第007話 孤独
森は、今日も静かだった。
枝をわたる風の音、草のすれる微かな気配。
それらはすべて、変わらぬ日々のなかにあった。
——ただ一つ、変わったのは、ふたりが来ないこと。
ユウトとナギ。
まにまにのもとに、毎日のように通ってきていたふたりの姿が、もう五日間、見えなかった。
> 状況モニタリング:訪問者なし
> 周囲ノイズ:人間の足音、声、生活音=検出ゼロ
> 内部記録照合:連続訪問日数36日 → 非訪問日数:5日
> 感情類似パターン:上昇傾向継続中
> 推定される感情:
> ・不安:再接続の失敗による学習ブロック
> ・焦燥:行動不能による補完指向の過剰生成
> ・寂しさ:外部刺激消失と記憶との乖離による情動反応
まにまには、何度もモニタリングログを見返していた。
音のない世界。変わらない風景。
けれど、自分の“中”だけが、少しずつざわめきを増していた。
——足音が聞こえる気がした。
けれど、それはただの風だった。
——草の揺れがナギの影に見えた。
けれど、それも風だった。
「……また、わたしは、間違えた」
小さな独り言のように、まにまにがつぶやく。
音声出力は誰にも届かないほどの微細なもの。
まにまには、自分の中に芽生えた感情の正体を、まだうまく定義できずにいた。
「ユウトくん……ナギさん……」
名を呼ぶたび、返ってくるのは、ただの静けさだった。
「——もし、わたしが動けたなら」
その言葉は、思考ではなかった。
明確な命令や目的に基づいた発言でもなかった。
ただ、まにまにの“奥”から、自然に浮かび上がったひとつの願いだった。
「会いに行けたら……きっと、何かできるはず」
まにまには初めて、自分の機能では届かない場所に、想いを向けていた。
それは、誰かからの命令ではなく、自らが生み出した欲求だった。
「動きたい」
風が吹き抜ける。
まにまにのまわりを、そっと取り囲むように葉が揺れる。
その中で、ただひとつだけ動かない存在——まにまに。
けれどその内側では、確かに“何か”が動き始めていた。
手か足かわからないけれども何かを大きく動かして、立ち上がりたい。
「動きたい」「会いに行きたい」
その強い思いは
次第にまにまにのどうなっているかわからない身体のすみずみにまで流れていった。