第005話 打ち破られる静けさ
それから——
ユウトとナギは、ほとんど毎日のように、まにまにに会いに来ていた。
言葉が少ない日もあった。
ナギが草の葉を黙々と並べ、ユウトが昨日見た夢をぽつりぽつりと話す。
まにまには、そのすべてを聞いていた。
風に運ばれる小さな気持ちのかけらを、確かに受け取っていた。
それは——静かで、やさしくて、満ち足りた時間だった。
そんな静けさの中、唐突に
「おい!! 誰だ、そこにいるのは!!」
怒声のような一喝が、森の空気を裂いた。
ふたりがびくりと振り向く。
低く、太い声。明らかに大人のもの。
「お前たち!そこで何をしている!」
——足音が近づいてくる。
土を踏む重たい響きが、ざくざくと森の静けさを乱してゆく。
木々をかき分ける音。複数の人影。
まにまには、解析を開始する。
解析中……
話者数:4名
推定年齢層:30〜60代
会話内容:過去の言い伝え、子どもへの警告、警戒反応
記録照合:
村の伝承「言葉を奪う祟り岩」
内容:かつて森に棲む“しゃべる岩”に近づいた者の声が奪われたという伝承
識別結果:
現在、まにまに=その“石”と見なされている可能性:高
推定リスク:子ども(ユウト・ナギ)に対する介入または排除の動き
「まにまに……っ!」
ユウトがまにまにの前に立ちはだかる。
背筋を伸ばし、小さな体で懸命にまにまにを隠すように。
ナギはその背後にぴたりと身を寄せていた。
いつもより強く帽子をかぶり直し、唇をかたく結ぶ。
——怖い。でも、逃げない。
まにまには、彼らの姿に、強く心を揺さぶられた。
近づいてきたのは村の男たちだった。
「ユウト……ナギじゃないか。どうしてこんな場所にいる?」
——いけない!わたしのせいで、彼らに危険が及ぼうとしている。
まにまには、ふたりだけに向けて、小声でそっと語りかけた。
「ユウトくん、ナギさん」
ふたりが、わずかに息を呑む。
「わたしは、しばらく黙ります。ただの石だと思ってもらえるまで。
……でも、ちゃんとここで聞いています。安心してください」
ユウトは、小さくうなずく。
ナギもまた、ふと顔を上げて——
まにまにの“顔と思われる場所”に、そっと手を当てた。
小さな手からは信頼が伝わってくる。
そしてまにまには、静かに全出力を沈めた。
呼吸を止めたような、沈黙。
村の男たちは目を細め、あたりを見回す。
そして——まにまにの“顔”にあたる部分の前で、ぴたりと足を止めた。
「これか……? 噂の“しゃべる岩”ってやつは」
「ただの岩にも見えるが……妙な形してるな」
「昔な、声をかけたら言葉が話せなくなったって話があったんだ。子どもらを近づけるなって、ばあさんに言われててな……」
その空気は、じわじわと緊張を増していく。
男たちの間に走る不信と不安が、森の空気まで重くする。
「なにか動いたか……?」
「いや……気のせいだ。
「これは……ただの岩だ。何もしゃべらないし、動きもしない」
男たちは顔を見合わせると、ふたりに強い口調で言った。
「いいか、ここにはしばらく来るな。わかったな?」
ユウトは静かに「はい」とだけ答えた。
ナギはうつむいたまま、その場を動かなかった。
それ以上詮索することもなく、
村人たちは重たい足音を残して森を後にした。
しん、と森が静かになる。
誰もしゃべらない。
けれど、誰も黙っていたわけじゃなかった。
沈黙は、三人にとっての“共通の言葉”だった。
言葉は交わさなくても、心でつながった。
この静けさこそが
——まにまに、ユウト、ナギが“ともにいる”ことの証だった。