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第六章:勇者、厨房に立つ


スシロー市ヶ谷店――金曜、夕刻。


制服に袖を通し、髪をきちんと束ね、胸に名札をつけたセリウス。

ロッカーの前で名札を見つめて感慨深く言う。


セリウス︰「これがこの《スシロー》ギルドの一員である証というわけか…かつての初心を思い出す…」


バックヤードで深く息を吸い込んでいた。


セリウス(心の声):

「ここが《スシロー》ギルドの本拠…厨房という名の“錬兵場”…!」


陽翔:「大丈夫? 緊張してる?」


セリウス:「いや、これは“使命”だ。騎士としての務めとて、火の中、水の中――厨房の中でも恐れはない」


陽翔:「いや、火も水も実際使うけどさ……」


◆ ◆ ◆


指導役として現れたのは、バイト歴3年の大学生・宮下楓みやした かえで。クールで無口な眼鏡女子だが、仕事には厳しい。


楓:「セリウスくん、よろしく。まずは皿洗いからね」


セリウス:「心得た。皿洗いとは洗礼儀式のようなものであろう。器を清めるは、すなわち神殿の祭器を浄める聖務……全力で挑もう」


陽翔(見守り役として付き添い中):「(……もういちいち説明しないほうがいいな)」


◆皿洗い=聖具清めの儀◆


いつにもまして力の入ったセリウス。

シンクの前に立ち、バンダナを巻き、ゴム手袋を装着すると、まるで戦の前の祈りのように皿を見つめた。


セリウス:「汝、数多の民の口を満たした“異界神の円盤”たちよ……今、我が手中にて清き水の加護を受けるがいい!」


ザッ! ザブザブ! カシャーン!


楓:「……セリウスくん、割ったらダメだよ。今ので3枚目」


セリウス:「すまん。異界の陶器がこんなにも脆いとは……現代の神器は繊細すぎるな」


陽翔:「慎重にね! っていうかマジで慎重にね!」


数十分後ーー。


楓:「あれ? ……今度は割ってないじゃん」


セリウス:「…この異界での水精霊との対話に慣れてきたようだ。皿も己の手に馴染み始めた」


陽翔:(それたぶん“慣れ”っていうやつ……)


◆回転寿司レーンとの遭遇◆


次はホールで、寿司皿の補充を任されたセリウス。初めて目にする回転式レーンに、完全に魔術的誤解が入る。


セリウス:「これは…完全に分かった。こいつは無限に巡る“召喚の輪”だ…!」


レーンの上を滑るまぐろ、えび、たまご寿司を見て、セリウスの目が鋭くなる。


セリウス︰「磯の匂いか…かつての故郷《レノールの港町》を連想させる…そして色とりどりの魚介と思わしき供物…心地いい空間だ」


陽翔︰「おおーい!セリウス!」


陽翔の声でふと我に返るセリウス。


セリウス:「む、すまない!…神器…召喚の輪…神器に置かれた供物…これが異界の神々の試練ということなのか。いやあれは供物ではない、獲物だ。獲物が流れてくるとは、狩りの技を見極められているな……!」


バシッ!


セリウス、真顔で素手キャッチ。


楓:「ちょっと!? 触っちゃダメです! それお客さんの!」


セリウス:「むっ……すまぬ、これは神託を受けし“獲物”ではなかったのか……」


陽翔(遠くから):「やめてーッ! 一番やっちゃダメなやつーーッ!」


“洗い場の試練”その二


再び洗い場に戻ると、楓が真顔で言う。


楓:「次は“生ごみ”の処理。心してかかってね」


セリウス︰「《ゴミ》…ゴミとは?」


楓︰「この店の残飯とか、そういう廃棄物よ、それは分かるでしょ?」


セリウス:「《生ゴミ》…生けるゴミ……!? それは供物から蘇りし闇の魔獣の類か!? まさかこのスシローギルド、このギルドの地下に封印されし“穢れし獣”を飼っているとでもいうのか…!」


陽翔:「いや違う。残飯だよ。ただの残飯だよ!」


セリウスは、残ったネタをきちんと分別しながら手を合わせる。


セリウス:「神々の供物達よ……その身を捧げ、民の胃袋を満たさんとした高潔なる魂……我が手にて清らかなる地へ送り届けん…!」


楓:(……あれ、なんかかっこよく聞こえた)


◆勇者、厨房の仲間と出会う◆


休憩室。セリウスは同僚たちと談笑していた。


山本やまもと れん:陽翔と同じ高校のクラスメイト。軽口の達人。

・飯田 奈々いいだ ななこ:年下だが仕切り屋。メニュー知識の鬼。


蓮:「おいおい、セリウスってマジで本名? あの履歴書見たぞ、冗談かと思ったわ!」


セリウス:「疑うのは無理もない。だがこれは、我が母より賜りし名。魂の誇りと共にある」


奈々子:「めっちゃ真面目……てか魔王倒したってほんと?」


セリウス:「闇の帝王グルアトロスとは、七つの塔を超えた先で相まみえた」


陽翔:「(やっぱり黙ってられなかったか…)」


楓:「ま、いいんじゃない? 仕事できるし。ファンタジー系男子ってことで」


蓮:「じゃあ、今夜の賄い飯は“魔王風カルパッチョ”にするか?…あ!店長には内緒な」


セリウス:「ほほう…この異界には、倒した魔王を料理に供する風習カルパチョがあるのか……なかなか剛胆だな!」


◆勇者、時給1100円の誇りを胸に◆


勤務終了後、セリウスは静かにレジに立ち、給料袋を手にする。


セリウス:「…これが《時給》…時の神の加護より授かりし報酬…!」


中には一万円札と千円札が数枚。


セリウス:「紙でありながら、何とずしりとした重量……我が手で得た金貨と同等、いやそれ以上!まさしく真の力…!」


陽翔:「セリウス、すごくがんばってたよ。まさかクビにならないとは思わなかった」


セリウス:「勇者にギルド“不採用”などはない。我は道を切り開く者だからな」


陽翔:「……セリウス、やっぱすげーよ」


セリウス:「ふ。そなたの導きがあればこそだ、陽翔」


その背に、スシローのロゴが夕陽に照らされ、わずかにきらめいた。

――そう見えたのは、陽翔の目の錯覚だったかもしれない。


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