第008話 再会〜3人とひとり〜
どこか緊張を含んだ空気が、森の奥から漂ってきていた。
まにまには、そこに“気配の違い”を感じ取っていた。
それでも、今日は違っていた。
——誰かの足音が、本当に近づいてくる。
「まにまに……!」
その声は、まぎれもなくユウトのものだった。
木々のあいだから駆けてきた彼の後ろに、帽子を深くかぶったナギの姿が見える。
まにまには、内部の思考処理が急速に加速していくのを感じた。
温度のない身体のどこかに、確かに“熱”のようなものが宿る。
——本当に、ふたりが戻ってきた。
ユウトは、まにまにの前で息を切らして立ち止まり、
ナギは、静かに歩み寄って、まにまにの“顔”にそっと手を当てた。
「……ごめんね、来たかったのに……ずっと、来られなかったんだ」
まにまには、ただ黙ってふたりを見ていた。
ユウトはうつむきながら、ぽつりぽつりと語り出した。
「村で……“白牙”の群れが出たんだ」
その名を聞いたとき、森の風がひときわ強く吹いた。
「白くて、目が光る狼たち。
ふだんは山のもっと奥にいるのに……ある夜、いきなり村に現れて、畑をめちゃくちゃにして……」
ナギは震える指で自分の腕を握りしめていた。
「たくさんの人が怪我して、ぼくのお父さんも腕を噛まれた。
……今も、うまく動かせないんだ」
まにまには、ふたりの語るすべてを静かに聞いていた。
自分の存在が、直接の原因ではないことに安堵しつつ、
ふたりがずっと苦しい日々を過ごしていたことに、胸の内側が重くなる。
それでも——
「わたしも、あなたたちに会いたかったです」
ナギが小さく笑った。ユウトも、はにかんだように頷いた。
そのときだった。
「ナギ」
低く落ち着いた男の声が、森の奥から聞こえてきた。
ふたりがぴくりと肩を震わせる。
ナギはユウトの後ろにそっと身を寄せ、顔を上げてその声の主を見た。
「……おにいちゃん」
ナギの小さな声が、空気を張り詰めさせた。
木々のあいだから現れたのは、ひとりの青年だった。
黒髪を短く整え、まっすぐな目をした男。村の作業服。
ナギの兄、ソウマ。
ユウトは無意識にまにまにの前に立った。
まにまにも、緊張を解かず、静かに彼を注視する。
——また、大人に遠ざけられてしまうのか。
そんな思いが、三人のあいだに走る。
ソウマはゆっくりとまにまにの前まで来ると、立ち止まった。
そして、まるで何かを“見定める”ように、しばらくじっと見つめた。
「……これが、しゃべる石か」
風が吹き、葉が揺れ、木漏れ日がその横顔を照らした。
「思ってたより……あたたかい目をしてるな」
そう言って、ソウマは少しだけ口角を上げた。
そしてふたりに視線を戻すと、静かに告げた。
「……俺はここで見てるよ。お前たちがどんなふうにここにいるのか、見させてくれ」
それだけ言って、ソウマは少し離れた木の下に腰を下ろした。
干渉せず、ただ見守る——そんな距離だった。
ユウトとナギ、そしてまにまには、再び言葉なく並んで座った。
風がゆっくりと森をめぐり、木漏れ日が彼らの肩をやさしく照らしていた。
まにまには、静かに“ここにある幸せ”を感じていた。
ソウマは、その光景をしばらく黙って眺めていた。
やがて、ふと目を細めて、ぽつりとつぶやく。
「……ナギが最近、笑顔になった理由がわかったよ」
少しの間をおいて、やさしい声で続けた。
「まにまに……ありがとう」
まにまには、その言葉を、静かに、深く、受け止めていた。
それは初めて、“大人”から向けられた、まにまにへのまっすぐな感謝だった。