で非合法な奴隷売買や密輸に手を染めていた証拠はすべて上がっている。王家の命により、この腐りきった男爵家は俺が直々に粛清しに来た」


 その言葉に、叔父は絶望に顔を歪め、その場にへたり込んだ。

 彼らが罰を受ける。その事実に驚きつつも、私はただ息を潜めることしかできなかった。私のような薄汚れた道具も、一緒に斬り捨てられてしまうに決まっているからだ。


 辺境伯は、隠し財産を探すためにこの地下室を吹き飛ばしたのだろう。

 忌々しげに室内を見渡した彼の赤い瞳が――部屋の隅でボロ布を被って震える、私を捉えた。


「……なんだ、あの子供は」

「あ、ちが、これは、その……ただの薄汚い孤児でして!怪我人を治すのに使える便利な道具で――」


 ガランド辺境伯は何も言わず、叔父の首根っこを片手で掴み、軽々と宙に持ち上げた。

 そして、獲物を睨むような鋭い目で、私をじっと見据えた。


「……その銀髪に、藤色の瞳。……おい、そこの娘。お前の父親の名はなんという?」

「ひっ……あ、アーサー……アーサー・ランバート、です……」


 私が震えながら答えた瞬間。

 辺境伯の赤い瞳が大きく見開かれ、次いで、地獄の底から響くような激しい怒りが地下室を震わせた。


「やはり……!貴様っ、よりにもよって亡き我が戦友の忘れ形見を、このような穴倉に閉じ込め、道具として酷使していたとはな……っ!」

「が、はっ……!?か、閣下……っ!?」


 辺境伯の手がギリッと音を立てて締まる。


「貴様らに生きる価値はない。全財産を没収の上、一族郎党すべてを極寒の北の鉱山へ生涯強制労働として送る」

「そ、そんなぁぁぁっ!?」


 叔父をゴミのように床に放り捨てた辺境伯が、こちらへ振り返る。

 大きな、分厚い手が、私に向かって伸びてきた。


(いやだ……叩かれる、殺される……っ!)


 私はギュッと目を閉じ、身体を丸めて衝撃に備えた。

 しかし――。


「……迎えが遅くなって、すまなかった。もう、大丈夫だ」


 頭に降ってきたのは、暴力ではなく。

 ゴツゴツとしているけれど、大好きだったお父様と同じくらい優しくて、温かい手のひらだった。


「え……?」


 恐る恐る目を開けると、血のように赤い瞳が、ひどく痛ましそうに私を見つめていた。

 彼は、自分の着ていた厚く温かい毛皮の外套を脱ぐと、私の小さな体をすっぽりと包み込み、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと抱き上げたのだ。


「……よく耐えたな。俺と一緒に来い」

「あ……う……」


 久しぶりに触れた、人の温もり。

 彼の胸から聞こえる力強い心音に、私は声も出せないまま、ただ小さく頷くことしかできなかった。



 ―・―・―



 辺境伯の屋敷に到着したのは、それから数日後のことだった。

 道中の馬車の中で、私は彼が私を殺すために連れ出したのではないのだと、少しずつ理解し始めていた。彼は私に温かいスープを飲ませ、毛布を掛け、私が怯えないように常に少し離れた席に座ってくれていた。


 しかし、屋敷に到着した途端、私は再び混乱の渦に叩き込まれることになった。


「ようこそおいでくださいました、ルリア様とおっしゃいますのね。さあ、すぐにお風呂の準備ができておりますよ!」

「まぁ、なんて可哀想に……こんなに痩せ細って……。今日から私たちが、全力でお世話させていただきますからね!」


 屋敷のメイドたちは、私を見るなり涙ぐみ、まるでお姫様でも扱うかのように優しく出迎えてくれたのだ。

 温かいお湯で体を洗い、良い香りのするオイルを塗り、見たこともないような最高級の絹のドレスを着せられる。


(どういうこと……?私、ただの孤児なのに。これって、もしかして……太らせてから食べるつもりなの!?それとも、何か恐ろしい生贄にされるの!?)


 前世の曖昧な記憶と、今世のトラウマが抜けきらない私は、フカフカのベッドに座らされても、まったく落ち着くことができなかった。

 コンコン、と控えめなノックの音がして、ガランド様が部屋に入ってきた。


「……少しは、落ち着いたか」


 相変わらず顔は怖い。声も低い。

 私はビクッと肩を跳ねさせながら、こくこくと頷いた。


「そ、その……ありがとうございます。お風呂、温かかったです」

「そうか。それはよかった。……腹は減っていないか?夕食の用意ができている」


 食堂に案内されると、そこには長いテーブルに乗り切らないほどの、豪華なご馳走が並べられていた。

 焼きたてのパン、湯気を立てる肉料理、色鮮やかな果物、そして見たこともないほどキラキラした宝石のようなケーキ。


「……食え。お前が好きなものを、好きなだけだ」


 ガランド様は私の向かいの席に座り、そう言って不器用に視線を逸らした。

 私はごくりと喉を鳴らした。お腹はペコペコだ。でも……。


「……あの。毒は、入っていませんか?」


 私がそう尋ねた瞬間。

 ガランド様の動きがピタリと止まり、背後に控えていたメイドたちが「ヒッ」と息を呑んで涙をこぼした。


「……毒、だと?」

「はい……。私、お肉なんて贅沢なもの、食べたことないので。こんなに良くしていただく理由がわかりません。……私に治癒させたい怪我人でもいるんですか?それなら、食事の前に働きますから……」


 私は、テーブルの下で震える手を強く握りしめた。

 怖い。でも、また裏切られて絶望するくらいなら、最初から最悪の事態を想定しておきたかった。


 沈黙が下りる。

 ガランド様は静かに立ち上がり、私の隣へと歩いてきた。

 そして、私の前に置かれていた肉料理をナイフで小さく切り分けると、その一切れを自分の口に運んだ。


「……毒など入っていない。お前を害する者は、この屋敷には一人もいない。お前に働けなどとも言わない」

「えっ……」


 彼は、私の目線に合わせて片膝をつき、真っ直ぐに私の目を見た。


「理由なら、ある。……お前の父親であるアーサーは、俺が新兵だった頃に命を救ってくれた、無二の恩人であり戦友だった。彼が亡くなった時、俺は遠征中で駆けつけることができなかった。……すまなかった」


 その赤い瞳の奥には、嘘偽りのない深い後悔と、底知れぬ優しさが揺らいでいた。


「俺は顔も怖いし、口下手だ。お前を怯えさせているのはわかっている。だが……ルリア。俺は、友の残した宝であるお前を、俺の命に代えても守り抜くと誓う」

「宝……」


「そうだ。お前は道具じゃない。……もう、怯えなくていい。ここは、お前の家だ」


 その言葉は、私の心の奥底に分厚く張っていた氷を、音を立ててひび割れさせた。

 誰も私を気遣ってくれなかった。倒れるまで働かされるのが当たり前だった。

 でも、目の前にいるこの大きくて恐ろしいよう見える方は、お父様と同じように私のことを「宝」だと言い、守ると言ってくれた。



「あ……うぅ……っ」



 瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

 私はもう我慢できず、ガランド様の大きな胸に顔を押し当てて、声を上げて泣きじゃくった。


「うわあああああんっ!怖かったよぉっ!ずっと、ずっと痛くて、寒かったよぉ……っ!」


 私が泣き叫ぶ間、ガランド様は何も言わず、ただ不器用な手つきで、何度も何度も私の背中を優しく撫で続けてくれた。

 その手の温もりは、私の魂の奥深くまで浸透し、凍りついていた心を優しく溶かしていくようだった。



―・―・―



 あの日、ガランド様の胸で泣き崩れてから。

 私の世界は、驚くほど鮮やかな色で満たされ始めた。


「ルリア様、今日のおやつは焼きたてのクッキーですよ。アーモンドをたくさん入れておきました」

「わぁ、ありがとうございます、ベラさん!」


 孤児院のような男爵邸の地下室には、甘い匂いなんて一度も漂ってこなかった。

 でも、この辺境伯邸のメイドさんたちは、私が少しでも笑うと、まるで自分のことのように喜んでくれる。


 ガランド様は相変わらず顔が怖くて、廊下で会うたびに体がピシッと固まってしまうけれど。


「……ルリア。今日は、庭のバラが綺麗に咲いている。あとで見に行くといい」


 そう言って、私の視線に合わせて腰を屈めてくれる彼の声は、いつだって震えるほど優しかった。


 


 ある日の午後。

 私は庭のベンチで、ベラさんからもらった絵本を読んでいた。

 ふと、茂みの奥でパタパタと暴れる小さな音が聞こえた。


「……?どうしたのかしら」


 覗き込むと、そこには羽を怪我して飛べなくなっている一羽の小鳥がいた。

 赤くて小さな命が、苦しそうに呼吸を乱している。


(……助けなきゃ)


 私は無意識に手を伸ばした。

 けれど、指先が触れようとした瞬間、叔父様の怒鳴り声が頭の中に響いた。



『その力は一銭にもならない奇術だ!無駄遣いをするな、飯が食いたいなら道具らしく働け!』



 私はガタガタと震え、手を引っ込めた。

 もし、ここで魔法を使ったら。ガランド様は怒るだろうか。

「勝手に魔力を消費するな」と、また暗い地下室に戻されてしまうだろうか。


 恐怖で涙が溢れそうになった、その時。


「……どうした、ルリア」


 いつの間にか背後に立っていたガランド様の影が、私を優しく包み込んだ。

 私はビクッと肩を震わせ、俯いたまま絞り出すような声で言った。


「ご、ごめんなさい……。小鳥さんが、怪我をしていて。……治してあげたいけれど、私、道具なのに勝手なことを……」


 すると、ガランド様は私の隣に静かに膝をついた。

 彼は怪我をした小鳥を見つめ、それから私の震える手を、そっと自分の大きな手で包んだ。


「ルリア。お前は道具じゃないと、何度も言ったはずだ」

「で、でも……」

「お前のその力は、誰かに強要されて使うものじゃない。お前が『助けたい』と願った時にだけ、お前のために使うものだ。……俺は、お前がその力で誰かを救おうとする姿を、誇りに思う」


 誇りに、思う。

 一度も言われたことのない言葉。

 私はガランド様の赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。そこには怒りなんてどこにもなくて、ただ、私の決断を待ってくれている静かな温もりだけがあった。


「……はい」


 私は深く息を吸い、小鳥に手をかざした。

 藤色の瞳を閉じ、心から願う。



(……痛いの、飛んでいけ)



 次の瞬間、私の掌から柔らかな藤色の光が溢れ出した。

 それはかつて叔父様の下で、無理やり搾り取られていた冷たい光とは違う。私の内側から湧き上がる、温かくてキラキラした奇跡の光だ。


 光が収まると、小鳥の折れていた羽は元通りに繋がり、傷跡一つ残っていなかった。

 小鳥は不思議そうにパタパタと羽を動かすと、「チチッ!」と嬉しそうに鳴いて、私の指先をつついてから、高く澄んだ青空へと飛び去っていった。



「……あ」



 空を自由に舞う小鳥を見て、私の胸の中にあった重い塊が、ふわりと消えていくのがわかった。

 私の力は、人を苦しませる道具じゃない。

 こんなに、優しい奇跡なんだ。


「よくやった。……素晴らしい魔法だ、ルリア」


 ガランド様が、ゴツゴツとした手で私の頭を優しく撫でてくれた。

 私は初めて、彼の前で顔を綻ばせた。



「……ふふ、よかったです」



 私が笑うと、ガランド様は一瞬目を見開き、それから「お前は笑顔が似合っている」と少し恥ずかしがりながら頭の上を撫でてくれた。


 まるで本当のお父様のような優しい手の感触だった。



―・―・―



 季節が巡り、私がこの屋敷に来てから半年が経ったある朝、ガランド様が難しい顔で手紙を読んでいた。


「……ガランド様、何かあったのですか?」

「ああ。例の男爵一家のことだ」


 ガランド様の言葉に、私の心臓が少しだけ跳ねた。

 叔父様たちのその後。


「彼らは現在、最北の鉱山で強制労働に就いている。……だが、これまで贅沢三昧を繰り返してきた彼らには、あまりに過酷だったようだ。お前の叔父は腰を痛めて働けなくなり、叔母と従姉は慣れない労働でボロボロになりながら、かつてお前が食べていたような、泥のような食事を分け合って暮らしているそうだ」


 ガランド様は私の顔色を窺うように続けた。


「……もし、お前が彼らを許せず、もっと重い罰を望むなら、俺はいつでも――」

「いいえ」


 私は静かに首を振った。

 不思議なほど、怒りも憎しみも湧かなかった。


「……私は今、とても幸せです。ガランド様がいて、ベラさんがいて、毎日お腹いっぱいで、温かいお布団で寝られます。……彼らのことは、もう気にしてません」


 過去の記憶は、もう私を縛る鎖ではない。

 私がそう言うと、ガランド様は安堵したように深く息を吐き、私の手を取った。


「そうか。……なら、もうその話は終わりにしよう」


 彼は少しだけ言い淀んだ後、真剣な表情で私を見つめた。


「ルリア。お前の両親……俺の戦友だったアーサーたちを呼び戻すことはできない。だが……。もし、お前さえよければ、俺の正式な養子になってくれないか」

「養子……?」

「俺はお前の『父親』にはなれないかもしれない。……だが、俺はお前と一緒に、これからのお前の成長を、一番近くで見守っていきたいんだ」



 それは、不器用で温かい、家族になるための真っ直ぐな誓いだった。



 私はもう、迷わなかった。

 前世のうっすらとした悲しい記憶も、今世の辛い思い出も。

 すべて、この温かい手に出会うための道のりだったのだと思えた。



「……ガランド様」



 私は彼の大きな手を、小さな両手でぎゅっと握り返した。



「……お父様、って呼んでもいいですか?」



 その瞬間。



 王国最強の騎士と恐れられるガランド辺境伯は、まるで雷に打たれたように呆然と固まった。

 やがて、その鋭く恐ろしい赤い瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちる。


 彼は声を上げることもできず、ただ震える大きな腕で、私を壊さないように、けれど決して離さないように、ぎゅっと抱きしめた。



「……ああ。俺の命に代えても、お前を守る。俺の大切な、愛しい娘……っ」



「……はいっ、お父様……!」



 背後で見ていたメイドのベラさんたちが、「おめでとうございますー!」とハンカチを濡らしながら一緒に泣いている。



 窓の外には、どこまでも明るい春の陽光が差し込んでいた。



―・―・―



 それから数年。

 辺境の地には、ある噂が流れるようになった。


 血も涙もない恐ろしい『狂血の辺境伯』は、引き取った養女を溺愛するあまり、立派な親バカへと変貌を遂げたらしい。

 街で娘に近づこうとする同年代の少年がいれば、一目見ただけで震え上がらせるほどの殺気を放ち、娘に似合うからと領地中の美しいドレスや宝石を買い占めているのだと――。


「お父様、また広場で男の子たちを睨みつけましたね?」

「……いや、睨んでなどいない。ただ、私の可愛い天使に近づく害虫を威嚇……いや、少し牽制しただけだ」

「もう、威嚇って言っちゃってますよ」



 美しく成長したルリアは、相変わらず過保護で不器用な義父の手を引き、クスクスと笑い合う。

 彼女の治癒魔法は、今やこの領地の人々を救う希望の光となっていた。



 だが、これはまだ、彼女の二度目の人生の序章に過ぎない。

 彼女の驚異的な魔力に目をつけた王都の勢力、そして彼女の出生に隠された、さらなる「王家の秘密」が動き出そうとしていることを、今の二人はまだ知らない。




 けれど、どんな嵐が来ようとも。



 不器用な父と優しい娘の繋がれたこの手が離れることは、二度とないのだ。


 

 かつて冷たい暗闇の中で震えていた小さな手は今、何よりも温かい家族の陽だまりに包まれ、希望に満ちた未来へと歩み始めている。





ここまでお読みいただきありがとうございました!

私の作品の中では珍しく子供が主人公のお話でした!短編ですが、読み切りの作品のように続編があるように作ってみました。


よろしければ評価してくださると励みになります!

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
とっても素敵なお話ですね。 うるっとする場面がたくさんあり、ルリアちゃんが幸せになってくれて心の底からよかったと思えました。 最後に出てきた「秘密」が気になります。 よかったら続きを読ませていただきた…
ルリアちゃんが救われて良かった〜 不器用な辺境伯が父となり、親バカに進化する過程が微笑ましい(´∀`) ルリアちゃんが辺境伯の元で癒されてきて、男爵の事をもう関係ないものとして精神的に切り捨てられて良…
 道具にされていたルリアが物理的にも、精神的にも救われて良かったです。  不器用な「父」と「娘」の心の触れ合いを微笑ましく思いながら、これから二人に降りかかるであろう様々なことも気になってしまいました…
感想一覧
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