第二章 目覚めし“勇者”、家庭の食卓に立つ
静まり返った夜の一室。
窓の外では、住宅街の灯りがちらちらと揺れていた。
布団の上に横たわる青年は、しばらく天井を見つめていた。
額には薄く光を放つ魔法陣。
呼吸は安定し、蒼い瞳にようやく意識が戻っている。
青年(心の声):
「ここは…異界。先ほどの少年に運ばれ…これは、神の庇護を受けたということか…」
ふと視線を巡らせると、壁にかけられた時計が目に入る。
短針と長針。規則正しく回るその動きに、青年は思わず息を呑んだ。
青年:「…これは…時か?魔法仕掛け… いや、魔力の気配はない。時の動きを可視化しているのか…」
そこへ、部屋のドアがそっと開いた。
陽翔:「起きたか。大丈夫?」
青年は顔を起こし、陽翔を見た。
そして、数秒の沈黙ののち――
青年︰「異界の民だな…」
青年:「君が…私を助けてくれた。感謝する。私は“勇者”セリウス・ヴェル=アルマ。聖光王国・アヴァリシアより召喚されし者だ」
陽翔:「……えーと、セリウスさん……? アヴァ…なんとか?」
セリウス(頷きながら):「ああ。名乗りは礼儀だ。そなたは名を何と申す?」
陽翔:「俺は久坂陽翔。高校生」
セリウス︰「ハルートか。良い名だな、私がいた世界では《ハルート》は《英雄》を意味する。命名したそなたの両親に是非あってみたいものだな」
陽翔は苦笑しながら言う。
陽翔︰「ハルート…まあ、いいか」
セリウス(心の声)︰「《コウコウセイ》…なるほど。この世界のジョブというわけだな。そしておそらく《コウコウセイ》の《セイ》は《聖なる》を意味する。こんな私を助けてくれた彼は、きっと神官職の者に違いない…」
陽翔︰「それでここは日本。異世界じゃなくて、俺たちが住んでる現代世界なんだけど……」
セリウス:「……なるほど。やはり私は、“転移”させられたようだな。次元を越えて」
陽翔:「“やはり”って、知ってたのかよ」
セリウスは静かに頷いた。
セリウス:「かつて我が王国にも“向こう側”から来た者がいた。彼らは自分たちのいた世界の概念を語っていた。私はその記録を読み、研究していたのだ」
陽翔:「……あー、なるほど。じゃあそれなりにこの世界を知ってるんだ」
セリウス:「いや、よくは知らないが…それにしてもジュイスには驚かされたぞ。あのジュイスが宿りし“魔力なき石板”は、私の想像を遥かに超えていた……」
陽翔:「それ自販機だろ!!」
そうして、陽翔は苦笑いを浮かべる。
セリウスの真面目すぎる勘違いに、緊張は徐々に和らいでいった。
そこへ、ドアの外から声がする。
千尋(母):「陽翔、起きたの!? こっち来させて、夕飯よ!」
セリウス︰「ん?もしやハルートの母君か?」
陽翔:「ああ。あ、そうだ。セリウス、メシ食えるか?」
セリウス(目を見開き):「“メシ”…それは、この異界の食糧か?」
陽翔:「そう。いや、普通の飯。腹減ってんだろ?」
セリウス:「導いてくれ、ハルート。私の腹も、異界の味に興味津々だ」
――久坂家・ダイニング
テーブルには、ハンバーグ、ポテトサラダ、味噌汁、炊きたての白米が並んでいた。
家庭的な夕食。けれど、セリウスにとっては見たこともない料理の数々。
セリウス︰「なんだ…この見たことのない料理の品々は…それに食欲が唆られる良き匂いだ!」
悠生(弟):「わーい!今日ハンバーグだー!」
セリウス︰「ハンベルグ…だったか…?それはこの世界の馳走とでもいうのか?」
花音(妹):「ていうか、なんでこの人、まだ甲冑のままなの?」
陽翔:「だって脱がすの手伝えって言っても、全然手順わかんないんだよ…」
セリウス:「ああ、すまない。この異界文明において、甲冑を着ての晩餐は禁忌なのか…これは、私にとって第二の皮膚のようなもので、魔法金属で編まれている。脱ぎ着には、少々儀式が必要でな」
誠一(父):「…なるほど、つまりコスプレじゃなくて、ガチなやつなんだな?」
セリウス:「……こすぷれ?もしやそれは、この世界の甲冑とでもいうのか?」
陽翔:「あー、まあいいや。とにかく、食べてみて。たぶんどれもいけると思うよ」
セリウスはナイフとフォークを手に取り、慎重にハンバーグを一切れ切った。
口に運んだ瞬間――セリウスの舌に革命が起きた。
セリウス:「……っ!? こ、これは……!」
全身に電撃が走ったかのように、指先を震わせながらセリウスの瞳が見開かれる。
セリウス:「肉と油のうまみが…この異界の技術……ここまで“味”を高められるというのか、このハンベルグはッ!!」
陽翔:「……なんか、大袈裟すぎて面白いなあんた」
千尋(母):「気に入ってくれたなら良かったわ。でも、無理しないでね。異世界の人もお腹壊すことあるでしょ?」
セリウス:「優しきハルートの母君よ、感謝する。貴女こそこの家の“聖女”であろう…!」
千尋:「……せ、聖女……えへへ///」
誠一:「照れるなよ母さん……」
花音:「変な人なのに、妙に礼儀正しいのがムカつかないのはなんでだろう……」
悠生:「僕も異世界に行きたいー!魔法使いたいー!」
セリウス︰「この家族…なんと調和の取れた…」
セリウス(口元を拭きながら):「よかろう、魔法は我が力の本懐でもある。必要とあらば、お見せしよう」
花音:「え、ほんとに? なんか見せてよ、魔法」
セリウスは静かに目を閉じ、指先を掲げる。
呪文をひとつ唱えると、空中に青白い光の球体が浮かんだ。
セリウス:「これは我が国において、一般的な初級魔法《照光の精霊灯》。魔力の糸で織り上げた小さな光だ」
リビングの中でふわふわと漂う光に、一家は息を呑む。
悠生:「うわー…すげぇ…」
花音︰「ヤバ…」
陽翔:「マジ……で、魔法じゃん……」
誠一(真顔で):「陽翔…俺は今まで、幽霊も宇宙人も信じなかった。でもこいつは、本物だ…」
花音:「私も信じる…異世界は本当に存在してるって…」
セリウス:「――信じてくれたようだな、有り難い。だが、これは序章にすぎないのかもしれんな。いずれ、そなたらの世界に…もっと大きな“揺らぎ”が訪れる」
陽翔:「揺らぎ?」
セリウス:「“門”が開かれた以上、他の存在もこの世界に現れる事だろう。“敵”が、現れぬとは限らない」
一同が静まり返る。
その言葉は、冗談でも大げさでもなかった。
今この家に、“異世界の真実”が確かに存在している。
陽翔は、自分の中に芽生えた小さな決意を感じていた。
陽翔(心の声):
「あんたが何者でもいい。俺が最初に出会った“異世界人”なら――守る、信じるよ」
そして、セリウスもまた、静かに陽翔を見つめていた。
セリウス:「《コウコウセイ・ハルート》よ、私は誓おう。この居城、この世界に、恩を返すために戦うと」
――この日から、世界は、家族は、ゆっくりと変わっていく。