第四章:神官の学舎《コウコウ》へ
朝、クサカ城こと久坂家では、またしても小さな騒動が起きていた。
セリウス︰「ハルートよ……本当に、今日という日は来たのだな。そなたの聖務の日か……」
セリウス・ヴェル=アルマは、窓辺で陽翔の制服姿を見つめながら神妙な面持ちで呟いた。
陽翔︰「……いや、普通に学校行くだけだからね」
陽翔は呆れたように言いながら、ネクタイを整える。だがセリウスは譲らない。
セリウス︰「神官の装束たるその《セーフク》……格式と清浄を重んじた高位神官の装いにしては随分と動きやすそうだ。だが、貴族たるこの城の神官であるおぬしにふさわしい!」
陽翔︰「いや、制服は全員おなじ……っていうか、やっぱり来るの?」
セリウス︰「無論だ。神官の学び舎とは、そなたが神に仕える者として日々修行を積む神聖なる場であろう。僧としての戒律、儀式魔法の継承、信仰の座学――これは見届けねばならん!」
陽翔︰「うち、普通の県立高校だけど?」
だが、セリウスの探究心は止まらない。
セリウス︰「この目で見てみたいのだ、ハルート…この世界が誇る《コウコウ》の神殿構造、教育、そして神官見習いたちの聖なる日常を……!」
──こうして、セリウスの《コウコウ》視察が決定してしまった。
聖院高等学校・登校時刻
生徒A︰「おはよー陽翔くーん……って、その人だれ!?」
生徒B︰「う、うわっ!? なにあの人……鎧!? えっ、えっ……本物じゃない!? コスプレ……じゃないのか……ええっ!?」
門をくぐった瞬間、生徒たちのざわめきが止まらなかった。
セリウスは金と黒の鎧を煌めかせ、背中には巨大な剣を携えたまま、悠然と校門をくぐる。しかも、校舎を見上げる目は輝いていた。
セリウス︰「これが…神官の学舎……石と金属で築かれし高き砦。外敵から防いで、知を守る神殿…か…」
陽翔︰「いや、鉄筋コンクリート……って説明しても無駄か」
陽翔は頭を抱えながらも、なんとか教師に説明し、今日一日だけ「文化交流目的の特別見学」としてセリウスの同行を認めてもらうことになった。
第一時限:現代文(セリウスにとっての“口伝の魔術”)
先生︰「『こころ』は……人の心の揺れを描いた名作です」
授業中、先生の言葉を聞き、セリウスは瞳を光らせた。
セリウス︰「…深い…言わば“こころ”とは、民の精神構造と欲望、倫理との狭間を描く……この世界の聖典か!? まさかこの現代においても『賢者・ナツメ』の名が残っているというのか……!」
陽翔︰「ナツメソウセキを賢者扱いするなって……」
隣の席で陽翔が小声でツッコミを入れる。
セリウス︰「“先生と私”……この叙述にこそ、真の呪文の基礎がある。言葉の裏に潜む想念の流れ…まさしく精神魔術の初歩だ…!」
前の席に座っていた委員長の百瀬涼花が振り返り、眉をしかめる。
涼花︰「久坂くん、まさか本当にあの人、騎士を連れて来たの? ……当たり前だけど校則違反よ? 鎧を着て登校って」
陽翔︰「いや、俺も止めたんだけどさ……」
先生も黒板の前で戸惑っていた。
先生︰「ええと……久坂くん。その人、保護者……じゃないよね? 文化交流? って本気で言ってるのかい?」
陽翔︰「はい、今うちに住んでて…えぇっと…異文化、体験を…その…」
セリウス︰「むむ……この者が神官か。さすが高位神官の者、威厳がある」
セリウスは辺りを闊歩し見回しながら言う。
セリウス︰「それにしてもこの神殿…崇拝している神はなんなのだ?…またしてもあの《トリメロ》とかいう神獣なのか?」
陽翔︰「お、おい…ッ!…セリウス!!」
セリウス︰「ん?」
先生︰「…あ、あのぅ…ちょっと校長に確認してきます」
先生はそう言って教室を急いで出ていった。
──かと思えば。
第三時限:化学(“錬金術”と認識)
セリウス︰「なに!? その蒸留装置で水銀と硫黄を!? 錬金術か、これは錬金術の授業だな!!」
陽翔︰「違う違う、今日は水の電気分解だから!」
セリウス︰「フラスコという名の魔晶石器具で、雷精霊の力を封じた導線を使って……」
陽翔の親友で科学部の小池大地が、セリウスの言葉に目を輝かせた。
大地︰「うわ、何その設定超アツいじゃん! 錬金術! ていうか君すごい役作り徹底してるね!」
セリウス︰「うむ、神官・コイケダイよ。そなたもまた、術式に通ずる者か。学び舎には思わぬ逸材が眠っていたとはな……!」
大地︰「え、マジで俺選ばれし者?」
涼花︰「やれやれ……」
涼花が、半ば呆れつつも興味深げに二人を眺める。
──昼休みにはパンを手に取って、
セリウス︰「なんとこれは……小麦を高温で熱し、魔法陣なしで保存した《携帯食》! この香り、ただの食糧にあらず……神官よ、これがそなたらの“主食”か!」
陽翔︰「学食のパンに感動するなって!」
放課後:屋上にて
夕暮れ。屋上で、陽翔はジュースを飲みながら、並んで腰を下ろすセリウスを見た。
陽翔︰「……なあ、セリウス。なんでそこまでして俺の世界のこと、知りたいんだ?」
セリウスはしばし空を見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
セリウス︰「私は…あの“異界の門”を通ってこの世界に来た時、思ったのだ。ここは我が世界にはない、もう一つの未来。だが――見捨てられるべき異界ではなかった」
陽翔︰「見捨てられるべき?」
セリウス︰「私は勇者として、多くの村を見てきた。文明が滅び、魔王に奪われ、忘れられていく地を。それと同じものが、ここにもあるのかと思っていた。だが違った。人は心を通わせ、言葉を交わし、家族を大事にし、パンを分け合う……」
セリウスは、にこりと微笑んだ。
セリウス︰「……それだけで、この世界は守るに値すると思えた」
陽翔は、その言葉に少しだけ目を見張った。
陽翔︰「セリウス、お前……」
セリウス︰「それに、《コウコウ》という神殿……いや、学び舎のあり方は気に入った。明日もまた、参じたい」
陽翔︰「……ダメ」
セリウス︰「なぜだ!?」
陽翔︰「うち、私服登校じゃないから! 毎日鎧で来られても困るって!」
だが、陽翔はふと、思う。
この男が、自分の世界に“興味”を持ってくれる。
それは、ちょっとだけ誇らしいことかもしれない。
夕焼けに染まる屋上。現代の少年と異世界の勇者は、しばし無言でその景色を眺めていた。
──こうして、神官の学舎は、セリウスにとって新たな「聖地」としてその名を刻むこととなった。