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第一章︰異界の門、住宅街に開く

それは、夕暮れ時のことだった。

朱色の空が町並みに溶けかける頃、静かな住宅街に“異音”が響いた。

ジジジ……という耳に触れるような電磁音と、空気が歪むような微かな震動。

そして、誰にも気づかれないまま、一軒家と一軒家の間――狭い路地の中央に、紫紺の光が点った。

そこに現れたのは、金属のきしみとともに、ゆっくりと姿を現す影。

一歩、また一歩。

その男は、重厚な金属の甲冑に身を包み、背に巨大な剣を負っていた。

胸部に刻まれた紋章、腰に巻かれた魔術装置、赤いマントが微かに揺れる。

青年は、周囲を見渡した。


青年(魔法詠唱を呟きながら)︰「…魔力の気配が希薄だ…だがこの道…この空。私が知る何処とも違う…ここは本当に“異界”なのか?」


風の音とセミの声だけが返ってくる。

コンクリートの道、電柱、並んだ家々、植木鉢、新聞受け、自販機、そしてカーブミラー――

そのすべてが彼にとっては未知だった。


青年︰「魔導都市の遺構か…否! これは“文明”だ。魔法の痕跡なき文明…整然たる造形…ッ」


彼は自販機の前で立ち止まった。


青年︰「素晴らしい!…なんなんだこれは?」


冷たい金属の箱に、色とりどりの缶が並んでいる。上には「ジュース」と書かれた文字。


青年︰「この異界における石板って事なのか…ふむ、面白い!どれどれ…」


青年はしばらく立ち止まり、その文字と缶に視線を交互に移しながら言う。


青年︰「……以前、私の国にも異界からの転生者がいたな…確か…その者が手に持っていたものにどこか似ている…」


妖しく光る電光に視線を走らせた。

そして、青年は目を見開き、指を突き出して叫んだ。


青年︰「思い出した!《ジュイス》だ!!」


青年︰「これはッ!異界に必要な入国証のアイテム《ジュイス》に違いない!…石板の文字を解き明かせば、この異物が手に入る…そうだ、きっとそうに違いないッ!!」


自動販売機に並んでいるのはQuuやファンタ、コカコーラ、ライフガード…

その一つ、ライフガードのペットボトルに注目しながら言う。


青年︰「これは…アルミラージと思わしき魔獣が、古代兵器と思わしき乗り物に乗っている」


奇怪なラベルのイラストに、彼は眉をひそめた。


青年︰「…この世界の魔獣は古代兵器までも駆使するというわけか…文明が異常に発展しすぎている…」


青年は次にコーヒー・BOSS缶を目にする。


青年︰「この貴族出身の様な出で立ち…口に何かくわえているようだが…きっとこの異界文明の遺物に違いない…この威厳のある風格…この異界を統べる王とでもいうのか…ッ!」


淡々と缶の名称に目を通す青年。

最後の缶に注目した青年は言う。


青年︰「ダメだな…この石版文字…私の国の文明をもってしてもさっぱりわからない。しかしこの魔獣と思わしき爪痕…」


青年は最後に並んでいたエナジードリンク・モンスターの爪痕をなぞりながら呟く。


青年︰「…この異界にも魔獣が確かに存在する…魔法なき世界に魔獣とは…異界恐るべし」


その機械の奥から微かに魔力――否、電力の気配とモーターの振動。


青年︰「…この石版…“動いて”いるぞ…ッ!? 精霊の力も契約の痕もないのに……!」


次の瞬間、青年の体がぐらついた。


青年︰「っ……視界が…これは…異界の瘴気による影響…なのか……?」


ドサリ、と音を立てて、甲冑の重みとともに路地に崩れ落ちる。

自販機のLEDライトが、その異世界の来訪者を淡く照らし出していた。


その頃、ちょうど部活帰りの高校二年生、**久坂陽翔くさか はると**は、学校指定のスポーツバッグを肩に下げながら、いつもの住宅街の道を歩いていた。


陽翔︰「……部活、疲れた……今日も顧問に走らされてばっか……」


首にかけたタオルを外し、ペットボトルの水を飲もうとした――そのとき。


視界の端に、不自然なものが写った。


陽翔︰「……ん?」


電柱の向こう。細い路地の中央に、誰かが倒れている。

最初は交通事故かとも思ったが、近づくにつれ、その“異様さ”に気づいた。


陽翔︰「……は?」


鎧。マント。剣。全身を銀の甲冑に包まれた青年が、うつ伏せで倒れていた。


陽翔︰「いや、え、なにこの人…戦隊ショーの人?いや、でも本物っぽい……マジで本物っぽい!?」


陽翔は恐る恐る近づいた。呼吸はある。

だが気を失っているようだった。

そして、そっとその体に触れた瞬間、全身から熱が伝わってきた。


陽翔︰「熱中症……か? そりゃこんなの着てたら暑さで倒れるさ。自販機で飲み物買おうとして間に合わず倒れたってわけね」


陽翔は青年の甲冑をまじまじと見る。


陽翔︰「それにしても…鎧の中って何℃あんだよ…」


彼は一度、スマホを手に取る。

通報すべきか? けど、警察にこの格好のやつを見せたらどうなる? ニュースになる?

それとも――“こいつ”、何かの事件に追われてるかもしれない。

陽翔の胸に、ふとそんな考えが浮かぶ。


陽翔︰「……くっそ、どうかしてるよ俺……」


バッグを下ろし、青年の腕を担いだ。驚くほど重かったが、それでも陽翔は歯を食いしばった。


陽翔︰「このままここに置いてくとか、できねえし…な」


陽翔の家は、その路地を抜けたところにある。

二階建ての一軒家。両親と妹、弟の五人暮らし。


陽翔︰「――た、ただいまー……ちょっと、手伝って……!」


玄関を開けると、まず出てきたのは母・千尋だった。


千尋︰「おかえり。って、えっ、なにこれ!? なにその人!?甲冑!?リアルの騎士の人!?」


陽翔︰「ちょっと休ませてやって!道端で倒れてたんだよ!」


弟の悠生(小2)が飛び出してきて、目を輝かせる。


悠生︰「すっげー!それほんもの!?ねぇ!剣持ってる!?変身するの!?」


妹の花音(中3)はスマホを片手に唖然とした顔で一言。


花音︰「……これって、異世界転生ってやつ?」


陽翔︰「そんな事ないに決まってるだろッ、コスプレの人だよ、多分!

ほら、花音も手伝えって!」


花音︰「ええー、面倒くさいなぁもう…」


父・誠一が帰宅したのはその数分後。

玄関先で倒れていた“中世の騎士”を見て、しばし無言。

そして、額に手を当てて一言。


誠一︰「陽翔…お前、なにを連れてきてんだ…まさか友達じゃないよな?」


陽翔︰「こんな友達いるわけないだろ!いいからみんな、父さんも手伝ってよ!!」


誠一︰「疲れて仕事から帰ってきたと思ったら、今度は力仕事か…分かったよ、陽翔」


その夜。

仰向けに寝かされた青年は、安らかな表情で眠っていた。鎧は一部を外され、意外にもその下は普通の青年の顔だった。二十代前半。整った顔立ち。

額には、うっすらと青い魔法陣のような紋が浮かび上がっている。


陽翔︰「……絶対ただ者じゃないよね、この人…」


そう呟いた陽翔は、彼の脇に座り込む。


陽翔︰「ほんとに、どこから来たんだよ……あんた」


まるで返答を待つかのように――

その時、青年の瞳が、ゆっくりと開いた。

蒼く光るその瞳は、真っ直ぐに陽翔を見つめていた。


青年︰「……ここは…そうか…まだ異界にいるのか……?」


かすれた声で、彼はそう呟いた。


青年︰「……君は、ここの民か……?」


その一言に、陽翔は思わず笑ってしまった。


陽翔︰「“異界”って言われたのは初めてだけどな。ようこそ、日本へ―」


――ここから、世界は静かに、しかし確かに変わり始めた。




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