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第五章:勇者、面接に立つ

朝、陽翔の部屋。

セリウスは窓から差し込む光に目を細めていた。


セリウス(心の声):

「コウコウでの学びは実に奥深いものだった…だが、この世界において“貴族”の庇護が永久に続くとは限らん。いずれ自立せねば……」


ふと、机に無造作に置かれた小冊子に目をとめる。

表紙にはこう書かれていた――


『初めてのアルバイト特集! 高校生歓迎!』


セリウス:「アル・バイト……!? 新たな職業ギルドとでもいうのか……!」


陽翔に尋ねると、あっさり返された。


陽翔:「いや、バイトってのは要するに“働く”ってこと、労働。給料もらって。給料は働いてお金、つまり紙幣をもらうってことだよ」


セリウス:「この異界では金貨の代わりに紙幣が流通している…それを授かるのが“労働”という儀式のことか……! これは異界に生きる者として避けては通れぬ義務だ…!」


その晩、家族会議が行われた。

セリウスが「この城に負担をかけぬためにも、自ら資金を得る」と宣言すると、誠一は真剣な面持ちでこう言った。


誠一:「そこまで言うなら……バイト、紹介してやるよ」


――数日後。久坂家の朝。

陽翔とセリウスが並んで朝食の食卓に着いていた。


陽翔︰「セリウス、バイトって本当に行く気なの?」


セリウス︰「当然だ、ハルート。私はこの異界においても“働くことで力を得る”と貴族の王から聞いた。これは勇者としての新たな試練であり、修行でもある」


勇者セリウス・ヴェル=アルマは昨日、商店街の一角で手にした求人情報誌をまるで秘匿魔導書を持つかのように懐に入れ、目を輝かせていた。ちなみにその雑誌の名前は『バイトマッチング!2025年版・関東号』だった。


陽翔︰「うん、でも……よりによって“スシロー”に応募するのは、なんで?」


セリウス︰「この《スシロー》…あの魔導書に記されていた絵があの日、町中で見た《回転式レールの食堂》だった。そしてこの名の響き…いかにも東方由来の高位剣技か秘術の名に聞こえるではないか。“すし流奥義”…いや、“酢士流忍術”か?」


陽翔︰「ああ…そっちの世界にも一応、こっちと似た文化があるのね」


セリウス︰「東方地域は非常に義を重んじ、武に優れた民族であり、人情でありふれていた…今の私が修行するにふさわしい場所…それが《スシロー》だ」


陽翔︰「......」


陽翔︰「いや、ただの回転寿司チェーン店だからね…」


◆  ◆  ◆


スシロー市ヶ谷店。午前十時。


セリウスは、陽翔に同行してもらいながら店舗の裏手にある面接ブースへと赴いた。彼は簡易魔法の儀式により甲冑を外し、新たに黒のTシャツと陽翔の貸してくれたスラックスを身にまとい、髪も七三分けにきちんと整えられていた。


セリウス︰「……いかがか?この“面接”なる異界の儀式には、これで臨めるか」


陽翔︰「バッチリ……って言いたいけどさ、俺の説明の仕方が悪かったのかな。履歴書の“特技:召喚魔法”と“職歴:魔王討伐”って部分は、もう少しこう……控えめに書けなかったの?」


セリウス︰「正直に申すこと、それ即ち騎士の美徳と聞いた事がある」


そこに現れたのは、スシロー市ヶ谷店の店長、松田だった。30代半ば、やや眠そうな目と人懐っこい笑みの持ち主。


松田「はいはーい、どうも〜。えーっと、セリウスくん…だよね?外国人の方?」


セリウス「はっ、セリウス・ヴェル=アルマと申す。聖光王国・アヴァリシアが誇る随一の勇者だ」


松田︰「……あっ、うん。なるほど」


一瞬の沈黙ののち、松田は履歴書に目を落とす。


松田︰「職歴、魔王討伐……特技、古代語の詠唱と属性魔法。ふむ……いや、アピールすごいけどさ」


セリウス︰「異界にて、光と闇の狭間に立ち、我が剣にて数多の災厄を断ってまいりました。この地でも民草のため、力を尽くしたく存じます」


松田は陽翔と目を合わせて苦笑した。


松田︰「……いや、でも最近人手足りてないし、真面目そうだし……週3からでいいよ?」


陽翔︰「本当ですか!?あっ、ありがとうございます!!」


セリウス︰「《シュウサン》…ハルート。《シュウサン》とは一体何なのだ?」


陽翔︰「喜べよ、この店に採用されたぞ、セリウス!」


セリウス︰「いや…《シュウサン》というのは…」


陽翔が飛び跳ねるように喜ぶ。セリウスはといえば、やや仰々しく立ち上がり、


「そうか…《シュウサン》とは、これはまさに“試練の門を越えし者に与えられる、称号と報酬”…ということなのか…!」


松田︰「いやあのね、まだ採用とは言ってないんだけど……。ま、初回は来週の金曜、夕方から頼むね」


セリウス︰「心得た、ギルドマスターよ。いや、スシローギルドの騎士長よ……我が魂と剣、ここに捧げん!」


松田︰「……うん、じゃあ時給は1100円からね」


セリウス︰「時給…なるほど、理解した。時の神の加護を金貨に変える力…とでもいうのか」


そうつぶやきながら、セリウスは面接ブースを後にした。

陽翔が苦笑混じりに呟く。


陽翔︰「セリウス……まさか受かるとは思わなかったよ」


セリウス︰「勇者に“門前払い”は似合わぬからな!」


――かくして、異界の勇者セリウスは現代日本での“初の就労”へと歩みを進めることとなったのである。


(続く)


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